第9話 勇者は猫耳娘と日記をつけるようです
「――勇者様、交換日記をつけてみませんか?」
ネリネがいつまでも待ちぼうけされて三日後。
ストーカー娘こと猫人族のキティアナがそう提案してきた。
「交換日記、だと?」
「はい。あのですね、私考えたんです。勇者様は、私のこと苦手ですよね? その理由は、話すのが不得手だから――だから、弟子も取りたくないと」
「有り体に言えばそうだな。あと変態だからというのもあるな」
「なら、文字で会話しませんか?」
後半はスルーされた。
「文字だと? それで交換日記というわけか」
キティアナは大きな耳をぴょこぴょこ動かした。
「はい! 私と定期的に日記を書いて、お互い見せ合うんです。それで、互いの事をよく知り、理解を深めましょう。それで私を変態ストーカー娘ではないと証明した暁には、弟子入りを認めてください。それで駄目なら私は諦めます……どうですか?」
「突っ込みどころ満載だが……まあ仕方あるまい」
このままキティアナから逃げ続けても、埒が明かないだろう。彼女は海だろうが滝だろうが平気で追ってくる。
それならいっそ受けるのが手っ取り早い。
「ありがとうございます! やった、これで勇者様と交換日記出来ます!」
キティアナが嬉しそうに飛び跳ねる。
そうして、アステルは彼女と交換日記をする事になった。
一日目。キティアナ → アステル。
『今日から勇者様と交換日記嬉しいです! 沢山お話して、理解し合いたいですね!』
アステル → キティアナ。
『あ ど 』
努力の跡は垣間見られるが、何を書いたら良いか判らなかった。
二日目。キティアナ → アステル。
『勇者様のマント、素敵な柄ですね! 一体どこで買われたのですか?』
アステル → キティアナ。
『い び あ 』
たくさん努力はした形跡はあるが、何を書いたら良いか判らない。
交換日記は、二日目で頓挫した。
「くっそぉぉォ! 他人と交換日記なんて難過ぎるわ! あんなの異次元レベルだ!」
アステルは地面に拳をだんだんと殴りつけて悶絶する。
「お、落ち着いてください勇者様! ほら、私の入れたお茶を飲んで。深呼吸、深呼吸ですよ!」
アステルは渡された猫の柄のティーカップを受け取り、お茶を飲んだ。
「んく、んく……すまんな、キティアナ、お前も優しい面はあるんだな……」
「まあ飲むと『庇護欲』湧く薬が入ってるんですけど」
「またかよ! 油断も隙もならないな!」
「冗談ですよ。それはそれとして、勇者様、大丈夫です、今度はうまくいきますって!」
「無理だ! 他人と日記なんて高難度過ぎる! 大体、視線を合わす事も出来ないのに!」
他人と視線を合わせて会話を成立させるなんて無理すぎる。
人はどうやって他人と会話しているのだろう。
「大丈夫です! 恥ずかしそうにする勇者様も、それはそれでご褒美と言いますか! あ、いえほら、何事も挑戦と言いますし! あと一回くらい、挑戦しましょうよ!」
「無理だ、やりたくない……」
「ではそうですね――それなら『指文字』ならどうでしょう? それでしたら勇者様でも意思疎通が出来るのでは?」
指文字。相手の背中や、体の一部に指で文字を書く事だ。
遊びの一種。誰でも出来るだろう。恋人同士の他愛もない遊び、平穏な光景になる事もある。
「からっ、体に文字書くとか世界救済レベルだろ!? そんなの人類に容易く出来るわけないだろうが!」
「ええ……触るだけですよ? 手袋つけて……それも駄目ですか!?」
「駄目だ、『他人』に触れるという事で体が受け付けん!」
そんな事より竜を千体対峙する方が楽だ。
「ま、まあとにかく。ものは試しと言います。挑戦してみてはいかがでしょう?」
「無理だ、俺には出来ん!」
「してくださると言うなら、『独り旅』に最適な『寝袋』をプレゼントします」
「乗った」
キティアナは苦笑して考えを続ける。
「判りました。ではまず、お互いに手を出す位置取りにしましょう。それで――」
キティアナはアステルの対面に立ち、手を差し出した。
そして、早速アステルの手のひらに指で文字を書いていく。
以外にキティアナの書く字は綺麗な字だ。読みやすく、形も整っている。
『勇者様、いつも強くて素敵です。その強さ、どのようにして得られたのでしょう?』
その問いかけに、アステルの返答は――。
