相談2
「じゃあ、アキラが恋人のところへ戻れば解決じゃない」
と美里が言った。
アキラは唇を尖らせて、
「可愛い弟を生け贄に差し出して自分の安全を確保かよ」
と言った。
美里はしばらくアキラを見ていたが、
「どうしてエイミを殺せないの?」
と聞いた。
「以前にそんな風に言ってたわよね。殺したくても殺せないって、それはどういう意味なの? エイミの事を愛してるから殺せないって意味じゃないわよね? あの執事のおじいさんがとっても強くて歯がたたないの? 夜のベッドも執事が見張ってるわけじゃないんでしょ?」
「エイミはアレなんだよ」
とアキラは面倒くさそうに言った。
「何?」
「……美里がやればいいだろ」
そう言ってアキラは立ち上がり、店を出て行った。
「何? あれ」
美里は首をかしげて藤堂を見た。
「さあ」
と藤堂も首を振った。
「アキラがエイミを愛してるとは思わないわ。でもどうして殺せないのかしら?」
美里はそう言ってからふふと笑った。
「弱みでも握られてるのかも」
と藤堂が言ってから首を振った。
「それはないか」
「そうね、弱みを握られてるのだったらエイミの元へ戻るでしょうし」
コホンと咳払いがして、笹本が二人の会話に割り込んできた。
「ともかく早急にこの問題は解決した方がいいと思うね。藤堂君の店の名を晒されるのも時間の問題かもな」
突然の展開に笹本は困惑しているようだった。
笹本は店名を晒されてしまった。
それが真実であろうがなかろうが世間も噂はあっという間に世界を駆け巡る。
インターネットで瞬時に世界中のニュースがいとも簡単に手に入る時代だ。
店の名前が出た瞬間に所在地は割り出される。すぐに店や従業員の写真が出回る。
それが本当の事でもデマでも世間はどうでもいいのだ。
ただ面白可笑しい衝撃的なニュースであればいい。
笹本の店を贔屓にしている客は離れていくだろう。
特に人肉を愛好する方の客は世間の目を恐れる。
「とにかく私はこれを悪質なデマとして法的に追求する姿勢を貫く。エイミの方はそちらへ任せるよ、いいね、早急に対処してくれ」
「分かりました。笹本さん」
と藤堂が言い、美里も曖昧に頷いた。
すっかり気分を害してしまった笹本はゴムエプロンを外した。
「せっかくのお楽しみをこんな気持ちのまま続行するのはつまらん」
「ですがシェフ、このままでは死んでしまいます。せっかくの新鮮な食材が」
と言ったのは笹本の秘書のような役目をしている男だ。
細身で小柄だ。美少年という形容が似つかわしく、色白で目元のぱっちりとした綺麗な男だった。アイドルのように綺麗な小顔で金髪、爽やかに微笑むその姿はきっと店の女性客を増やしただろう。
笹本が最近雇い入れた男だが、機転が効いてよく働く。店のコンセプトをよく理解し、笹本の思うように動くので気にいられている。思いがけないアイデアを笹本へ進言する時もある。雇われて間もないが、笹本はすっかりその男を頼りにしていた。
「山田君、まあそうだがね。今はとうてい料理する気分じゃない」
「では冷凍しておきましょうか」
「ああ、頼むよ」
美少年の山田は、てきぱきと近くの従業員に指示を出す。
美里はそれを眺めていたが、
「あたしたちも帰りましょうか」
と言って立ち上がった。
「ああ」
と藤堂も席を立つ。
笹本に挨拶をして解体場になってる倉庫から二人が出ると、
「藤堂さん」
と山田が追いかけてきた。
「早急に解決をお願いしますよ。あなた方のいざこざをこの店へ持ち込むのは困ります」
「それは、まあ、分かってるよ。何とかする」
藤堂は頭をかいた。
「美里さんもうっかりどこででも狩りをするのは控えたほうがいいですよ。誰が見てるか分からないこんな時代ですからね。用心に用心を重ねてハンティングライフを楽しみましょうよ」
山田はそう言ってから美里に向かってにこっと笑った。
「面倒くさいわ」
と美里が言った。
帰りの車の中だ。
助手席に座っているが、ドアに肘をついて頬杖をつくような格好で外を眺めたままぽつりと言った。
何が、とは藤堂は聞かなかった。
本能のままに狩りをする美里の行動を制限しなければならない事態が起こっている。
そしてそれは美里がもっとも嫌うだろう行為だ。
趣味を制限されるのだ。こんな理不尽な事はない。
笹本の店と契約をしているわけでもなく、お抱えのハンターでもない。
死体を売買するだけという関係だ。
それも笹本が欲しがるから売ってやるだけ、美里にしてはそのくらいの気持ちである。
笹本もそれは分かっているだろう。
だが笹本の部下にしてみれば守るべきは笹本と店であり、ハンターの不手際で自分たちの身が危険にさらされるのは避けたい。
「面倒くさいわ」
ともう一度、美里が言った。
「どうにもならなかったら、店をたたんでもいいよ」
と藤堂が優しい声で言った。
「え?」
と美里が振り返る。
「俺は君の行動を制限する気はないよ。でもこの街でずっと暮らすなら制限されていくかもしれない。笹本さん自身はそうでもないけど、従業達は店を守る為にそう動くだろう。この街が君を縛るなら君はどこかよそへ行ってしまった方が楽だろう。それなら俺も一緒にこの街を離れるから一人で姿を消したりしないでくれ」
「あなたのチョコレートにはファンがいっぱいいるんだから店をたたむなんて駄目よ。雑誌にだって紹介されたりしてるのに」
美里は唇を突き出して不服そうに言った。
「この街でなけりゃ作れないなんて事はないさ。どこへ行っても作れる。この腕さえあればな。でもチョコレートを作る以外の時間は君を抱いていたいんだ」
と言って藤堂は笑った。
「あなた、きっとチョコレートで出来ているのね。すごく甘いわ」
と言って美里も嬉しそうに笑った。