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Sullen Girl (22)の裏エピソード

六章未読の場合、盛大なネタバレあり。

第六章「Sullen Girl」最終話にて、ウォルフィとシュネーヴィトヘンが諍い起こしていた理由です。

本当は本編に差し込むつもりでしたが、「明らかに蛇足、流れに関係ない」とボツにしたエピソードです。


「……いい加減、下ろしてくれないかしら??」

「駄目だ」


 一体、これで何度目の問答となるだろう。

 防御結界の中で戦局を見守りながら、シュネーヴィトヘンはウォルフィを睨み上げた。

 表情がはっきりと確認できるくらいには互いの顔が近くにある、にも関わらず。

 長く白い前髪に隠れた顔からは何の感情も読み取れない。


「貴方の大事な、大事な主が闘っているのに傍観決め込むつもり??薄情な従僕ね」

「あいつが俺に命じたのは、援護じゃなくてお前を結界の中へ連れて行くことだ」

「だからと言っていつまで抱きかかえているつもりよ。自分の足で立てるくらいには体力も回復してきたわ」

「お前はいつ撃たれてもおかしくない状況に置かれている。元帥が結界外に飛び出してしまわれた以上、隙を見てお前に銃口向けてくる者が出てくるかもしれない」

「…………」


 結界に入るなり、リヒャルトの側近達から受けた視線、銃を手に握ろうとする音――、今すぐに射殺され兼ねない程の殺気を一斉に浴びせられたのを思い出す。

『ロッテ殿がシュライバー元少尉に()()されている以上、手出しは一切するな』

 殺気立つ側近達をリヒャルトが制したとはいえ、彼が場を離れ、ウォルフィまで結界から出て行ったとしたら。

 守る者が誰も傍にいない状況。

 反逆行為の数々を犯してきた自分を、果たして本当に彼らは手出しをしないでいられるか。

 元帥の命令を無視してまで行動に出る確率は極めて低いだろうが、油断はし兼ねない。

 ウォルフィの懸念を受け、シュネーヴィトヘンは不承不承ながら大人しく口を噤むことにした。


 その間にも、アストリッドとリヒャルトはイザークと互いに追いつめ合っていた。

 死体同然のイザークの四肢が四本の不気味な黒い触手と化した時、ウォルフィは反射的に外へ出よう、として、足を一歩進め――、が、すぐに思い直して、前に出した足を元の位置に戻す。


「別に、主の元へ行きたければ行けばいいじゃない」

「…………」


 言い返すものかと思いきや、僅かに眉間に皺を寄せただけで無言を貫かれ、シュネーヴィトヘンは思わず鼻白んだ。

 言い知れぬ激しい苛立ちが胸中で渦巻き始める。

 苛立ちを誤魔化すように、徐に顔を背けたところ、結界内の前方にて両腕を突き出し、防御結界を張るヤスミンの姿が目に留まった。

 ヤスミンの拡げた白く小さな両掌は薄緑色の光が溢れ出している。

 結界から生じる風圧が濡れた薄茶色の髪を揺らし、水分を含んだ服が背中に張り付いていた。

 ゴシック風の黒い服のお蔭で、下着や身体の線が透けていないことにホッとする。

 まだ(見た目は)少女とはいえ、母としては娘のあられもない姿を見せたくはない。


(……今更、母親ぶるなんて、ね……)


 嘆息混じりの苦笑とはいえ、非常時に笑うなど不謹慎だとは思う。

 それでも、己の愚かさには笑うしかない。

 ウォルフィに見咎められないよう俯いて小さく苦笑していると、突如、側近達のどよめきとヤスミンの驚きによる叫びが聞こえてきた。


「何が起こったのよ??」


 顔を上げたシュネーヴィトヘンは、息を詰めて結界外の一点を見つめるウォルフィに尋ねた。


「……アストリッドが、暗黒の魔法使いを宝石化させたんだ……」

「……つまり、あの男を討ち取った、ということ??」

「恐らくは……」


 ウォルフィが向ける視線の先に、同じく視線を移動させる。

 結界越しに見えるアストリッドの掌で、黒い塊が転がされている。

 まさか、あれが、あの白塗り男だとでも言うのか。


「ねぇ、やっぱり下ろしてくれない??」

 俄かに信じられなくて、シュネーヴィトヘンはアストリッド達の元まで行って確かめようと、再びウォルフィを睨み上げた。

「駄目だ」

 案の定、ウォルフィはすげなく首を横に振る。

「アストリッド様の手の中のあの男を、ちょっと見てみたいだけよ。貴方だって、いい加減主の傍に駆け付けたいでしょう??別に、抱きかかえられてなくても、貴方の傍から離れなければ撃たれることはないと思うの。貴方も私と一緒に行けば、何の問題もない筈……」

「駄目だ」


 言葉を遮ってまで、それでいて『駄目だ』の一点張りのウォルフィに、今度こそシュネーヴィトヘンはこれみよがしに大きく溜め息をついてみせた。


「ねぇ、貴方さっきから、駄目だ、駄目だばかりで、理由を話していないんだけど」

「理由なら、お前を()()する……」

「本当にそれだけが理由かしらね」


 意地悪くせせら笑うと、ウォルフィは不機嫌そうに右眼をそばだてて黙り込んだ。

 正確に言えば、何か言いあぐねていて、唇を軽く開け閉めさせている。


「…………自分の姿を、よく確認してみればいい…………」


 ようやく告げられた言葉に従い――、従った途端、ウォルフィが自分を抱き上げたままでいた理由を嫌と言う程思い知った。


 ヤスミンと同じく、シュネーヴィトヘンの長い黒髪は雨で濡れそぼっている。

 当然、髪が濡れているなら服も濡れている。

 ヤスミンとは違い、シュネーヴィトヘンが着ているのはガーゼ素材の白いドレスである。


 水分をたっぷりと吸収した白い布地から下着が諸に透けていた。

 透けているのは下着のみならず、豊かな胸の膨らみやなだらかな腰や太股の曲線までもがくっきりと映し出されている。


「…………!!…………」


 羞恥の余りに声が上手く喉から発せられない。

 餌を求める魚のように、虚しく唇のみがぱくぱくと無駄に動くだけ。

 紅潮した肌の色まで濡れた布越しに映り込み、更に羞恥心を掻き立てる。


「……そういうことだ。お前の事だから、恥を晒すのは許し難……」

「信じられない!!どこ見てるのよ!!」

 シュネーヴィトヘンは胸の前を両腕で隠し、脚を固く閉じては身を捩る。


「おい、暴れるな。別に好き好んで見た訳じゃない」

「そういう問題じゃないわ!汚らわしい!!」


 結界の向こうではアストリッドとリヒャルトが深刻そうに話し合っている、というのに。

 シュネーヴィトヘンとウォルフィは、犬も食わない痴話げんかを繰り広げていたのだった。

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