『*れふぇ qけら &ぬぺ も』
とても人類が書いたとは思えない指文字になった。
「無理! だから女の子の手ぇ握って! 文字書くなんて難しすぎだろ! あああ、文字書いただけで蕁麻疹が!」
「大丈夫です勇者様! じゃ、じゃあ手の甲! 手の甲とか腕とかにしましょう!」
「もう無理だ……生まれてきてすいません文字って何だろう作った人しみません使いこなせなくてごめんなさい……」
「勇者様! 大丈夫です、大丈夫ですから! ほら、もう一度やりましょう!?」
その時、大音響が二人の耳に轟いてきた。
西方角――彼らが向かおうとしていた方向から、盛大な地響きが届いてくる。
「――なんだ?」
見れば、大勢の隊商が大量の魔物に襲われていたところだった。
彼らはインプ、ガーゴイル、キラーバット――多数の飛行型魔物に襲われている。
「魔物の襲来……っ! 商人たちが襲撃を受けている!」
「そんな!」
アステルは夜間の平原を駆けながら唸った。
「なんて数だ、このままではやられてしまう」
「まずいです、まずいです勇者様、どうしましょう!?」
見れば、魔物たちはもうすぐ隊商のすぐ近くにまで迫っている。
このままアステルが救援に魔術を使えば、巻き添えで商人たちに被害が出てしまうだろう。アステルのあまりの大魔力――それが仇になってしまう。
「――キティアナ、ひとまず武器を魔物側に投げつけろ。それで怯んでいる間、俺が何とかする」
「わ、判りました!」
アステルは、キティアナに命じた後、何事か呟き始めた。
その間に、キティアナは大きく跳躍。
持っていた剣のうち一本を魔物の群れへ投げた。
猫人族の超人的な腕力により、投擲された一撃が地面に突き刺さる。魔物たちが怯む。
その隙に、アステルは魔術を唱えた。
「――[遥かなる風の善神よ、我は光の使徒なり、風の知らせを起こせ]! ――《ゲイルスパーダ》!」
アステルの放った風の魔術が、隊商の目前に放たれた。
それは攻撃用の魔術ではない。極力抑えた、『通信』のため調整した魔術だ。
その魔術によって隊商の前の地面が大きく抉れる。風が舞い起こり土が弾ける。
その抉れた地面、その形をよく見てみると――。
『今から大魔術を使う。散開して魔物たちを混乱させろ 勇者アステル』
『指文字』からヒントを得たアステルが、地面に書いたメッセージだ。
隊商の人々はその意図を汲み取ると、次々と散開、魔物たちが戸惑う中逃げていった。
その合間にキティアナが何度か剣を投擲する。その合間、アステルは音よりも速く、魔物の群れに飛び込み、勇者の力で魔物たちを殲滅したのだった。
「――本当にもう、どうお礼を言っていいか!」
駆逐した魔物の生き残りを確認していると、助けた隊商のリーダーがやって来た。
まだ年若い女性だった。顔の彫りが深く美人。
「まさか勇者様の手助けを貰えるなんて! ありがとうございます、ありがとうございます!」
「い、いや……俺はただ障害となる魔物がいたから……それを駆逐しただけで……」
取り繕うが、隊商の女リーダーは感謝の笑みを浮かべ、アステルの手を握った。
「このような地で勇者様と出会えるなんて素敵です! これは一生の思い出として受け取っておきますね」
「やめろ! 顔近い! 駄目だって! 俺に手を触れるのは駄目だ!」
「この後、お祝いの『酒盛り』をしようと思うのですが。勇者様、ぜひご参加を!」
アステルは震えた。
「酒盛り!? 無理だ、そういうのは皆だけでやってくれ! 俺は旅があるのでこれで……っ」
「ああ、勇者様が逃げた! 皆、勇者様が照れてるので構わず酒を持ってきて! さあ勇者様、飲みましょう語りましょう! 夜が明けるまで!」
「だからやめてくれーっ! 俺、倒れてしまう!」
「勇者様、ついでに私の弟子の件もお願いします」
「ストーカー娘は見てないで助けろ!」
「勇者様! 勇者様! 勇者様!」
「ぐああ、俺の心臓が……っ、あ、あああ、手ぇ握るな――っ!」
その夜、アステルの悲鳴が轟いた。皆、高い酒をふんだんにアステルに渡し、金貨や武具もいくつか渡してくれた。
顔をひきつらせて後ろをみると、キティアナが嬉しそうな顔で笑みを浮かべていた。
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