だるま女4
「これはまた妙な物を拾っておいでに、お嬢様」
と執事のような格好をしたおじいさんが言った。
「可愛いでしょう? うふふ」
とエイミさんがあたしを見てから笑った。
「この子に部屋をあげてちょうだい」
「かしこまりました」
おじいさんの割には早い動きでおじいさんは頭を下げて、そして後ろへ下がった。
「黒羽、ついておいで」
とおじいさんが言うと、黒羽さんはかすかにうなずいてそのままおじいさんの後から歩き出した。
エイミさんはふふっと笑ってどこかへ行ってしまった。
黒羽と呼ばれた男の人は全身に汗をかいていた。
あたしの体を抱き上げてる腕がこわばってる。
布越しだけど汗が冷たくてそして肌もざわざわとなっている。
だけどジョニーの細い腕とは違って、太くて弾力があって安心できる腕だった。
大きなお屋敷だった。
ぐるぐるした階段を上がって長い廊下を歩いてる間中あたしは高い天井を見てた。
「ここが今日からあなたの部屋になります。必要な物は黒羽に言いつけてくださればご用意いたします」
と執事さんが言った。
目の前には天蓋付きの大きなベッドがあった。
ふわふわしたピンクの薄いカーテンが掛かっている。
黒羽さんがあたしをベッドの上に投げ出したのでびっくりして、
「きゃっ」
と言った。
「黒羽! お嬢様の芸術品を乱暴に扱うのは許さないぞ!」
と執事さんが厳しく言い、
黒羽さんは無表情でベッドの側に立っていたけど、執事さんに怒られて頭を下げた。
「これからお前がこの方の世話をしなさい」
執事さんの言葉に黒羽さんはぎょっとしたような顔をした。
「文句があるならここから出て行くことだ」
執事さんはそう言ってから部屋を出て行った。
あたしは投げ出されたベッドの上でじっとしてた。
自分では転がることも出来ないんだからしょうがない。
首を動かして部屋の中を見ると、大きなドレッサーやソファが見えた。
もちろんベッドもふかふかで大きくて、こんな高級そうなベッドに横になるのは生まれて初めてだった。
「あの」
とあたしは言った。
黒羽さんはあたしを見下ろした。
背が高く大きな体で、顔はごつごつしてて怒ってるような表情だ。
「あの、トイレに行きたい……」
と言った時にはもう遅かった。
声を出した瞬間にすでにおしっこを漏らしてしまった。
ここへくるまでずっと我慢してたんだけど、誰に言ったらいいのか分からなくて。
出だした物は止まらなくて、ふかふかの布団に染みこんで広がって自分の背中まで生暖かくなるのを感じた。
「ごめんなさい」
「ちっ」
と黒羽さんは舌打ちをした。
「生きてる女は、汚い」
そう言いながら黒羽さんは部屋を出て行った。
誰かを呼びに行ったのかと思った。
でも黒羽さんはすぐに戻ってきて、乱暴にあたしの体からガウンと下着をはぎ取った。
持ってきたバケツの中にそれを投げ入れ、あたしの体を転がしてシーツもめくりあげた。
よく見ると手には薄いゴム手袋をしている。
それからあたしの体を持ち上げて、部屋の奥にあるドアへ向かった。
そのドアの向こうはバスルームで、黒羽さんはあたしの体を浴槽の中に置いた。
シャワーの湯が上から落ちてくる。
あたしは寝転がったままの姿勢で落ちてくる雨粒のようなシャワーの湯を見てた。
浴槽に栓はしなかったから湯がたまることはなくて、ただあたしの体の上を流れて落ちていく。
黒羽さんがあたしを浴槽から出してくれるまであたしはそのまま待っているしかなくて、ジョニーだったら桃の香りのボディシャンプーで洗ってくれるのになぁとか考えていた。
「あらあら、黒羽ったら女の子をこんなところに一人にして!」
とエイミさんの声がした。
エイミさんは浴室のドアの向こうからこちらを覗いていた。
慌てたふうに黒羽さんがやってきて、あたしの体を抱き上げた。
ふかふかのバスタオルで体を包んでくれて、ソファに座らせてくれた。
メイドさんのような格好の女の子がベッドのシーツを取り替えてた。
メイド服を着てるけど肌が一つも出ていない。足も腕も包帯を巻いているし、指先さえ白い手袋で覆われている。顔も包帯でぐるぐる巻きで目の部分だけが開いていた。
髪の毛はショートボブで、骨の形のクリップで前髪を留めていた。
エイミさんはあたしの前のソファに座ってうふふと笑った。
「ごめんなさい……」
嫌われたらまたあのおかみさんのところへ戻されるかもしれない。
「いいのよ、あなたには細かいところまで目が届くお世話役が必要よね。本当に黒羽は駄目な子なんだから」
黒羽さんはエイミさんのすぐ横に立っていたけど、悲しそうな顔をした。
「黒羽には罰が必要ね。そうねえ、アキラを連れ戻しておいで。それまで帰ってこなくていいわ」
エイミさんの声はとても優しくて甘かったけど、黒羽さんはひどく驚いたような顔になった。
「そ、それは……」
「出来ないの? あたしの言うことが聞けないの?」
「いえ」
「お行き」
黒羽さんは肩を落としてから、部屋を出て行った。
「あの、ごめんなさい、あたしが……」
「いいのよ。黒羽は本当に駄目な子だから。でももう二度と戻ってこないかもしれないわね。お姉様にお楽しみをあげてしまっただけかもね」
エイミさんはくすくすと笑った。
何を言ってるのか分からないけど、あたしがおしっこもらした事を怒ってないようなんでちょっとほっとした。
「マミー、あなたがしばらく美貴ちゃんのお世話をしてあげてね」
とエイミさんが言うと包帯だらけのメイドさんは無言でただうなずいた。
「お洋服を着せてあげて、それからお食事にしましょう」
エイミさんはそういうと甘い甘い香りを残して部屋を出て行った。
「ちっ」
と舌打ちをする音がした。
見ると包帯だらけのメイドさんが目の前に立っていた。
「面倒くせえなーもー」
腰に手をあててその目はあたしを睨んでいるようだった。
「あんま、世話焼かせんなよな。後、エイミ様のお気に入りっつったっていい気になんなよ? 最初のうちは誰だって一番なんだからな。お前みたいに殺りやすいやつただでさえ狙われるんだからな?」
あたしがうんうんとうなずくと、マミーさんは「けっ」と言った。
それから、
「黒ちゃんももう戻ってこないだろーな-」
と言った。