第16話 勇者は川で洗濯をするようです
――川とは!
高地より流れる水が大海へ落ち、流れる青き水だ。
時には飲水として利用し、時には沐浴として利用出来る場所。
独り旅を行うアステルにとって、川とは日常の友だ。飲水にも、沐浴にも、洗濯にも、様々な用途で活用出来るのが有り難い。
「ふ、今日も川は穏やかで綺麗だな。水温も良い。毎回こんな状態だと楽なんだがな」
キティアナと別れ四日後。アステルは川辺で洗濯を行っていた。
アステルは彼女との思い出を胸に、来たる魔王との決戦に備え準備を行っている。
武器の手入れ、鎧の点検、それに筋力などの鍛錬。そして洗濯だ。
今、アステルの肉体は、ほぼ余すことなく木漏れ日の光の中照らされている。
別に変態というわけではなく、周りは高い木々に囲まれた樹海。これまでついた冒険の汚れを洗濯しているのだ。
陽光でほのこかに照らし出される、鋼を上回る肉体。
たった独りで旅する中で鍛えられた、完璧で引き締まった体。
あちこちに走る傷跡は、修行や旅の初期で負った勲章の証だ。
その古傷は指一つ取っても強靭さを伺わせる――戦士として完璧な肉体だった。
「さて、下着はだいぶボロボロになってきたな。そろそろ調達しなければまずい。なんだと!? マントが所々がほつれている……だと!? 後で縫わないとな。それと食料も少ない。どこかで保存食を……」
基本的に綺麗好きなのでアステルは衣服の洗濯を三日に一回は行う。
最近はあまり行えてなかったが、これは仕方ない。戦闘の激しい動きや過酷な就寝(虫などに食われる)等もあって、衣服は下着も含めボロボロだった。
普通、アステルが音速以上で動くだけで服は痛むため、魔術で編んだ頑強な物ばかり。それでも回数を重ねると耐えきれないので、こまめな補修が必要だった。
「よし、今日のところは洗って干そう! マントは補修だな。あとで縫わねばならん。それから食料は……」
さすがに服も下着も脱いだままは嫌なので、その辺の葉っぱで大事な箇所は隠す。
軽く原始人っぽいような気がするが、気にしたら落ち込むので気にしない。
無心になって木と木の間に作った、蔦の洗濯物干しに衣服を吊るし、乾燥させる。
洗濯が終わったら筋肉の鍛錬だ。指一本で逆立ち腕立て伏せを五千回ほど続け、終わったら座して瞑想し、精神の回復を早める。
そしてその後は運動だ。秒間百往復の反復移動や、木の棒を使い戦闘のイメージ修行。
目にも留まらぬ挙動で虚空に突きを千回。それを左右上下左右、色々と変えながら待つこと数時間。
やっと衣服が乾いたので衣服を着てみた。
「やはり衣服とは文明の象徴だな。着れば自分が人類だと言う事を思い出す。……いや何を言っているのだ俺は。俺は原始人ではない。……いや、それはいい。ともかくあれだ、俺は遭難……ではない、この森に滞在し過ぎている。ここから出る方法を考えよう」
じつはまた森で遭難していた。
いい加減、平時より遭難が多くなりそうだ。
全力で跳躍すれば森を突破出来るだろうが、そんな事をしたら地形が変わる。
そうしたら森の小動物とか可愛そう。アステルとしてはそれ以外の方法で抜け出すつもりだった。
「誰か他の冒険者に道を聞くか? ……いや、俺にそんな事出来るわけがない。……では他の冒険者に保護してもらうか? 他人に囲まれた時点で死ぬな。……とすると地面の中を掘り進んで抜け出すか? もうムカデは食べ飽きた」
悶えつつ悩むアステル。
やがて森の脱出を考えて数十分後、ようやく浮かんだ案は――。
「そうだ! 川だ! 川があるだろう! それを辿り、進んでいけば海に出られるはず。ふ、仮に海まで出なくとも良い。森からは脱出さえ出来れば解決だ!」
そうしてアステルは、微笑みながら流れに身を任せ、ついでに仮眠する。
願わくは、目を開けた時、安らかな海辺に辿り着きますように。そう、祈りながら。
数分後。アステルは溺れかけていた。
「あっ、あっ、あ――っ! ちょ、待て! いくら何でも流れ急過ぎないか!? 普通にこれ人体がバラバラになる勢いなんだが!? マンイーターピラニアとかブラッドフィッシュとか魔物多すぎだろ! 貴様ら、俺の鼻を噛むんじゃない! ――待て、あれ滝じゃないか!? 待て、待て、待て、ぐああああああ――ッ!?」
アステルは大きな滝へ落ちた。
口の中に大量のピラニアやらワカメやらを加えたアステルは、しばらく川には近づかない事を固く誓った。




