第12話 勇者はクマ幹部に挑まれるようです
アステルが海を渡って六日目。幹部、ゲーリッヒは過去を思い出していた。
――《獣王》。
それは、栄えある魔王軍の中でも幹部たる象徴だ。
その中でも魔獣族の中で、随一の強さを誇るという存在。
幼い頃より《獣王》ゲーリッヒは修行に身を費やしてきた。雨の日も風の日も、空から落雷が降ってきた時も。『修行馬鹿』と言われつつ、修行に励んできた。
元は単なるザコ魔物だったゲーリッヒだったが、類まれなる努力により徐々に幹部への道を邁進、凄まじい勢いで駆け上がっていった。
『おいおい嘘だろ!? 最弱の《リトルベア》がこんなに強くなるはずねーよ!?』
『イカサマだ、イカサマ使ってるんだ!』
『誰か包囲しろ! 数で叩けば問題な――ぎゃああああ!?』
そう言って侮った上位魔獣を鉄拳で黙らせて。
さらに上の悪魔族、妖魔族、巨人族ですら拳と根性と気合いで乗り切ってきた。
そうしているうち、気づいたら魔族としての『格』が上がり、魔族の中でも随一の強さとなっていた。
そんな時だ、ゲーリッヒが当代の《魔王》へ挑み、敗北したのは。
――衝撃だった。まさか自分が、こうまで容易く敗れる相手がいるなんて。
そして同時に、尊敬も抱いた。並み居る強者を打倒した自分が、何をしても叶わない――真なる最強。そう思い知らされた。
だからゲーリッヒはその日以来、《魔王》へ忠誠を誓った。
そしてある日、魔王から《獣王》の称号を賜った。
嬉しかった。『王』を冠する称号を頂いたことは、『幹部』たる証だ。
そして、ある日ゲーリッヒに下された命令は――『勇者アステルの討伐』。
来るべき時が来たと思った。聞けば当代の勇者アステルは、歴代最強との噂。
そんな強者に挑む栄誉――大任を頂いた嬉しさに、ゲーリッヒは歓喜した。
『聞いたか? ゲーリッヒ殿が勇者へ挑むらしい。これで我らの勝利は間違いない!』
『ああ、ゲーリッヒ殿は《獣王》として歴代随一、必ずや勇者の首を取ってくるだろう』
『ゲーリッヒ殿!』
『ゲーリッヒ殿!』
『ゲーリッヒ殿!』
あの《獣王》ゲーリッヒ様ならきっとやってくれる! 部下の魔獣たちも期待してくれた。
そして運命の日。初めて勇者アステルに挑むその朝――。
『ゲーリッヒ様……あの、もし《勇者》を倒したら婚約を……』
『ふっ。みなまで言うなエルメスよ。俺様は必ず勇者を倒す。だからそれまで、待つがいい』
『きゃ~~っ! ゲーリッヒ様、だいすき!』
抱きついてくるメスクマ魔物、エルメスにキザな笑みを浮かべ、ゲーリッヒは豪奢なマントを羽織い、出撃した。
そしてその結果。
『ぐっはあああああああああああ――――――――っ!?』
拳一発で、アステルに負けて吹き飛んだ。
背後の木々や岩をなぎ倒し、地面に擦過しながら大きくきりもみ回転。
悲鳴と驚愕の声を上げたまま、遥か五十キロ先に彼方の山脈に突き刺さった。
『ごぼっ、がぼっ……え? え? 俺様……負けたのか?』
ありえない、この結果はズルかイカサマをした結果だとゲーリッヒは決めつけた。
それ以来、彼は挑み続けた。ある時はアステルが食事中の時を狙い、ある時は洗濯の時を狙い、ある時は小用を足している時を狙ってキレられた。――その結果、部下たちは、一匹減り、二匹減り、十匹減り――半年も経つ頃には誰もいなくなった。
さらに、『婚約』を申し出てくれた美人のメスクマ魔物――エルメスは、
『ちょ、ウケる! あんな一発で負けちゃうクマなんてありえなーい! ……あ、ダーリンお帰り~。やっぱ新しい恋しないとね! 女の子は!』
そう言って、新しいイケメンのクマと付き合いだした。
失恋とは苦いものだな……と、ゲーリッヒは初めて涙を飲んだ。
そして現在。
「ふはははははは! 勇者アステルよ! 今日こそは貴様を倒すべく修行し直した! 見よ、はちきれんばかりの上腕二頭筋を! 戦闘に必要な筋肉全てを鍛えた! 俺様は貴様に死をもたらす、死神だーっ!」
