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臆病とトウソウ  作者: トリカブト
転生と三話天下
5/5

屑は死んでも治らない

「な、え?」


 僕は丘の上から燃える屋敷を見ていた。

 さっきまで静かだった屋敷が燃えている。まるで現実味の無い光景だった。


「アルフレート様!!」


 声に我を取り戻すと、屋敷に詰めている兵士のステファンが居た。


「な、何が起こっている!?」

「ノークス共和国軍を名乗る連中が屋敷を襲い、その数約50!」

「なんだってノークスが!?」

「分かりません。現在テオ様が迎撃に出ておりますが、長くは持たないかもしれません。カリーナ様達は既に脱出しているはずですのでアルフレート様は王都へ救援を呼びに行って下さいませ!」


 そう言い残すとステファンは踵を返した。


「待て、君はどうする? 僕も行かなくて良いのか?」

「私は無論最期までテオ様の側で戦います。アルフレート様は必ず、必ず生き残って下さい!」


 そう言って、今度こそステファンは馬に乗り屋敷へと走っていく。

 その背中を見送りつつも、僕は動けなかった。



 どうする、どうすればいい?

 そもそも何でノークスが?

 というか共和国ってなんだ。

 言ってた通り僕が生き残る事が大事か

 カリーナやクロエは無事だろうか

 今の僕なら一般的な兵士程度なら10人くらいなら相手取れるけど

 そんな兆候無かったのに

 僕が生き残らなきゃ誰がこの街を復興する。

 ステファンがこっちに来れたということはカリーナ達も逃げ切れたに違いない

 試合はともかく、実戦なんかやったことないぞ

 そうだ、俺にはこの馬がある。

 怖い。

 誰よりも早く王都へ救援へ向かえるのはこの俺だ

 戦うのは死ぬのは殺すのは殺されるのは怖い怖い嫌だ。

 大丈夫、そんな簡単に父上は負けないし、カリーナ達も無事逃げ延びれた。

 怖い怖い嫌だなんで俺がこんな目に

 大丈夫、だから俺は、一刻も早く王都へ。

 そうだよ仕方無い、他に仕様が無い。俺には戦うなんて無理だ。

 これは逃げじゃない、救援を呼びに行くんだから!!



