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Meet and parting

1.


 ふわ、ふわと桃色の花びらが、緩やかな風に乗って天を舞っている。それはとても滑らかで、柔らかくて、僕には彼らが穏やかに笑っているように思えた。僕は道端に立ち止まって手で小さなお椀を作り、そんな彼らを受け止める。手の中に静かに舞い降りた彼らは、しかし傍の車道を通る自動車の強い風に攫われて、僕の手の届かないところに去って行ってしまった。

 微かな彼らの残滓を掌に感じつつ、僕は重い足取りで学校へ向かう。歩むのが遅い僕を、後輩たちは無邪気な声を上げつつ追い抜かしてゆく。

「……ふぅ」

 小さくため息を吐いた。温かな日差しの中で、僕の冷ややかな息はかき消される。

 ここ最近、暖かい日が続いている。そんな日は、自然と心が躍ってくるものだ。きっと、僕の通う高校の生徒の多くはそうであるに違いない。僕も昨日まではそうだった。この春の陽気のように、身も心もぽかぽかしていたものだ。

 しかし、もはや当たり前になっていたその日常は失われた。たった一言、僕の、彼女への発言によって。たった一日で、僕たちにとっての「特別」は消えてしまったのである。



 僕には、お付き合いを始めて一年ちょっとになる恋人がいた。元気で明るくて、気さくな性格の持ち主であるがゆえに、男女隔てなく友達の多い、いわばクラスの中心的存在の女の子だった。しかし、それはつまり親しい男友達も多いということである。友達の中でも特に親しい男友達に対しては、平気でボディータッチをしたり、少し体を近づけて話をしたりすることが多々あった。彼女にとっては、それは友達とコミュニケーションをとるうえで必要だと思ってやっていたことだったのかもしれない。しかし僕は、それを同じ空間で見ていることに耐えられなかった。「恋人」という関係が、「友人」と何ら変わりのない……もしかしたらそれよりも低い関係のように思われた。

 そして何よりつらかったのが、彼女の笑顔だった。男友達と雑談している時の彼女のそれは、僕と二人で話している時の笑顔よりも、幾分か特別に見えた。僕の早とちりだったかもしれない。隣の薔薇は赤く見える現象だったのかもしれない。でもなんにせよ、僕が彼女に対して感じた「違和感」はやがて「寂しさ」になった。そして、「寂しさ」はすぐに「不信」に変わり、最終的には「怒り」という抑えきれない感情と化してしまった。

「……ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 昨日、放課後にいつものように二人並んで帰るときに、僕はおずおずと口を開いた。毎日が楽しそうな彼女の表情は変わらない。「なーに?」と、僕の頭より少し低い位置から優しげな笑顔を向けてくれる。「いつも通り」の僕の恋人だった。

「その……美咲(みさき)は僕のこと、どういうふうに思ってるの?」

 一瞬だけ、ひんやりとした風が吹いたように感じた。僕の気のせいであったかもしれない。もしくは、隣で怪訝そうな表情に変わった彼女が発した、何かしらのオーラみたいなものだったかもしれなかった。

「……どうして急にそんなこと訊くの?」

「特に理由はないよ、本当に」

「嘘。普段そんなこと訊いてこないじゃん。絶対何か考えてるでしょ」

 間髪入れずに彼女はそう返した。もともとあった笑顔は崩れ、夜の闇をべったりと塗り付けたような顔が僕をとらえて離そうとしなかった。

「……本当に他意はないよ。純粋に気になっただけ」

「じゃあ何で顔合わせようとしてくれないの」

「それは……」

 足から伝わってくる固いアスファルトが、そのまま身体に乗り移ったかのように僕の思考は停止する。見えない場所から、ふんっ、と彼女の鼻息が聞こえた。

「どうせ、私が周りの男子のこと好きになったんじゃないか、とか邪推してるだけなんじゃないの? どう? 違う?」

 僕の心の中を見透かして、そして勝ち誇ったような薄い笑みを浮かべて彼女はそう言った。それは完全に、僕を見下して……「恋人」はおろか、「友人」ですらない扱いを受けていると、僕は確信してしまった。

「……そうだよ」

 ぶっきらぼうに僕は答えた。

「やっぱり。私のこと、そんなに信用できないの? こうして毎日一緒に帰ってるし、学校でも家でも話してるじゃん。それなのに?」

 ある種の興奮を覚えていた僕には、彼女のその言葉の割に、彼女が僕との関係を心配しているような雰囲気は感じられなかった。体の至るところから込み上げてくるドロドロの感情を声に乗せて、僕は彼女に送った。

「うん。信頼できない」

 そして次の瞬間には、彼女は僕の横からいなくなっていた。闇の中を、無数のヘッドライトに照らされた街の海の彼方へと駆けてゆく彼女の後姿が、一瞬だけぼやけた。

 僕に関連するありとあらゆるところから彼女の面影は消えてしまった。初めのうちは、それで満足していた。自分が信頼できない人など、「恋人」と呼ぶにふさわしくない。その思いだけで、独りの時間を過ごしていた。苦しくも、寂しくもなかった。

 そうして次の日の朝、僕は『彼女』と出会う。その日から、何もかもが変わってゆく。

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