SAKURA
3
それから数日の間、結論として僕と美咲は言葉を交わすことはなかった。スマホでメッセージを送っても返信が来ることはなく、学校でも女友達と一緒にいることが増え、どことなく話しかけづらさを感じさせていた。
僕たちがようやくまともに会話ができたのは、それからほぼ一週間後のことだった。僕が少し早く学校に行くと、彼女はもう既に登校していた。窓際の席で、一人静かに読書をしていた。
「……おはよ」
教室に入ってきた僕を一瞥し、ぽつりとそう呟いた。「おはよう」と僕も静かに返す。
「……今日は早いんだね」
「……うん、なんか早く目が覚めちゃって。眠れなくなったから早く学校来た」
「そっか」
静謐な教室の雰囲気に背中を押されるように、僕は彼女の席へと足を進める。「がんばって」。どこかから、聞き覚えのある少女の声が聞こえた気がした。
「……ねぇ美咲」
「何?」
「ちょっと話、したいんだけど、いいかな?」
少しだけ、沈黙が降りた。黒く美しく伸びた彼女の睫毛が、上下に緩やかに動く。
「……いいよ。なに?」
仄かに、彼女が笑った気がした。それは決していつもの彼女のものではなかったが、それでもやはり懐かしさを感じずにはいられなかった。それは、僕が長らく求めていたものだったから。そして、世界にたった一つしかない、大切な姿だから。僕に向かってしてくれるその行動に、感動に近い感情すら一瞬のうちに覚えた。
「ありがと」
それはきっと、これまでに僕が口にした言葉よりも、ずっと価値のある言葉だったと思う。彼女の表情は相変わらず硬めのままだが、今からきっと柔らかくなる。いや、柔らかくさせなければならない。それが、僕が「特別なあなた」に対して現時点ですることができる最大のことで、そして、僕を「特別なあなた」とみなしてくれる人に対してしなければならないことだ。そんな確固たる意志のもとで、僕は小さな声を響かせる。
すべては、「あなた」のために。大切な「あなた」のために。必死の気持ちで、僕は自分の気持ちを伝え続けた。
**
次の日、二人で一緒に登校し、自分の席に着くと、机の中に一通の手紙が入っていることに気が付いた。淡いピンク色の封筒で、宛先の部分には整った字で僕の名前が記されている。美咲の席に行って確認するも、彼女も知らないという。「開けてみなよ」と、どこか緊張した面持ちで美咲は言った。僕も好奇心には抗うことができず、丁寧に封を開ける。
長い文章は書かれていなかった。ほんの数文だけが、丸みを帯びた文字で綴られていた。
『もし今でも、わたしのことを覚えてくれているならば嬉しいな。でも、わたしのことだからな……きっと忘れられちゃってるんだろな。「特別な人」との関係は元に戻せましたか? きっと、あとはもう大丈夫だと思うよ。短い間だったけど、君と出会えて、そして二人に間接的に関われて楽しかったよ。また会えたら会おうね。ばいばい。』
「……ねぇ、これ誰からの手紙?」
横で覗き込んでいた美咲が、怪訝そうな顔でそう言う。
「僕に訊かれても……」
二人、そろいもそろって、これが誰からのものなのかさっぱりわからなかった。
「とりあえずこの手紙、どうしよっか……」
「残してても仕方ないよね、誰からのかわかんないし……」
美咲もまた首をかしげている。教室の喧騒が徐々に深くなり、世界は再び日常を取り戻そうとしている。僕は微かに笑み、美咲に告げた。
「……せっかくだし、残しとこっか」
「……そうだね」
互いに控えめに笑い、僕はもう一度手紙に目を落とした。
「……あ」
文章の最後に、小さく名前が書かれているのに気が付いた。
「……『さくらより』」
それが誰を指すのかは僕にはわからなかった。ただ、きっととてもお世話になった人なんだろうな、とは思った。
窓の外では、陽の光に美しく映える葉桜が、静かに風に吹かれていた。
ここまでお読みいただいて、ありがとうございました。
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