 俺は急いで馬に跨ると、王都へ向けて走った。

 一晩中全速力で走らせた結果馬を潰してしまうと、今度は自分の脚で走った。

 一刻も早く王都にと走って、途中の街ですら休まず走った。

 途中から雨が降り出し余計に体力を奪われ、結局王都手前の森で体力の限界が来た。

 それでも動かない脚を置いてけぼりにして腕だけでも先へ、領地と逆の方向へ這っていった。


「ダメだ、早く、早く王都に行かないと」


 もう意識も朦朧としている。

 うわごとの様に早く早くと呟きながら、手足を動かす。


「行ってどうするんだい? 救援を求めるのかい?」

「そうだ。そして父上を助けに戻る」

「既に丸一日経ってるのに?」


 限界まで走って幻聴でも聞こえてしまったのだろうか。

 何処か聞き覚えのある軽薄な声が響く。


 顔をあげると金髪にタキシードのスカしたイケメン。

 その横には、トガというのだったか、ギリシャ神話の神様が来てるような布をまとった女神的な女性が立っていた。

 うるさいなぁ。こんな大変な時に現れないでくれ。

 そんなこちらの気持ちと裏腹に、金髪のイケメンが言葉を投げかけてくる。


「武人では無い父上さんと屋敷にいた兵士5人。50人相手にそんなに保つと本当に思ってるのかい?」


 嘲るように金髪のイケメンが言う。


「馬も乗れない女の脚で、飢えた男達の毒牙から逃げ切れたと本当に思うのかい? 君はただ逃げているだけだろう?」


 嗤いながら金髪のイケメンが言う。


「だ、大丈夫さきっと。そんな酷い目に遭うはずない。平和なこのエルネスティアで」

「じゃあ昨日の出来事を見せてあげる」


 反射的に言い返したが、何故か俺は奴の目を見返すことができなかった。

 なんの前触れもなくイケメンが指をパチンと鳴らすと、映像が、音が、匂いが入ってくる。

 目の前に広がるのは燃え盛る家と、広間で対峙する父と男達。


「くそ、ステファン!!」

「やぁやぁ貴族様は流石だねぇ。エルマン子爵殿は内政官と聞いていたのにそれでも10人は焼き殺された」

「……貴様らは何者だ」

「最初に名乗っただろう? ノークス共和国、悪しき王政を覆し、民意によって国政を為す革命軍さ」

「いつの間にそんなものが現れた。何故我がエルネスティア王国にまで攻め入る」

「クーデターが成功したのが1週間前。理由は勿論人民の解放と王家貴族の殲滅。さて、冥土の土産は十分持ったか? さよなら貴族様」

 そして最期まで戦い抜いた父上の首が飛んだ。


 次に映ったのは森の中で包囲された、俺の愛しい女性達。

「ったく、ちょこまかと逃げ惑いやがって。女はいつだって諦めが悪い」

「おい、この婆さんはどうする?」

「俺達の中には年増好きはいねーよ」

 そして花々の上に母上が殴り斃され、首がおかしな方向に折れる。

「お、流石は貴族様。メイドまで美人ぞろいだぜ」

「しかも一人はエルフだ! その娘は俺にヤらせろ!」

「ならそっちの本物貴族様は俺にくれ」

「おいおいおいマジかよこんな所に居たのかハルノア様よぉ!?」

「知ってるのか?」

「知ってるも何もノークスの元名家のお嬢様さ。没落する前まで俺がこき使われてた家のご令嬢だよ」

 そして幼いころから世話をしてくれたハルノアのメイド服が破られる。

「いいねぇ羨ましいねぇ、あんたらは裕福で何不自由ない生活を送れてたんだろう? 俺らが家畜のようにこき使われてるのを余所事のように見もしないでさぁ。そのツケを今から払って貰うんだ。身体でなぁ?」

「い、いや…… また売られるのは嫌ぁぁぁ!!」

「ははー、嬢ちゃんは奴隷から買われて真っ当なメイドに雇われたクチかい。残念だが逆戻りだよ。しかも使用済みだから値段も下がっちまうぜ?」

 そして明るかったクロエの顔が恐怖に染まり、その身体に見知らぬ男が覆いかぶさる。

「下衆め。今は好きなようにしなさい。必ずアルフレート様が貴方達を屠るでしょう。」

「いいねぇ、気丈に愛する許嫁を信じるその顔、でもその頼みのアルフレート様は尻尾巻いて馬で逃げたぜ」

「そんなわけ」

「まぁいずれキチンと捕まえてお前の抱き心地を教えてやらないとなぁ?」

 そして永遠の初恋と思っていたカリーナから破瓜の血が流れる。

 そして

 そして

 

 そして


「嘘だァァァァァァァァl!!」


 そしてそれらの光景を一瞬で見せられた俺は、地面に吐いた。

 昨日の晩から何も食べてなかったからもはや何も吐けなかったけど、必死に今の光景を吐き出そうとした。

 嘘だ、嘘だ、あんなのが本当なはずが無い!


「ねぇ知ってる? 実はあの50人ってさ、隊長以外は皆戦いの素人だったから、君がいれば止めれたんだよ?」


 そんなはずがない! そんなことが認められるものか!

 なんでコイツはこんなに楽しそうなんだ。俺のせいだっていうのか!


「無理だ! 俺はそんな強くない!」

「うん、君じゃ無理だ。でもカシウス君だったら?」

「それは、出来たかもしれないけど」


 でも俺はカシウスじゃない。

 心も身体もそんなに強くない。ただの一般人だ。

 俺は英雄なんかじゃない。


「君もね、きちんと鍛錬を続けていれば彼と同じくらい強くなれてたんだ。その意味は分かるかい?」


 うるさい! だからなんだっていうんだ。

 例えそうだったとしても仕方ないじゃないか。こんな事になるなんて思わなかった!

 俺は悪くない!


「そんなの、そんなの結果論だ! こんな事になるなんて」

「知らなかった、とは言わせないよ? 小瀬俊介くん。もう既に『俺』が出ちゃってるじゃない」


 ……

 ……何時からだろう。元いたアルフレートの人格と『俺』の人格が混ざりあったのは。

 きっと12歳になる頃にはほぼ一体となっていたはずだ。

 僕はアルフレートであり、同時に間違いなく俺は『小瀬俊介』だった。

 勤勉だったはずのアルフレートが、次第に言い訳をしだしたのはきっと『俺』の影響もあった。

 普段はアルフレートの側面が大きかった、が、逃げ出す中で再び人格の中心には『小瀬俊介』が居た。

 そしてそれを自覚した時、もう俺には抗う気力は無かった。


 這いずっていた姿勢のまま、ついには目の前の自称神様に向かって顔をあげることすら諦め、泥水の中で口を動かし、ただ負け惜しみを言う。


「……だって仕方ないじゃないか。あんなに平和だったらキツい思いして強くなる必要なんて無い。隣には可愛い女の子が二人居て、暮らしていくに不足無い地位と能力があって。それで十分だと思うよ。俺じゃなくてもそうなってた」

