転生と三話天下-1
「あ、やべ」
直後、音と光と、あとは衝撃と。
走りなれた道のはずなのに、うっかりと一時停止をし忘れた。
昨日徹夜でゲームして寝不足だったからか。
でも仕方ないじゃないか。3年も待った俺が一番好きなタイトルの発売日直後だったんだぜ?
享年27歳。ありていに言えば、俺、小瀬俊介は交通事故で死んだ。
配達のバイト中、一時停止を無視して横から突っ込んできたタクシーに撥ねられて死んだ。
「なーんも出来ずに死んだな……」
頭に浮かんだのはそんな感想だった。
なにせ走馬燈なんて上等なものが走るほど密度の濃い人生を歩んで来なかった。
なーんとなく学校へ行き、親に乗せられるまま進学し、でも大学は途中で行かなくなり、結局その場凌ぎのフリーター人生。
それだけだった。三行にもならない。
その感想の次に沸いたのは安堵と願望。
『あー、やっとこんな愚図な自分から解放される』
という安堵と、
『もう一度人生やり直せたらな…… 出来たら次はもっとまともな人間として生きてみたい』
という願望。
打った場所が悪かったのだろう。
やけに熱い頭から、命とも言える血液がドクドクと流れ出てるのを感じる。
今際の際に思ったのは、愛する恋人でも大切な家族でも唯一の自分でも無く、無責任なまでに他人の『次のジブン』だった。
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次に目を覚ましたのは真っ白い世界だった。
体を起こして見回すと、目の前に男が一人いる。
白い世界はずっと続いていて地平線も見えない。
……ってか、おかしくないか? 死んだんなら目を覚ますはずないんだけど。
「やぁ、お目覚めかい?」
呆然としていると、目の前に立っていた軽薄そうな男が声をかけてきた。
「えーっと?」
「あぁ、心配しなくていい。ちゃんと君は死んだ。そこまでは違わないよ」
聞いてもいないのに教えてくれる謎の男。
まぁそうなんだろうな。地面も空も壁も無い。ただ真っ白いだけの空間なんて地球には無い。
「簡単に言うと、ここは死後の世界、の一歩手前。輪廻転生の為の場だ」
「はぁ」
「君は人生をやり直したいと思うかい?」
「そりゃぁ、まぁ……」
「でも残念、悲しいことに君の人生は終わってしまった」
「そう、っすねぇ」
これまた白いタキシードを着た金髪のイケメンは、まるで歌劇かのように大げさな身振り手振りを交えて謡う。
っつーか喧嘩売ってんのかコイツ。
少しイラっとした色の出た俺の声に気付いてか気付かいでか、変わらぬ調子で彼は言葉を続けた。
「でも君には一度、チャンスをあげようと思う。あ、気にしないで。これは僕の暇つぶしみたいな実験だから君にデメリットは無いよ」
「はぁ……」
「君は今世、つまり小瀬俊介としての記憶を引き継いで転生することが出来る。転生先は剣と魔法のファンタジー世界さ。しかもこれは僕の勝手な実験だからね。君から転生に際して3つのお願いを聞いてあげよう」
「へぇ……」
ひたすら生返事を返していた俺だが、転生と聞いて少し興味を惹かれる。
もし本当ならこんな有難い話は無かった。
最期に願ったのは「次はまともな人間として生きたい」だったのだから。
しかも言わば強くてニューゲームだ。
無論、強くなるほどの経験値を今までの人生で積んできたわけではないが、少なくとも願えばどこかで見た異世界転生モノのセオリーらしくチート持ちでスタート出来る。
そうなれば今世のような思い返したくもない、思い返すこともない死んだような人生だけで終わらずに済むだろう。
正直乗らない手は無い。が、ここで即答できる程俺も子供じゃない。
伊達、ではあるけど27年は生きてきたのだ。美味しい話には裏を警戒せねばなるまい。その程度の常識は弁えている。
「正直それが本当の話だとすれば是非とも、って言いたい所なんだけど。流石に話が良すぎないかい?」
「ふふ、まぁ疑うのも無理ないよね。でも事実さ。君には確かめようが無いだろうけど僕はれっきとした神の一員だし、転生に関して嘘偽りは無いよ」
「でも」
