そして、破滅
「アルフレート様! 見て下さい! でっかい焼豚! 丸焼きですよ!」
「ちょっと、引っ張らないでって。はは、まったく仕方ないなぁ」
喧しくはしゃぎながら僕の手を引っ張っていくクロエ。
3年前に武術大会へ出場した時に王都で買った元奴隷の少女だ。今は立派に僕の専属メイドとして働いている。
「うー、一串銅貨5枚か…… 美味しそう……」
チラチラと僕の方に流し目を向けてくるクロエ。食いしん坊キャラでお馴染みになった彼女のことだ、美味しそうな匂いにお腹をすかせたのだろう。
あれだけ毎日食べても太らないのはエルフの種族特徴か何かなのだろうか。
焼豚の切り身を3串購入し一つをクロエに渡してやる。
こ、こんなだらし無いメイドでもキチンと身の回りの世話とかは立派にこなしてくれてるんだ、本当だよ!?
嬉しそうに串を頬張るクロエを見つつ、その後ろで少しむくれている女性にも串を渡す。
「カリーナ、そう怒らないで」
「アルフレート様、ちょっとクロエちゃんを甘やかしすぎです。彼女はメイドで貴方は主人なんですよ?」
「まぁそうは言うけど彼女はもう我が家の家族みたいなものだからね」
「因みにカリーナ様は許嫁で、まだ家族ではないですね! 家族な私はアルフレート様のお背中を流した事もありますし?」
「それにあの態度! メイドのくせに……!!」
「クロエもそうやって挑発しないでよ。それに背中を流してもらったのも最初の頃だけだろ?」
カリーナも出会った頃から僕と同じく大きくなった。そして、綺麗になった。
初めて国王陛下の誕生パーティーに呼ばれた時、隣にいるカリーナに視線が集まり密かに優越感を感じたものだ。
ただどうもカリーナとクロエは相性が悪い。いや、勿論理由は想像つくんだけど、僕にはどうしようもない。
「村長さん、隣の村では最近行商人が回ってこなくて商品が売れないと言ってましたがこちらはどうです?」
「こっちは特に問題ありませんでさぁ。あの村はノークスから回ってくる行商人の商売ルートじゃけど、ウチはエルネスティア王国国内を巡る別の行商人のルートじゃからのぉ」
「なるほど、それでは安心ですね。ところで、こちらは隣村の商品なんですが……」
ともかく、今僕らはもはや習慣となった領内巡りをしているのだ。
それと同時に、行商人が来ず売れ残った商品をこうやって他の村に持っていったりしているのである。
「カカ、分かりました。そちらの魚さ貰いましょう。そんで代わりにこの豚さ持ってってくだされ」
「ありがとうございます。助かりますよ」
「なぁに、領主様には世話になっとるけんのぉ。それにしてもわざわざ領主様御自ら行商人の真似事なぞされいでも」
「まぁ今のところ僕は暇ですしね。配達はお手の物です」
「そういうもんかいのぉ」
事実、今の僕は暇人だ。
既に教養も武術も一定以上の成績を修めたが領地の経営は今だ父上が担っている。
無論その手伝いも時々するが、父上があまり人に仕事を任せないタイプなのでそう機会は多くない。
同年代の多くは今だ勉学や鍛錬に励みつつも裏で婚約者探しを頑張ったりしているが、僕には既にカリーナがいる。
なので最近はこういった領民の手伝い等をしていることが多い。
商品の交換も終わって、荷馬車に戻る。今回は積荷ありだったので愛馬はお休みだ。
荷馬車には魚や米等は殆ど無く、代わりに畜産物や絹等が積まれていた。
先に御者席に乗り込んでいたカリーナがニッコリと微笑む。
「これで大分預かってきた商品も捌けましたね」
「うん、君が手伝ってくれたお陰だよ。ゴメンね、君も子爵家の娘なのに商人の真似事なんてさせて」
「いいえ、思ったよりも楽しいですし、それに未来の私自身の領地でもありますから」
「ふふ、そう言ってくれると僕も嬉しいよ」
「あのぉ、私も手伝ってるんですけどぉ?」
おっと、いけない。クロエが拗ねた。
両手に花という、誰から見ても羨ましい状況ではあるんだけど、何というか加減が難しいよね。
まぁ間違いなく贅沢な悩みなんだろうけどさ。
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取引してきた商品を元の村に卸し、一通り感謝された頃には日も落ちつつあった。
夕暮れまでの少しの時間を屋敷近くの小高い丘で三人で過ごす。
左には僕の最愛の人。普段はお淑やかだけど拗ねるとちょっと怖い、そんな芯の強い可愛い許嫁。
右には僕の家族。ビクビクしてた昔を振り切り、ちょっと我儘になりすぎ感はあるけどそれでもいるだけで賑やかなメイド。
何かにつけて火花を散らしがちな二人も今は穏やかな顔で、静かに通り抜ける春の風を感じていた。
やがて日が沈み、誰からともなく馬車に乗り込む。馬車にかけたカンテラが揺れ、温かい光に包まれた屋敷へ帰る。
部屋に戻ると一通の手紙。それは今や歴然とした力量差が出来たのに、今だ強敵と呼んでくれる友からの手紙。
それはまた去年頃から仲良くなったという女性についての惚気話で、初めて会った日とまた立場が逆転したな、なんて笑ってしまう。
ただそれだけの日常が幸せで、何故か涙が出てきて。
「あれ、僕のリストバンド……」
癖でリストバンドで目を拭おうとして、カリーナに昔もらったそれが無いことに気付く。
隣室でおしゃべりをしていたカリーナとクロエに少し出てくると伝えて、おそらく落としたであろう昼間立ち寄った村へ愛馬を駆る。
魚を卸し豚を受け取ったその村に、はたしてリストバンドは落ちており、村長からそれを受け取る。
もと来た道を戻り、森を抜け、夕暮れ過ごした小高い丘を超えると……
屋敷が燃えていた。