だるま女5
「黒羽さん、どこへ行ったの?」
「はあ? てめえ、手足もない上に言葉遣いもなってねえな!」
マミーさんにぎゅうっと口の周りをつかまれた。
「い、いたたた! ご、ごめんなさい」
マミーさんが手を離して、
「罰の中でも最悪だ」
と言った。
「?」
「アキラさんつってさー、エイミ様の彼氏がいたんだけどさー、アキラさんのお姉さんのせいで別れちゃってー、そのお姉さんを殺してやりたいんだけどさーお姉さんがまた強いハンターでさ-、殺すつもりで開いたパーティも返り討ちみたいになってさー、黒ちゃんじゃかなわないだろうなーって話」
何言ってんだかよく分からないけど、うんうんとうなずいてみる。
「分かったような顔してんじゃねえよ、新入りが」
とマミーさんに睨まれてあたしは動きをとめた。
「ご、めんなさい、で、でも、強そうなのに」
黒羽さんは体も大きいし、顔も怖そうな感じだった。
「黒ちゃんはさー、エイミ様のボディガードだからさ、男相手なら喧嘩も出来るけどさー、女はねー、ぜんっぜん駄目だから。生きてる女が駄目だし。しゃべるのも触るのも駄目。生きてる女で話しが出来るのはエイミ様だけかなー、エイミ様に助けてもらわなきゃ刑務所にぶち込まれて一生出られない体だし、エイミ様に逆らうとさ、愛しのぽんちゃんを取り上げられるからー、絶対服従なわけ」
きゃははははとマミーさんは笑った。
「ぽんちゃん?」
「エイミ様の最高傑作、黒ちゃんの望みを全部叶えてくれた、ぽんちゃんだけが黒ちゃんの永遠の恋人」
「そ、そう、ですか」
やっぱり何を言ってるのかよく分からない。
エイミさんが何か作る人なんだろう、というのは何となく分かったけど。
「さあ、着替えるぞ」
マミーさんがクローゼットを開けるとずらっとドレスが並んでいた。
「うわぁ」
綺麗と思った。
「エイミ様はふりふりがお好きだからな、これなんかいいんじゃねえ。お前、どんなのが好きなんだ?」
マミーさんがアイドル歌手のようなスカートの広がったワンピースを出してきた。
「は、はい」
好きも嫌いもない。
裸で放っておかれないだけでありがたく思えって、いつもおかみさんに言われてた。
「顔はまあまあ可愛いから何を着てもいけそうだけどな-、何でまたそんな体になっちまったんだよ。全部無くすまでどうにもなんなかったのか?」
「え、うん……頼まれて……」
「はあ? 馬鹿じゃねえの? どうせ男の借金のカタにだろ? まあ、よくある話だけどな。顔が可愛くても頭がぱあなら世話ねえな」
マミーさんは本当に馬鹿にしたように言った。
でもしょうがない。本当の事だから。
「まあ、いいんじゃねえ。エイミ様に拾われてラッキーだったな。エイミ様に嫌われないようにしてりゃ、ここでぬくぬくと暮らせるからよ。まあ、たまに機嫌を損ねて作品になっちまうやつもいるけどな。ぽんちゃんみたいにな」
ひゃっひゃっひゃ、とマミーさんは笑った。
「マミーさんは、どうして体中に包帯巻いてるの?」
ぎゅっと髪の毛を掴まれて、バチッと音がした。
髪の毛が引っ張られて痛かったし、顔もひりひりとした。
「人の事は放っておけよ。クソだるま!」
目の前のマミーさんの顔は包帯の隙間から目が見えるだけで、どんな顔をしてるかは分からない。でも言葉がずいぶんと怒っているようだった。
「ご、ごめんなさい……」
髪の毛をまたぎゅうっと引っ張られて、
「だるまならだるまらしく黙って座ってろ! ここで長生きしたかったらな」
と耳元で囁かれた。
「まあ、とっても可愛いわ」
とエイミさん……エイミ様が言った。
テーブルの向かいで笑うエイミ様は本当に綺麗でお姫様みたいだった。
「ありがとう……ございます」
マミーさんにドレスを着せてもらい、車椅子に乗せられてとても豪華な食堂へ来た。
車椅子に乗せてもらったのはとっても嬉しかった。
だって世界が違って見えた。
天井を見上げるか、誰かに抱えられて運ばれるかしかなかったから。
腕も足も少しだけは残ってるから、背もたれがあるともたれて座ってられる。
でももし前に倒れかかったら、顔から落ちるしかないなと思って、それは怖いから背中がこわばるくらいに後ろへもたれた。
「シートベルトがいるわね。バランスを崩したら危ないわ。ヒョウ柄のベルトなんかどうかしら」
とエイミ様が言った。
「は、はい、ありがとうございます」
エイミ様は優しいなぁ。
こんなに綺麗で優しい人がいるんだ。
車椅子も座る部分はふわふわした毛皮の敷物でとても柔らかかったし、鳥の羽のような飾りがいっぱいついてて可愛かった。
マミーさんが無言で口に食べる物を運んでくれるので、それを食べた。
おかみさんの所で出される食事とは全然違う。
レストランで食べるみたいなおいしい物ばかりだった。
「ねえ、美貴ちゃん、あなたがどうしてそんな体になったのかはだいたい聞いたわ。ひどい目に遭ったわね」
「あ、はい。あたしが……馬鹿だから」
「そうね、それは否定しないわ。男なんかの為によくそんな事が出来るわねえ。ある意味感心しちゃう」
あたしに体を切断して金を作れと言った男の顔はもう思い出せない。
綺麗な顔だったような気がする。
でももう思い出せない。
「あなたご家族は? いないの?」
とエイミ様に聞かれてあたしは家族を思い出そうとしたけど、頭の中がぼんやりしてそれもよく思い出せなかった。
「え、と、家出して彼氏のとこにいて、それで……彼氏とこっちへ出てきて、それから、あれ、何だっけ? 分かりません」
「そう、まあ、その体じゃもうご両親には会わない方がいいかもしれないわね。日本でもね、年間十万人も行方不明者がいるんですって。あなたみたいなお馬鹿さんがたくさんいるのね。本当、人間って馬鹿よねえ」
エイミ様はうふふと笑った。
「え。あ、はい……」
上を見ればきりがない。
あたしなんか……おかみさんやジョニーでも、手足があってもあたしと同じとこにいると思ってた。あたしを買いに来るお客さんだって、どうせ同じ。
説教するやつもいるけど結局、あたしに乗っかってフウフウ言ってるじゃん。
毎日ばかだ、ばかだ、と言われても、誰に頭がぱあだって言われても平気だったのに、エイミ様みたいな綺麗な人に言われたらなんだか悲しくなってしまった。