そしてその日も勇者アステルに挑み立ち向かうゲーリッヒ。
けれど踵落とし一発で地面に埋まり、抜け出せなくなったクマ獣王。
「何故だ!? いくらなんでも強すぎやしないか勇者!? 鍛えた俺様が一撃とかあり得ぬだろう! ……あと地面から抜けない、助けて勇者!」
「その前にまずお前はストーカーめいた挑戦をやめろ! ストーカーなど猫娘だけで十分だ!」
「そんな! 私『だけが』ストーカーしていいなんて光栄です!」
「言ってない! ストーカー娘は黙っていろ!」
すかさず馬鹿をいうキティアナに突っ込むアステル。
ゲーリッヒはそれでも意気込んだ。
「くっ……負けん、俺様は負けんぞ! 期待してくれている部下が! 婚約者がいるのだ、ここでおめおめ逃げ帰っては、彼らに申し訳が立たな……っ、というか抜けない! 助けて! 勇者! 勇者ぁ! このままでは《獣王》としての威厳が……っ!」
キティアナがふと呟いた。
「そうです勇者様、このまま放置してしまいましょう? そうしたら凄く面白そうです」
「かもしれんな」
「勇者!? その物見遊山のような目をやめてくれ! 判った。今日はお前にもメリットある戦闘を申し込もう。俺様に勝った暁には、役立つ『装備』を贈呈しよう!」
「ほう?」
アステルが目を細めると、ゲーリッヒは毛皮から篭手を取り出した。
「これこそが名具、《煉皇の御手》よ! これがあれば火炎魔術に完全耐性が付く。俺様に勝った際にはこれを進呈しよう!」
「判った、挑戦を受けよう」
珍しく快く引き受けるアステルに、ゲーリッヒが不敵な笑みを見せて叫ぶ。
「ならばルールを説明しよう! 勝負は簡単だ、今より五分間、多くの《グレイデッドウルフ》を狩ること! ……では、用意はいいな? ――いざ尋常に、勝負――」
アステルは、雷撃呪文を唱えた。
天空から何条もの雷が降り注ぎ、周囲五キロメートルの敵を焼き払う。膨大な熱と閃光は周囲一体の魔物全てを薙ぎ払い、駆逐し、鮮烈なクレーターが出来上がった。
「え!?」
ゲーリッヒは愕然とした。
「馬鹿な!? 隠蔽力に長けた連中だぞ!? それをこうも容易く!?」
「終わったが、これでいいのか?」
あくびをするアステルに、ゲーリッヒは慌てて、
「ま、まだだ勇者! ――今から、山の向こうに『五十体』の巨獣が現れる! それを早く倒した方を勝ちとし――」
アステルは、その辺の岩を砕いて、投げつけた。
一瞬で五十発の石片が流星のように飛び、山々を貫通し加速する。音速を超え雷速を超え、超音速にまで至ったその石片は、頑丈な巨獣を安々と貫いた。
「あわ、あわわわわっ!?」
ぼとぼとと巨獣の体だった肉片を頭に浴びながらゲーリッヒは、
「い、いちげっ、一撃で……名うての魔獣たちがっ!?」
「終わりか? ……なら、これで行っていいんだよな?」
アステルは《煉皇の御手》を勝手に貰って去っていく。
その害虫を駆除したくらいにしか思っていない背中を見つめ、ゲーリッヒは呟いた。
「しゅぎょ、修行をやり直さないと……っ!」
「お前の攻撃には無駄があるんだよ。いいか? 魔術にしても格闘にしても力を常出すのではなく、一点に集中するんだ。そうすれば最大の効率で魔術が出せる。やってみろ」
アステルは、ゲーリッヒの前で魔術を使って見本を見せた。
「……こ、こうか? おお!?」
さすが《幹部》だけのことはある。ゲーリッヒは拳に漲る魔力を制御することで、これまでより数段上の威力を発揮する事に成功した。
「さすがは勇者! 敵にも塩を送るなど! 俺様はますますお前を尊敬した! 今度から伝授されたこの技を使い、お前に挑もう!」
「いやいいから! つい勢いでコツを教えてしまったが、嫌な予感しかしない!」
その後アステルはゲーリッヒから高級な食材やら高価な装備をたんまりと貰った。
《ハイエクスポーション》、《ハイマナポーション》、《高級肉ステーキ》……大変役に立つ品々だが、敵から贈り物を貰うのはどうなんだろうと思うアステルだった。




