命名
リヒャルトとフリーデリーケが緑竜の名付けを行うだけのSSです。
躰に負った傷が癒え、フリーデリーケとリヒャルトに手懐けられたお蔭か。
すっかり大人しくなった緑竜は二人の傍に寄り添っている。
緊迫した事態に変わりはないが、国の守護神たる聖獣の加護を受けているような気に――、少しだけ、ほんの少しだけ錯覚を覚えてしまう。
「この緑竜に名を与えねばならないな。少佐、君が名付けてくれないか」
「私が、ですか」
緑竜の顎を撫でてやりつつ振り返れば、フリーデリーケは眉を潜め、神妙な面持ちを浮かべていた。
「荒ぶる緑竜を鎮めたのは私ではなく君だ、だから」
「承服致し兼ねます。閣下が名付けられるべきかと」
「私は君に名付けてもらいたいと思っている」
「閣下」
フリーデリーケの切れ上がった目尻が跳ね上がる。
だが、群青の瞳に宿しているのは戸惑いや困惑――、僅かばかりの動揺だった。
予想はしていたが――、きっと、これ以上押したところで無駄押しにしかならないだろう。
「私と二人で名付ける、という形であっても駄目か」
「閣下と、私、と……、ですか」
「例えば、私と君がそれぞれ考えた名前を繋げてみる、とか」
すかさず反論しようとして――、フリーデリーケは口を噤んだ。
室内に数十秒程の沈黙が降りる。
退屈そうにフシュッと鼻息を飛ばす緑竜を横目に、リヒャルトは彼女の言葉を待ち続ける。
「閣下は……、どのような名前をお考えでしょうか」
固辞の言葉かと半ば覚悟していたところ、意外な反応が返ってきた。
「シグムント。シグムントはどうだろう」
「この国の剣聖の名ですね」
「君は何か思いついたか」
「一つ、考えたのは……、ゲオルグ、でしょうか。かつて、内乱多きこの国を統一させた王の名……」
「『シグムント・ゲオルグ』」
フリーデリーケが皆まで言い終わらぬ内に、リヒャルトは緑竜に呼びかける。
緑竜はピクリ、と一瞬動きを止めた後、ブルッと軽く頭を振った。
つぶらな紅眼を二、三度瞬かせ、縦に伸びた瞳孔がきらりと光った、気がした。
都合よく解釈していいものかは分からないが、少なくとも拒否している訳ではなさそうだ。
「たった今から君の名は、シグムント・ゲオルグだ。いいかね、シグムント・ゲオルグ」
まるで返事をするかのように、緑竜――、シグムント・ゲオルグは、小さく頭を垂れたのだった。