「だとしても、それが嘘だとしてもそれが何だっていうんだい? そもそも君は一度死んだ身だ。生者が決して知ることの無い未知の『死』という闇の中へ躍り出たわけだ。それはつまりここで僕の話を蹴ったとして、ノった場合よりいい保証はあるのかな? 天国や地獄に行く? 輪廻転生する? ただ意識が消滅する? 転生した先は地獄よりマシな世界と指定出来る。輪廻転生した先でも記憶を保持して新たな人生を送れる。騙されたと思ってノった所で、もとより失うものは無いんじゃないかい?」
「そうですね……」
反論すらする間もなく矢継ぎ早にメリットを押してくる神を名乗るイケメン。
多少心が揺らぎつつも、相変わらず決心のつかない俺を見て彼は続けた。
「そうだね、不安ならばこちらからの条件を先に提示しようじゃないか」
「やっぱりそういうのあるんじゃないっすか」
ほら、やっぱり一筋縄ではいかない。何かあると思った。
「簡単な事さ。まず一つは『あくまで転生なので、向こうには向こうの人格がありメインは向こうの人格になる』。とは言っても別人になるわけじゃない。向こうのと混ざりあった人格になるだけであって、自意識自体は連続したものになるよ。」
ふむ、人格が混ざり合うというのはイマイチイメージが湧かないが、この『小瀬俊介』としての意識が地続きなものなら問題は無いか
「もう一つは『君の居た地球の現代と違い、次の人生はファンタジーな異世界で激動の人生を送ることになる』。これに関しては君にとっても吉報じゃないかい? 確かに危険はある。だが裏を返せばつまり、それだけ活躍の場のある、見所のある、英雄的な人生を目指せるわけだ。実のところ今までの平和で刺激の少ない人生に飽き飽きしていたんじゃないかい?」
「そうとも、言えなくはない……」
日常的に見ていたアニメ、漫画、小説。それらの空想の世界に憧れを頂いて居なかったと言えば嘘になる。
いや、正直に言おう。
そんな世界に生きたかった。
筋違いなのは分かっている。それでもこの緊張感のない平穏な日々が今までのダメな自分を助長した一因で、きっと刺激的な時代に生まれればもっとマシな人間として生きられたはず。
そんな責任転嫁の気持ちがあった。
「条件は以上だ。ね、簡単でしょ? 後は君が頷いて、望みを三つ挙げて、向こうの世界で目を覚ますだけだ。さぁ、返事を聞こう」
「いいでしょう。お願いします」
ここまで来れば望むべくも無かった。
未だにあの男の意図は読めない。きっと何かしらそこまでの条件を提示してでも果たしたい目的があるのだろう。
だが大事なことは俺がもう一度まともな人間としてやり直せるという事。
例え向こうの提示した条件が、俺の提示する願いが、全て裏切られたとしてもきっとそれを補ってあまりあるチャンスだ。
奴の言う通り、本来なら既に終わったはずの人生なのだから。
「君ならそう答えてくれると信じていたよ。それじゃあ聞こうか。君の願いを」
「まずは転生した直後の安全の保障。激動の時代とは言うけれど右も左も分からない状況で即死ってのは流石に嫌だ」
「OK 問題ないよ」
「あー確認なんだけど、向こうの世界の最低限の知識とかは既に保障されてるんです?」
「勿論。転生先では10歳として意識を取り戻すことになるんだけど、さっきも言った通りそれまでの人格が主になるんだ。それまでの記憶もあるし、それまでに学んだ常識もそのままあるから安心しておくれ」
「安心の親切設計ですね。ならばまず一つ目は『当面の間の安全』で」
ほら、よくあるじゃないか。
目が覚めたら自分は奴隷で少しのミスで殺されそうになるとか、気が付いて即魔獣との戦闘に入るとか。
確かに安全な日本とは別世界なんだ! っていう分かりやすい表現にはなるんだけど、対応力の低い俺にとってはそれはマズい。
「何か危険が及ぶにしても、それなりに心身共に準備が出来る期間、2,3年は猶予が欲しいです」
「ふむ、なかなかに用心深いね。いいだろう」
神様とやらは顎に手をやりつつ、でもそれほど悩むこともなく快諾された。
という事は異世界転生させて初見殺しして遊ぶ神々の遊び、って線は薄そうだ。
「二つ目、来世ではイケメンで!! あと貴族とかの制度あるなら貴族で!!」
「おっとっと、真面目な条件から突然俗な願いだね。いいよ」
今度は拍子抜けしたように笑うパツキンのあんちゃん。
そうだよ悪いか!
