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スプーン1杯分の幸せ(前編)

リヒャルトとフリーデリーケの結婚式のお話です。

 眼前に拡がる惨状を見て、リヒャルトは笑うしかなかった。


 私邸の門扉前の地面には陶器の皿、カップ、壺等の破片がそこら中に沢山散らばっている。

 しかも、フリーデリーケと二人掛かりになり箒やモップで一箇所に破片を掃き集めても、一向に片付いていかない。

 片付けている端からすぐに陶器でできた何かが門扉にぶつけられては盛大に音を立てて割れ、新たな破片ゴミが増えていくのだから。

 かれこれ二時間以上掃除し続けることに嫌気がさしだし、傍らのフリーデリーケをちらと見やる。

 リヒャルトと同じく箒を手に、破片を塵取りに掃き集めるフリーデリーケもまた、困ったように小さく肩を竦めた。


 結婚式前夜、花嫁の自宅前(二人の場合、すでにリヒャルトの私邸で生活を共にしているが)に親族、友人知人が集まり、玄関の扉に陶器の食器をぶつけ、破片を花婿と花嫁の二人で拾い集める。

 リントヴルムでは古来より伝わる、結婚前夜に行う魔除けと祝福の風習だ。

 アストリッド邸での求婚後、すぐに二人は婚約を発表したものの、イザーク討伐等の事後処理、フリーデリーケ退役に伴う諸々の引継ぎ等々に追われ、明日の結婚式を迎えるまでに一年半近くが過ぎてしまっていた。


「今までは皿を割る側でしたから……。いざ片付ける側となるとなかなか大変ですね」

「あぁ、まったくだよ。結婚前夜の祝い事とはいえ……」


 言葉の続きを遮るかのように、ガッシャーン!と一際大きな音で勢いよく皿が割れる音が耳に飛び込んでくる。

 大きな音は悪魔を祓うと言われるが――、明らかにわざと派手に音を立てて割っているのでは。

 リヒャルトの予想通り、大量の大皿を手に、イザークばりの高笑いを上げたアストリッドが次から次へと地面に投げ落としていた。


「あひゃひゃひゃひゃ!!割れろ割れろー!!」


 カッパーブラウンの髪を振り乱し、鳶色の瞳は血走っている。

 笑い方のみならず、高揚しまくった表情がまた、イザークに気持ち悪い程酷似している。

 喜々として皿を割り続けるアストリッドの異様なテンションの高さに、他の者はついて行けず距離を離し、すっかり遠巻きにされていた。

 かくいうリヒャルトもまた、頬や口元を引き攣らせている。

 悪魔を祓う筈が逆に呼び込みやしないだろうか。


 そもそも、この儀式(?)が開始されてから二時間以上、他の者はもう手持ちの皿を粗方割ってしまっている。

 大方、魔法を使って皿を無限に出現させているのだろうが……、夜の帳はとっくに降りて宵の口に差し掛かった。

 明日は午前に戸籍役場にて一回目の挙式、午後からは元帥府の敷地内に建つ教会(元が王城だった名残)の大聖堂にて二回目の挙式を行うので、前夜祭はそろそろお開きにしたいところだ。

 破片も一つ残らず掃除してしまいたいし。


「閣下。お気持ちは理解できますしお疲れでしょうが……、手は休めず動かし続けましょうか」

「あぁ、そうだな」


 柄を握ったまま手を止めていたのに気付き、慌てて掃き掃除を再開させる。

 疲れているのは自分だけじゃない、フリーデリーケも同じなのに。

 フリーデリーケは疲れた素振りは全く見せず、きびきびと手際よく破片を掃き集めている。

 やはり彼女には敵わない――、塵取りで掃き取った破片と一緒に、自らの不甲斐なさをあらかじめ用意したゴミ袋の中へと放り込む――、放り込めていればいいけれど。

 灰色の雲間から差し込む月灯りが、粉々に割れた陶器の白を一層輝かせた。

 陶器の破片は幸運をもたらすと言われている。

 放り込んだ不甲斐なさが幸運に影響され、強さに変わってくれればいい。

 国や人々を護るだけでなく、愛する者を護り抜く強さに。

 きっと彼女のことだ、大人しく護られる側に回ってくれはしないかもしれないが。



 ドガシャーン!

 グガシャーン!

 ガガッシャ―ン!


「……アストリッド様は、まだ割っているのか……」

「……みたいですね」

 さすがのフリーデリーケも手を止め、リヒャルトを振り返った。

「同行するシュライバー中尉か、父上にそれとなく頼んで止めてもらおうか。でなければ、朝まで皿を割り続けそうな気がしてならない……」

「そうですね……」


 二人は顔を見合わせて頷き合った。

 どうやら気になっていたのは彼女も同じだったらしい。

 しかし、二人が動き出すよりも早く、アストリッドの高笑いと皿投げは「うぎゃん!」という悲鳴と共に唐突に止んだ。


 何が起きたかなんて想像に容易い。

 頭頂部を抑えてしゃがみ込むアストリッドと、右眼に侮蔑の色を湛えたウォルフィがアストリッドを冷たく睨み下ろしている。

 どつかれた反動なのか何なのかは分からないが、手に抱えていた皿は全て消失していた。


「あんた、調子に乗り過ぎだ」

「うぅ……、何も、拳骨落とさなくたっていいじゃないですかっ」

「黙れ、この馬鹿。少しは空気を読め」

 恨みがましい目つきでウォルフィを見上げ、言い返そうとするアストリッドだったが、「まったく……、お前はいつまでたっても幼稚というか……」と、車椅子の車輪を転がしながら、呆れ果てた顔をしたゴードンがアストリッドとウォルフィに近づいていく。

 更には、「皆さん、すみません!アストリッド様ってば、やりたい放題で……」と、ヤスミンが周囲の人々に謝罪し始める始末。


「私達が出向く必要はありませんでしたね」

「シュライバー中尉やヤスミン殿はともかく、父上まで出て来られるとは」

「それだけ気を遣われているのでしょうか」


 フリーデリーケがクスクスと笑った瞬間、二人の背後でカメラの光とシャッターを切る音が連続した。

 前夜祭の取材で各新聞社の記者達も傍で待機しているのだ。

 前夜祭でもこの騒ぎなのだから、結婚式本番の明日は――


「疲れていないか??」

「いいえ、ちっとも」


 そう言って、まだ笑っているフリーデリーケはいつになく楽しそうだった。

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