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猫も杓子も

「きれーなおねーさんの膝枕でゴロゴロしたい」という作者の阿呆な妄想から、元帥と少佐(回想場面時は大尉)の膝枕SSを……という電波を受信しました。意味なしオチなし。

(1) 


 フリーデリーケの膝の上ではルドルフが座り込み、かれこれ三〇分近く長椅子の上から立ち上がれずにいた。

 だが、すっかり寛ぎ切った姿を見せつけられては、無理に膝から降ろすのが躊躇われてしまう。


(まぁ、今日は休日だし、取り急ぐ用事も特にないからいいのだけど)


 白く柔らかな長毛に覆われた背中を撫でさすれば、ごろごろ、ぐるぐると喉を鳴らす。

 多忙ゆえに家を空けることも多く、中々構ってやる時間が取れない。

 だから休日くらいはルドルフを目一杯構ってやりたい。

 愛猫と家でゆっくりするのは、彼女の貴重な休日の過ごし方だった。


「本当にルドルフはフリーデリーケさんが大好きなんですね」


 二人分のマグカップを手に、ヤスミンがフリーデリーケの元に近付いてくる。

 フリーデリーケが座る長椅子の前の机にそれぞれのマグカップを置くと、ヤスミンは自分の分を両手で持って隣に座った。


 片手を机に伸ばし、マグカップを手に取る。

 立ち込めるほろ苦い香りを嗅ぎながら、口を付ける。

 コクのある苦みが舌に、咥内に拡がっていく。

 フリーデリーケはコーヒーに砂糖もミルクも入れない。

 ヤスミンは彼女の嗜好を覚えてくれたらしい。


 隣に座るヤスミンにちらりと目をやれば、両手で持ったマグカップと口許の隙間から薄茶色の液面が垣間見えた。

 自分と同じくコーヒーを飲んでいるようだが、ミルクをたっぷり入れたのだろう。

 多分、太るのを気にして砂糖は入っていない、気がする。

 ルドルフは相変わらず膝の上から微動だにしない。


(寝心地が良いのかしらね??でも私の膝は柔らかさが足りないだろうに)



 そんなことを考えながらコーヒーを啜っていると、はたと、ある事を思い出した。




(2)



 ――数年前――




 その日も、フリーデリーケは『魔力供給』のために人目を忍び、瞬間移動でリヒャルトの私邸へ訪れた。


 私室に入れば、扉の近くに置かれた長椅子では私服姿のリヒャルトが座っていた。

 ローテーブルの上には高級ワインのボトルと二つのワイングラスが用意されている。


「ポテンテ大尉、隣に座りなさい」

「はっ」


『魔力供給』のためとはいえ、訪れて早々に事を始めるような野暮な真似はしない。

 酒を飲みながら昔のように国政や魔法等々について議論し合い、話が途切れた頃合いで……というのが常だ。

 だが、この日に限ってはいつもと違っていた。


(ボトルがもう空けられている??)


 いつもであれば、フリーデリーケが訪れてからしかボトルは空けない筈。

 しかも中身がすでに三分の一程減っている。


「あぁ、すまない。今日は君が来る前にすでに空けてしまったよ。足りなければ、もう一本用意するが」

「いえ、結構です」


 申し訳なさそうなリヒャルトの笑顔も疲れが滲んでいる。

 ガスランプの薄明かりの元でもはっきりと読み取れた。

 原因は薄々予想しているが敢えて口には出さず、彼の隣に腰掛ける。

 グラスに注がれる心臓のように赤い色の液体を注視し、折れそうに細い硝子の足を指先で軽く撮み、持ち上げる。

 頂きます、と口に含めば、芳醇な香りがふわっと、咥内から鼻腔へと突き抜けていく。


 リヒャルトは寡黙ではないが、饒舌な質でもない。

 フリーデリーケとアストリッドを除いては。

 それを差し引いたとしても今宵の彼はやけに多弁であった。


 ボトルが空になったのと、会話が途切れたのはほぼ同時だった。

 そろそろかしらと、やや緊張を覚えたが、「すまない。少しだけ休ませてもらってもいいか??」と、意外な言葉が降ってきた。

「はい、私は構いません。お疲れのところに加えてお酒に酔われたのでしたら、また後日……」


 後日改めて、と言い掛けて、フリーデリーケは思わず言葉を飲み込んだ。

 否、飲み込まざるを得なかった。


「上官としてではなく()として命令だ。しばらくこうさせてくれないか」

「…………」


 リヒャルトが長椅子に横たわったかと思うと、フリーデリーケの膝の上に頭を乗せてきたのだ。


「元帥、いえ、我が主。珍しく主として命令下されたかと思えば……。私は鍛えていますから、普通の女性と比べて余り柔らかくはないですが」

 呆れて言葉が続かないフリーデリーケに「酔っているんだよ」と、リヒャルトは悪びれもせずに答えた。


「……余程、軍議でギュルトナー少将と揉められたのが堪えているのですね……」

「……いつものことだ……」


 今度はリヒャルトが口を噤む番だった。

 やはり図星か、と、フリーデリーケも口を閉ざす。

 二人の沈黙を夜の静寂が包み込んでいく。


 下ろした前髪が形の良い額や閉じた瞼にかかるのを払いのける。

 自らの黄色味が強い暗めのブロンドと違い、白金に輝く髪は女のフリーデリーケでさえ美しいと思う。

 リヒャルトは目を閉じたまま、フリーデリーケの肩ら辺で何かを掴もうと手を伸ばした。

 しかし、その手は虚しく空を掴んだだけだった。


「あぁ、そう言えば今は短かったな」

「はい、それも一年近く前からです」


 名残惜しそうに手を下ろすリヒャルトについ苦笑を漏らす。

 リヒャルトが元帥に就任し、フリーデリーケも共に中央に赴任したのをきっかけに、ずっと長かった髪をばっさりと切ったのだ。

 彼が、彼女の長くゆるやかな巻毛を気に入っていたのは気付いている。

 二人で夜を過ごす際、身体に触れる以上に髪に触れていた癖が未だに抜けないでいるのだろう。


 昔から、疲れている時は大抵子供のように甘えてくる。

 その甘えを、時々こうして受け止めるのも『役目』だ。

 部下としては当然、従僕しても少々出過ぎた行為かもしれない。


 けれど、フリーデリーケ自身は呆れはするものの、決して嫌がることはなかった。








(3)



「元帥もルドルフと変わらないわね……」

「えっ、何か言いました??」


 軍部やリヒャルト本人の前では口が裂けても言えない、不敬極まる発言が唇から零れ落ちる。

 不思議そうに顔を覗き込むヤスミンに、「独り言だから気にしないで」とフリーデリーケは軽く微笑んでみせた。



(了)


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