第三話
彼が歩けば、皆が争いを止めた
彼が歩けば、全ての人がその後に続いた
彼が歩けば、それ以上の血が流れる事は無かった
彼は或る時、或る戦場に唐突に現れた
そもそも、全ての人間が参戦していた戦場に、誰が何時現れた等という事など分かる訳も無かった
だが、彼だけは違う
彼が現れれば、そこに生まれる出来事は、必ず衆目を惹きつける
彼は一つの戦場を制すると、次の戦場へと向かった
彼は食事を必要としなかった
彼は排泄をしなかった
彼の周りには常に人に溢れていた
次の戦場でも彼は同じ様に振る舞った
ただ歩き、ただ歩き、ただ歩いた
それだけで、血を流し、皮を裂き、肉を千切り、骨を砕き、臓物を垂れ流して
それでもなお戦い続けていた狂戦士達は、魅入られ、鎮まり、聖列の一員となった
彼にはとても強い魅力があった
全ての人間はその魅力の前に、手にした武器を捨て、彼にその首を差し出した
彼は、傷付いた者達を治療させた
始めは彼自身が
少しずつ手が増えるにつれて、付き従う者達にも命じて手伝わせた
勿論助けられなかった者も居る
だが、彼らは皆一様に、とても穏やかな死に様であったという
誰も彼もが、彼の言葉に従った
いや、従ったのではない
それは紛う事無き己の意思であった
彼の言葉は己の意思なのだ
彼がそうしろと命ずる言葉は、己がそうすべきと思う心そのものなのだ
彼は全ての戦場を制した
全ての人類は彼に平伏した
全ての人間が彼を愛していた
やがて世界から争いが無くなり、生き残った全ての人が彼の周りに付き従った
だが、彼はそれ以上の行動を起こす事は無かった
彼はただその場に在った切り株に腰掛け、じっと集まった人々を見詰めた
人々は初め、じっと彼の言葉を行動を待った
その内、空腹に喉の渇きに堪えかねた者がその輪を離れ、食料や飲料を求めて野を駆けた
最初は各々、近くの街を訪ねた
だが、そこに在ったのは荒れ果てた廃墟だった
食料など在る筈もなく、彼らの一部は諦め、彼の元に戻ってきた
帰ってきた彼らは、輪が元よりまばらになってきている様を見た
同じ様に、空腹に駆られて食料を求めに行った者達がいたのだろう
しかし、彼らはそれが徒労に終わる事を知っていた
この世界に文明の産物は既に存在しない
顧みてみれば、自分達が握っていた武器も、最後はただの棒きれだった
人骨獣骨を圧し折って使っていた者さえ居たほどだ
それらも全て、戦いの中で壊れていった
何も生み出さない戦いだった
彼らは蹲り、膝を抱えて何も言葉を発さなくなった
そんな彼らの肩を叩く者がいた
彼であった
彼は笑顔で、遠くを指差した
彼がそうしようと示したなら、それに従う事に否やは無い
彼らは彼の指差す方を見た
そこには荒れ果てた大地が広がるのみであった
意味が解らず、晴れぬ失意に力を失った視線で、茫洋とした荒野を見詰めた
彼らの耳に声が届いた
焦点の定まらない目が、荒れ果てた稜線の向こうからやって来る影を見た
その影は、何かを抱えた人影だった
彼を見る
笑みを浮かべた彼は、小さく肯いた
後は、何人も何人も、大きな影を抱えた人が帰ってきて、人々の腹を満たした
彼らが持ち帰ったのは、野生生物だった
種類は様々だったが、例外なく食用可能だった
彼が教えたのだ
先に出た我々は食料を見付けられないかもしれない
だから、食べられる生物の特徴を教え、狩ってくる様にと




