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スプーン1杯分の幸せ(中編)

(1)

 

 パイプオルガンでの荘厳な結婚行進曲に合わせるかのように、祭壇に並ぶ長い蝋燭数本の炎が細く揺れている。

 聖壇後方の、聖母子像が模られたステンドグラスが外光を七色に淡く染め、聖壇や十字架、牧師の白い髪、新郎新婦の意匠、明度の違うそれぞれの金髪をも七色に淡く染めた。

 牧師に従って結婚の宣誓を粛々と行い、肩を並べる新婦と向かい合う。

 深緑色のヴァージンロードを間に、左右に並んだ長椅子に座る人々――、双方の親族や軍上層部の面々、開放された入り口の扉付近に集まる各報道陣から向けられた視線が一層強くなる。


 魔女が聖堂内に入るのは原則禁忌ゆえ、アストリッド始め魔女達の姿はない。

 自身とフリーデリーケも魔力を持つ者だが――、彼らに限っては教会側から『例外』と認められた、らしい。

 国を統べる者の婚姻の儀を行わない訳にはいかないのだろうが――、釈然としないでもない。

 物心つくかつかないかの幼少時から現在進行形で、リヒャルトにとってアストリッドは厚恩ある立場だから。

 当のアストリッドといえば、『こればっかりはしょうがいないですからねぇ。まぁ、あとで記憶を水晶玉に映し出して、お式の様子を再現させてもらえればおっけーです』と、へらへら笑っていたが。


 礼装用の黒い軍服、軍帽を着用した新郎のリヒャルトに対し、新婦のフリーデリーケが纏うドレスもマリアベールも純白。

 目線の高さが普段と余り変わらず近いのは、下ろし髪なだけでなく靴のヒールが低いせいだろう。

 リヒャルトの身長は一八〇㎝を優に越えているが、フリーデリーケも一七〇㎝後半と長身なので二人の身長差は左程ない。

 別に気にも留めたことなどないけれど――、今日に限っては、少なくともフリーデリーケの方が気にしたのかもしれない。


 掲げられた台座から、輝きを放つ銀色の指輪を手に取る。

 何の飾り気もないシンプルな結婚指輪――、に見えるが、指輪の裏側には互いの血で作った魔血石――、リヒャルトのものにはフリーデリーケのが、フリーデリーケのものにはリヒャルトのが――、嵌めこまれていた。


 宣誓の言葉に従い、差し出された左手を取る。

 指輪を嵌めている最中、ほんの僅かながら指に力が入っていた。

 リヒャルトの指輪を嵌める時も少し、動きがぎこちなかった。

 ベールを上げて口づける時も、肩や唇が強張っていた。

 彼女にしては非常に珍しいことに――、緊張しているらしい。


 午前中、戸籍役場で行った親族のみの結婚式(と入籍)でも緊張する様子は微塵もなかったのに。

 祭壇を背に、入り口の扉に向かって共にヴァージンロードを進む。

 入り口に近づくにつれ、報道陣がカメラを切る音と光を受けながら、式直前の出来事が脳裏にちらり、浮かび上がった。






(2)