「そうかもしれないね。まぁその環境は君が望んだ事だけど」


 違いなかった。当面の安寧も、不足無いステータスも、恵まれた才能も、俺が自ら望んだものだった。

 激動の時代に巻き込まれると先に注意されながら、来世の自分ならきっとやり遂げてくれると信じて。いや丸投げして。

 生まれ変わっても自分は自分のままなのに。屑は屑のままなのに。


「そうだよ。仕方ないじゃないか。どうせ生まれ変わっても屑は屑のまんまなんだ。屑は死んでも治らない。そんな俺に期待するほうが間違ってるんだ」


 仕方が無い。仕様が無い。方法は無かった。俺には無理だ。俺に期待するほうが間違ってるんだ。

 ……あぁ、懐かしい。この緩やかな堕落と生暖かい絶望。

 俺はそうやって、常に責任から逃げてきた。

 あるいはそれは授業に出て出された課題を提出するという責任。

 あるいは社会人として自分の仕事をやり遂げるという責任。

 あるいは一人の人間として健全な生活を送るという責任。

 あるいはチャンスをものにして真っ当になるという責任。

 そしてあるいは、守るべきものの為に恐れずに敵に立ち向かう責任。

 きっと俺の心は壊れたのだろう。歪に歪んだ口からは乾いた笑いしか出てこない。


「ふぅ……、人間がここまでダメなものだとは思いませんでした」


 初めて聞く声だ。女性の声だし、きっと女神っぽい人の声なのだろう。

 自分の吐いた胃酸に顔を埋めながら、もうその声の主を確かめる気力もない。


「ダメ人間でも最期にそれを悔いた者なら、やり直す事が出来れば真っ当な人間になれるか否か。賭けは僕の勝ちみたいだね」

「仕方ありませんわね。完膚なきまでに私の負けです。折角来季は私が転生担当になれると思ってましたのに」

「君は人間を美化しすぎだよ。ほら、あいつ未だに自分の何が間違ってたのかさえ分かってないよ」

「……彼を見ると返す言葉もございませんわ」


 なんとでも言うがいいさ。神様に嘲笑われたってこれ以上落ちぶれ様もないんだから。

 もうどうでもいい。死にたい。きっと次の自分はうまくやってくれるだろう。

 こんな人間生きてたって仕方が無い。仕様が無い

 あれ、でも俺ってば死んでもダメなままなんだっけ。

 じゃあもう永遠に消滅してしまえばいいや。

 神様さんよ、最期の慈悲に俺の存在自体を無かったことにしてくれや。


「我々の勝手な賭け事に巻き込んだことへの謝罪として、一つ助言を致しましょう」


 女神さんが憐れむような声で何か言い出した。もう助言なんていらない。消滅させてくれ、頼むから。


「あなたの言い訳は、本当に仕方が無かったのですか?」


 当たり前だ。俺には他にどうしようも無かった。


「目標や目的を達成しようと努力はしたんですか?」


 当たり前だ。やれることはやったさ。でも毎回困難に邪魔されるんだ。


「あなたの言い訳は確かにあなたが事を成し遂げられなかった理由ではあるでしょう。

 ですがそれは成し遂げられなくていい理由になりますか?

 誰だって道の途中で困難にぶつかります。

 それを言い訳をせず、乗り越えようと踏ん張ることを努力というのです」


 当たり前だ。全てが障害無く苦労なく上手く行くはずない。

 そんな当たり前の事を今まで俺は、……僕は、ちゃんとやってきたのだろうか。


「君は優しいねぇ。そんな言葉をかける価値もない男だろうに。ま、いいや。僕らの目的は達成したから、この後は生き延びるもよし、野垂れ死ぬもよし、好きにしたらいいよ。グッバイ」

「願わくば、今度こそあなたが良き人生を送れるように」


 一瞬だけ目の前の地面が明るくなると、元の静寂があたりを包んだ。

 ゴロンと仰向けに寝返りをうつ。

 そこにはもう神達の姿はなく、鬱蒼と茂る木々と、その間から見える星空だけがあった。

 その隣にはカリーナやクロエも、父上や母上ハルノアも居ない。

 天に浮かぶ星々の輪郭が歪む。

 そして僕は、前世も含めて何十年ぶりに、後悔の涙を流した。

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