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だるま女3

「ねえ、あなた、うちにくれば楽しいわよ。あたしのお友達もたくさんいるし、きっと気に入ると思うわ。おいしい物も食事も甘いスイーツもいくらでも。男の相手なんかしなくてもいいわ。綺麗な物に囲まれて毎日楽しく暮らしましょう。ねえ、いいでしょう?」

 あたしはこくこくとうなずいた。

 ここから出られるなんて、夢みたい。

「じゃ、決まりね。この子もらってくわよ」

 エイミさんは立ち上がってからおかみさんにそう言った。

「それはもちろん、その子がそんなにお気に召されたならお連れください……その、まあ、ねえ、うちとしては」

 おかみさんはにやにや上目遣いにエイミさんを見た。

「そうね、ただとは言わないわ」

「こんな場所で立ち話もなんですし、お茶でも召し上がってくださいな。どうぞこちらへ」

 とおかみさんが先に立って入り口の方へ歩き出した。

 エイミさんがあたしの方へ振り返って、

「じゃあ、また後でね」

 と言った。

 もしかしてお茶を飲んでる間にエイミさんの気が変わって全部なかったことになったらどうしよう、と思った。

「ジョニー! 美貴を部屋に連れて行ってやりな!」

 おかみさんがドアから外へ向かって叫ぶとジョニーが慌てて部屋に飛び込んできた。

「美貴はエイミさんのとこのへ行くことになったよ。部屋で身支度をしてやりな」

 とおかみさんが言うと、

「え、え、え」

 ジョニーはあたしとおかみさんに顔を見比べて困ったような顔をした。

「早くおし!」

「は、はい」

 ジョニーがあたしを抱き上げてる間にエイミさんとおかみさんは折檻部屋を出て行った。

 そこにいた女達もみながぶつくさ言いながら出て行ったり、あたしの方へ寄ってきてうらやましそうな声で、

「いいわね、だるま女って目立つからさ、目をつけられやすくて。でもあんたなんか飽きて捨てられたら野良犬より惨めに餓死するしかないわよ。ここで男の相手さえしてたら世話役もいて楽なのに」

 と声をかけてきた。

「え、うん。でも」

「断れないでしょ。あのジャババがあれだけぺこぺこしてるんだから、よっぽどの相手でしょうよ」

 と別の声もした。

「あんまり信用しない方がいいとおもうけどな。あんた、だまされやすそうだもん。その体だって男にだまされてそんなになったんでしょ」

「う、うん」

「馬鹿はいーよね、だるまになってものんきでいられるんだから」

 くすくすと皆が笑う。

「お前ら、早く部屋へ戻れ!」

 と男が怒鳴ったので、みんな舌打ちしたりしながらぞろぞろと折檻部屋を出て行った。

 


「美貴ちゃん、本当にここから出て行くの?」

 部屋に戻るとジョニーはあたしをベッドの上に置きながらそう言った。

「うん、だって、おかみさんがそう言ったし、でもね、もう客を取らなくてもいいって」

「本当に?」

「わかんないよ、そんなこと。客を取るならここでいても同じだから、どこかよそへ行くのもいいかも。死ぬまでここでって思ってたからぁ、外に出られるのは嬉しいかも」

「そうだね、じゃあ、荷造りとかしなくちゃいけないかな」

「あたしの物なんて何もないよ」


 誰かに何かしてもらうまで何も出来ない。

 毎日、ただぼーっと天井を見ているだけだ。

 気がついたら夜が来て、気がついたら誰かがあたしの上に乗ってる毎日だ。

 生ではしないのが基本だけど、何回も妊娠した。

 普段は商品だからってたたかれたりはしないんだけど、その時は顔や体中を殴られてその場で赤ちゃん死んじゃった。子供なんて産んでも育てられっこないけど、赤ちゃんできない体になった時におかみさんは大喜びだった。

 その晩はジョニーが側にいてくれて、一晩中背中をさすってくれた。


「俺も一緒に連れってってもらえないかなぁ」

 とジョニーが言った。

「え?」

「美貴ちゃんの世話をするから」

「それは分かんない。あの人に聞いてみれば……」

 ジョニーが一緒に来てもあたしはかまわないけど、それでエイミさんがあたしを連れてくのを面倒くさく思ったら嫌だな、と思った。

 ただとは言わないと言ってたから、エイミさんはおかみさんにお金を払うんだろう。

 おかみさんは欲張りだからきっとジョニーの分だって要求すると思う。

 そんなにお金払ってもらえるのかなぁ。

 ジョニーの分まで払うならいらないって言うかなぁ。



 おかみさんの子分の男がやってきて、大きな声で怒鳴った。

「早くしろ!」

 ジョニーは慌ててあたしを抱き上げて、部屋を出た。

 あたしはここじゃ部屋と中庭くらいしか知らなかった。ジョニーに運ばれながら今まで見たことのなかった場所を通り過ぎて玄関から出た。

 すごい立派な黒い大きな車が止まっていて、その周りにも黒いスーツを着た男がたくさんいた。おかみさんの子分の男達とは全然違う。

 なんかぴしっとしてて靴もぴかぴかでスーツも皺一つない。

 何て言うんだろう、上品? いつもにやにやして酒臭いか怒鳴るかのここの男とは違う。

 車の中からエイミさんが顔を出して、

「こっちよ」

 と言った。

 ジョニーがあたしを抱えたまま車に近づき、おろおろとした感じで周りを見た。

 近くにいた男がジョニーからあたしを受け取ろうとして、ちょっと嫌そうに顔を背けた。

 その時あたしは下着にガウンを羽織っていたのだけど、それはあたしの持ってる中で上等な品だったし、ジョニーが顔も綺麗にお化粧してくれたのに。

「ごめんなさいね。黒羽は生きてる子が駄目だから」 

 とエイミさんが言って笑った。

「え?」

 あたしを受け取った男は口をへの字にしてからあたしを抱きあげて車に乗り込んだ。

 ジョニーは何か言いたそうな顔をしてた。でもたくさんの人の前ではちゃんとしゃべるのが苦手だから黙ったままあたしを見送った。

「ジョニー、さよなら」

 とあたしは精一杯大きな声をだして、車の外へ向かって言った

 あたしを膝の上で抱いている男の体がびくっとなって、太ももの筋肉が固くなった。

「美貴ちゃ……」

 と言う寂しそうなジョニーの声は途中でドアを閉める音に消された。


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