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エピソード3 死者と再会する


 退院後の中村は、肉体と精神のリハビリを続けながら長期間の療養生活を送っていた。

 暫く近付くこともできなかった事故現場に1人で向かったのは、妻と娘の遺骨を墓に納めて2、3日経った頃である。家族を亡くした寂しさも、すでに限界を突破していたのかもしれない。


 忌々しい事故現場に新しくなった車を停車させた中村は、当時の記憶がフラッシュバックしてきたのか動悸と脂汗が同時に湧き起こり、激しく何かに胸の内側を引っかき回される痛みを自覚するのだ。


「うう……、香里。それに真里……痛い思いをさせて本当にすまなかったな」


 フラフラと車外に出て道路脇に胃液を吐いた。今朝から水以外は何も喉を通らない。

 呼吸と脈拍数が急上昇し、1人でここに来た事を今更ながらに後悔した。

 アスファルトには確かに何かが擦った跡、粉々になったガラス・プラスチック片が僅かに見出されたが、何もない周囲の原っぱは平和そのもので、この場で死亡事故が起こった事など誰も気に留める人はいないだろう。

 

 落ち着くまでに小一時間ほどかかったが、不思議と涙が出る事はなかった。花束を現場に手向けると、改めて言いようのない喪失感が中村の心にぽっかりと穴を穿ったのだ。


「……にゃあ……」


 消え入るような鳴き声が、どこからか耳に入った。


「ん……?」


 中村が事故現場の周辺を詳しく見回すと、いつの間にか原っぱに黒猫が2匹現れて、人の気配を気にするでもなく戯れていた。それは大きな黒い猫と、よく似た毛並みの黒い仔猫であった。


「はは、……猫の親子なのかな?」


 母親と思われる黒猫に、小さな黒猫が無邪気にじゃれつき、片時も離れない。見ているだけで心癒やされるような微笑ましい光景である。

 娘の真里が好きだった猫のぬいぐるみの事を思い出した中村は、花束と一緒に供えようかと一旦車に戻ろうとした瞬間……。

 信じられない奇跡のような光景を目の当たりにして、思わず自分の目を疑った。



 穏やかな陽が差す草むらに、亡くなったはずの妻がいた!

 香里は当日の服装のまま、リラックスして座っており、優しい眼差しで微笑みかけていたのだ。その横には同じく中村が愛して止まない一人娘、真里が母親に甘えてしなだれかかっており、視線に気付くと天使のような笑顔を向けてきた。


「お……おお……、香里! それに真里!」


 中村は、愛しい妻と娘に飛び付くように近寄る事を一瞬ためらった。何だか傍に行くだけで、触れようとするだけで、儚い泡のごとく消え去ってしまうような危うい存在に感じられたからだ。


「香里! 真里! これは夢じゃないよな?」


 中村の震える声の呼びかけにも、妻と娘は答える事はなかった。相変わらず、こちらを見つめながらニコニコしてくるばかりだ。


「2人で、こんな所にいたのか……。さあ、一緒に家へ帰ろうよ」


 恐る恐る手招きして呼び寄せると、母娘はキョトンとしたままで首を傾げた。


「……んん? ああ、そうか。僕と同じように事故で大怪我したんだね。2人共ショックで喋れなくなったのか。うんうん、何も無理しなくたっていいよ。ゆっくり……、ゆっくりとリハビリを重ねていけば、いつかきっと元に戻るからさ……」


 中村は余計な刺激を与えないように細心の注意を払いながら、車中に2人を招き寄せた。後部座席で最初はなぜか怯えたような表情を見せていた妻と娘だが、次第に慣れてきたようだ。


「そういえば新しい車になったんだよ。今度は頑丈な車を選んだし、大丈夫。迎えに来るのが本当に遅くなってすまなかったな。さあ、出発しよう」


 ぱっと明るくなった中村は、感極まったのか少し涙ぐんでいる様子である。

 バックミラーから覗き見る妻の香里は以前に増して美しく、娘の真里も少し見ないうちに大人びた感じがした。




 




 

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