産んでもらったこの体を悪く言うわけではないけど、不細工とまでは言わずとも背も低く冴えないこの容姿のせいで不便をしてきた人生だったのだ。
人間中身が重要とは言うけれども、それだって優れた容姿やステータスといった前提条件の後に問われるのが世の中だ。
いくら偏差値が高くたって、センターでしくじったら足切りを喰らうのである。
「それで、後一つは?」
まだ少し笑いを引きずりながらも先を促してくる神様パイセン。
自分の中での最低条件を整えるために2/3を使ってしまった。
最期の願いは慎重に選ばないと……
前の世界からパソコンとかを持っていくとか、ハーレムルートな未来とか、もっと積極的な人物として文字通り生まれ変わりたいだとか、幾つか案はあったけどやっぱり最後はこれだろう。
「何らかの才能をください。出来れば武術や魔術の」
「なるほど。具体的にどんな才能が欲しいとか案はあるかい?」
「そこまでは…… 出来れば魔槍士、みたいに魔法と槍術を一緒に使える、みたいなのがいいですね」
「いいよ。というより、そもそも僕たちの目的の為にもそれなりに戦える素質は持っててもらわないといけないから、スタイルの希望を聞くだけってのはちょっと弱いんだよね」
「僕『たち』?」
「うーん、そうだね…… よし君専用のオリジナルスキルを1つ授けよう。どんなのがいい?」
やっぱり彼らには彼らの目的があるらしいが、そこはもう考えても仕方がない。
それよりもオリジナルスキルだ。
以前読んだ異世界転生ものの作品では、色んな人物がこのオリジナルスキルというチートを用いて世界観をぶっ壊しながら活躍していた。
なんと俺にもそれが出来るのだという。さぁ、なるべく解釈の幅の広いスキルを……!!
「残念ながら『死んでも生き返る能力』だとか、『相手の能力を奪う能力』だとかのレベルのぶっ壊れスキルは無理だからね」
「流石神様、思考の読み取りができるんですね」
「読み取らなくても皆同じ事言うから簡単に想像つくよ。一部の神様が気前良すぎるだけさ。そもそも転生前の記憶の保持って時点で大サービスなのに。そんなに物語に出演したいのかね」
思わず恨めしそうな声が出る俺に苦笑、あるいは辟易としながら顔の前で手を振る。
因みにこの神様、結局思考の読み取りが出来ないとは言っていない。
「なら逆に、どの程度のスキルなら願えるんです?」
「向こうの世界でも一部の人なら扱える固有スキルと同程度のものだね。まぁぶっちゃけ僕の感覚で良いか悪いか決めるし適当に言ってみてよ」
「雑っ!?」
その後試しに色々聞いてみると「あらゆるベクトルを反転させる能力」だとか「時空を操る能力」とかはダメで、「相手の持ち物を盗む能力」だとか「絶対に腹痛に悩まされることの無い能力」だとかだともう少しいい能力でも良いよとか言われた。
イマイチ基準が明瞭じゃないが、素直に漫画とかで出てくるキャラクター達が使ってそうな能力を言えってことだろうか。
とかなんとか探ってみたものの、実は既に欲しい能力は決まっている。
「幻術使いで」
「へぇ」
目の前のニヤケ面は、今度は目を細めて右の口角を少し吊り上げた。
幻術使いと言えば、相手のトラウマを見せて行動不能にしたり、ありもしない炎で相手を心理的に焼き尽くしたりする、どちらかと言えば敵役が使ってくることの多い能力だ。
だが俺がやりたいのは幻術メインの立ち回りではなく、幻術によってピンポイントで相手の判断を誤らせるサブ的な使い方だ。
戦闘や交渉、あらゆる決断において人は今まで得た情報を元に決断を下す。
そこに間違った情報を意図的に与えることで相手の思考を誘導することが出来るだろう。
「っていう使い方がしたいんです。なので多少時間制限はあってもいいですが瞬間、且つ同時発動出来るような調整がいいです」
「結構トリッキーな戦い方がしたいんだね。少し意外ではあるけど問題ないだろう。君のイメージ通りの物が使えるようにしておくよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ君の願いは『暫くの安全』『優良なステータス』『幻術行使能力』の三つでいいね?」
「はい」
「それじゃこれで契約は成立だ。次に目を覚ます時、君はエルマー子爵家の嫡子アルフレート・フォン・エルマン、御年10歳だ。良い来世を」
「はい、よろしくお願いします。ありがとうざいました」
真っ白い世界が唐突に光を失っていく。
そう転生を管理するという、ニヤケ面の金髪イケメン神様にお礼を言い終える間もなく、俺の意識は闇に飲まれていった。