「閣下。浮足立つお気持ちは十分理解しますが……、落ち着いて下さい」


 新婦控室の扉前を行ったり来たり、そうかと思えば、扉をノックしかけるも思い直しを何度も繰り返すリヒャルトを見兼ね、とうとうウォルフィが注進を促す。

 口調は丁寧だけれど、声音や軍帽の下の表情からは呆れが滲み出ていた。

 ウォルフィやリヒャルトと同じく礼装用の軍服を着用し、廊下の壁際に立つアストリッドの頬が不自然に膨らんでいる。

 唇がぷるぷる震えているのは笑いを必死に噛み殺しているからだ。

 そんな主を横目で睨みながら、ウォルフィは更に注進を続ける。


「今この場にいるのは我々だけ。しかしながら、そのように落ち着きのない行動をお取りするのは……、閣下の威厳が少なからず損なわれる……かと、思います」

「……うむ、シュライバー中尉の言う通りだ。私も頭では良くないことだと分かっている。分かっているのだが……」

「なんでしたら、自分が様子見に行きましょうかー??」

「それはご遠慮願いたい」

「あんたは黙ってろ」

 リヒャルトとウォルフィ双方からぴしゃりと叱責され、アストリッドはチェッと小さく舌を鳴らす。

「遊びじゃないんだ、いつものようにふざけるんじゃない」

「はいはーい」


 反省の色が全く見えないアストリッドの態度に、ウォルフィの更なる小言が繰り出されようかとした、その時。

 控室の扉が静かに開いた。

 入室許可が下りるとすぐに室内に飛び込む。

 リヒャルトが入室する気配に、正面に置かれた全身鏡を前に座っていたフリーデリーケが振り返りざま、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


 床まで届くマリアベール、手首まで隠す長い袖、首回りが詰まった高い襟、宝飾品は小ぶりな銀の王冠以外なし――、と、品位や格調重視とはいえ、随分と控えめな意匠に見える。

 だが、総レースであしらわれた上半身から腰までぴったりと沿い、魚の尾ひれのように腰から裾拡がりになった意匠は曲線美をさりげなく強調させているし、スカートに散りばめられた硝子ビーズが名も無き小さな星々のように、品良くほのかに輝いている。

 そして、この日の為に伸ばしたダークブロンドのゆるやかな巻毛が何にも勝る装飾品だ。


「一生着ることはないと思っていましたし、まさか、この年になってと思うのですが……」


 しばらく言葉を失っていたが、気恥ずかしさのせいか、自嘲するフリーデリーケによって我に返った。

 貴公子然とした容貌とは裏腹に、気の利いた台詞や賛美がパッと浮かんでこない己が恨めしく情けない。

 後ろに控えるアストリッドの『はよなんか言えや』(意訳)という、無言の圧力が背中に痛い程突き刺さってくる。


「……いや、黙っていたのは……。その、つい、見惚れてしまっていたからなんだ……」

 やっとのことで押し出すように口にした言葉の貧相さよ。

 アストリッドが呆れ、徐に落胆したのが背中越しに伝わってくる。

「勿体なき言葉、ありがとうございます」

 しかし、フリーデリーケの引き結ばれていた唇が弧を描き、固かった表情が和らいだ。

 嘘偽りなき想いが伝わったのは確かだし、彼女の不安が一応は取り除けただけでも上々としようか。

 フリーデリーケの笑顔に釣られるのと照れ臭さも相まって、リヒャルトもまた柔らかな笑みを浮かべた。


「あのぅ、お取込み中、大変申し訳ないのですがー」


 それまで黙って後ろに控え続けていたアストリッドが、そろそろと二人の傍へと近付き、リヒャルトと同じようにフリーデリーケの前に立った。

 何事かと尋ねるよりも早く、「フリーデリーケ夫人、ちょっと、ちょっとだけ失礼しますねー??」と申し訳なさそうにアストリッドが告げる。

 直後、床まで流れるドレスの長い裾が、強風で煽られたかのようにぶわっと捲れ上がった。

 ほんの一瞬で元には戻ったものの、リングガーターが見えるか見えないかの位置までスカートが捲れ上がったせいで、フリーデリーケ本人やリヒャルトのみならず控室全体の空気が一気に凍り付く。

 アストリッドは凍り付いた空気などお構いなしに、いつの間にか手にした暗器を器用にくるくると回して弄んでいた。


「もう、花嫁がこんな物騒なモノ、ドレスの下に隠し持ってちゃダメじゃないですかー」

「お言葉ですが、万が一の事態を想定して閣下をお護りすべきかと」

「あのですねぇ!いい加減、護られる立場だと自覚してくださいねぇ?!」


 スカートを捲られたことより隠していた暗器を取り上げられたことの方が、持ち主である花嫁は不服らしい。

 アストリッドの唐突かつ突飛な行動もさることながら、フリーデリーケに対してもツッコミが追いつかず、先程とは別の意味でリヒャルトは閉口し頭を抱えざるを得なかった。


ちなみに、ウォルフィは控室に入らなかった(入れなかった)ので、アストリッドは拳骨食らわずに済みました。

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