第13話 勇者は戦士の弔いをする
魔族の幹部ゲーリッヒの挑戦を受けて三日後。
その日アステルは、とある平原を歩いていた。
ここまで来れば大分冒険者の数も減ってくる。この辺りは魔王軍との激戦地、そこで活躍し続ける冒険者は少ない。
見渡す限り遮蔽物はなく、見通しの良い光景。
風はそよぎ、陽光は注いでいる。まさに平和な光景だが、冒険者には厳しい平原、《ヴェルエル大平原》――見渡す限り草原の光景が広がる。
「勇者様、勇者様、今日は私の膝枕でご就寝しましょう、きっと良い夢見れます」
「やかましい。俺は絶対そんな事しない、大加減に学べ!」
「では俺様と決戦でも行おう、三日三晩ぶっ通しでな!」
「お前は二言目には決戦とか、それしかないのか獣王。……ん?」
途中、何度かキティアナやゲーリッヒをいなしていたアステルは、前方十五キロの彼方に、大きな影を発見した。
人類が造った《要塞》だった。
魔族を迎撃するためのものだろう、各地に魔術などを駆使した建物だ。
周囲を城壁に囲まれ、幾多のバリスタや投石機で守られ堀がいくつもある。
陽光を反射する鈍い灰色の砦――けれど何故か静けさに満ち、宵闇の墓場のような気配を漂わせている。
「あれは……」
「なんでしょう?」
アステル達は跳躍で一気にそちらへ向かうと、要塞へとたどり着いた。
風を切り音を切り、途中の草を吹き飛ばしながら、その建物へ近づいていく。
そこは、人気の絶えた廃墟だった。
巨大な建物には人気がない。辺りには折れた剣や槍が散逸していて、砕けた鎧や兜が散乱している。
さらにその周りには、多数の魔物の死骸が転がっている。ちぎれた翼や砕けた角、牙、爪などが散逸していた。
おそらくは、魔物が要塞を襲った後なのだろう。
このローバス地方は魔族と人間の激戦区、日々勢力圏をかけて争っている。
その戦いの中で、双方が全滅、相打ちという形で終わったらしい。
「……」
首が吹き飛び、壁に崩れ落ちた兵士の亡骸を前にアステル達は佇む。
彼らは何も呟かない。これは当たり前の光景だからだ。
戦闘が起これば犠牲は発生する。勝利も、敗北も、当然のように起こり得る。
だから、戦うのは怖いからと泣き言を語る間もない。魔族に襲われれば死力を尽くし、時にはこういう結果も出るだろう。
「生存者は……いないか?」
「みたいですね」
アステル達はしばらく要塞内を散策したが、いないようだった。
戦闘は激戦だったようで、要塞の奥ほど、強く大きな魔物の死骸が転がっていた。
そして、その倍の兵士の亡骸も。
途中、アステル達は一人の兵士の遺体を見つけた。
大きな部屋の前で、魔物と刺し違えるように倒れていた。兜で顔は見えないが、致命傷なのは間違いない。
その傍らに、藍色の小さなペンダントを見つける。
アステルは無言のまま拾い上げ、眺めると、小さな文章を見つける。
『パパへ。必ず帰ってきてね 娘のローザより』
筆跡からすると、まだ幼い子供が書いたものだろう。
戦場のお守りとして、目の前の兵士が持たされた物らしい。
残念ながら、この子供の願いは叶わなかった。激戦区で兵士は魔物と相打ちになり、大きな部屋――おそらく司令官を逃がすための時間稼ぎをしたのだろう。
結果として、一人の兵士の命と引き換えに、要人の命が助かった。
それはどこにでもある話だ。戦場で起こり得る結果。
ゲーリッヒはそのメッセージを見ると、要塞の外へ出ていった。彼は魔王軍の幹部、魔王軍に殺された亡骸を、自分が見ていいわけがないと判断したのだろう。
アステル達は特に語る言葉を持たず、部屋の内部に入る。
中には、血の痕はなかった。争った形跡はあるが、それだけだ。
兵士は立派に任務を果たしたのだ――本望だろう。
アステルは念のため隠れた魔族がいるか確認したが、影も形もない。踵を返し、兵士の亡骸の前まで行き、語りかける。
「――子供がいたという事は、次代へ繋いだということだ」
その言葉は兵士の亡骸へ、アステルの言葉は静かに語られていく。
「お前の子供は、父親のような立派な兵士になるかもしれない。あるいは可憐なお嫁さんになるかもしれない。――どちらにせよ、それは良い結果だ」
犬死などではなく、しっかりと子供を生んだ上で、任務も果たした。
一人の兵士が歩んだ人生としては、十分な成果だ。
決して無駄死にではない。
彼が救った司令官は、いずれ別の戦場で指揮を取り、戦果を上げるかもしれない。
あるいは負けたとしても、それを気に、他の戦士は奮い立つだろう。
誰かの死によって戦いは終わるわけではない。
戦いは新たな戦いを呼び、そしていつか平穏を呼び込むための糧になる。
そのための小さな礎に、目の前の兵士は貢献した。
誰も彼に、文句は言えない。――例え、悲しみに暮れる家族がいたとしても。
しかし、それと割り切れるかは別問題だ。アステルは兵士の前に立ったまま、右手を自分の胸に添える。
「誰も労ってくれないのは悲しいだろう。みすぼらしい勇者だが、我慢してくれ」
心臓のやや上、鎖骨の下辺りに添えたまま、彼は目を瞑る。キティアナも倣った。
死者への祈り――広く大陸に伝わる礼式で、アステルは兵士を悼みの文言を唱えた。
「――勇気は誰にでもある。戦死は敗北ではない、勝利への礎だ」
そして兵士の胸元へ屈み込み、娘ローザのペンダントを握らせてやる。
「――お前たちの戦いは無駄にはしない。俺が、必ず《魔王》を打ち倒すからだ。その未来には、お前たちのような家族との別れ方は絶対させない。――絶対に、笑顔で終わらせる」
アステル達は右手で複雑な紋様を描いた。死者が未練なく天に召される儀礼の一つだ。
「お前達のおかげで善良な人達が守られている。後は俺に任せろ、今までご苦労だった」
そうささやき、アステル達は深い礼をした。
《浄化》の魔術で血や汚れを消し去り、死霊化の元となる穢れを吹き払う。
これで何もする事はない。全てが終わり、彼が立ち去る瞬間――。
――ありがとう、優しい勇者様――と。
そう、屍となった兵士から、感謝の声が聴こえたような気がした。




