だるま女2
目が覚めたのは焦げ臭くて息苦しかったから。
「ん……」
いやな臭いが鼻の奥まで入ってくる。
それは何かが燃えて焦げたような臭いだったけど、でもそんな臭いは生まれて初めてで、吐き気がこみ上げてくるような臭いだった。
目を開けたらいつものように仰向けだった。でもベッドの上じゃなく、固いコンクリートの上だった。
この部屋は知ってる。
折檻部屋だから。
あたしもここへ来た時に丸一日転がされて、入れ替わり立ち替わり男に犯された。
逆らうとここで惨めに餓死するだけだぞって言われた。
殺されはしないし、壊されもしない。
ただ恐ろしく惨めで怖い部屋だ。
その部屋に女がいっぱいいた。立ってるのも座ってるのも。隅の方で吐いてるのも。
部屋の真ん中に真っ黒い何かがうごめいていた。
顔も手も足も体も焼けただれて真っ赤で真っ黒。
「ひいいいいいい」っていうような声がする。
手をのばしているのは助けを求めているのもしれないけど、誰も側に寄ろうともしない。 ただ嫌な顔をしてみているだけ。
ぶすぶすという音が聞こえる。その黒い人体からはまだ煙が出ている。
そしてびしょ濡れ。
「全く、迷惑だよね!」
と声がした。
年配の女がいらいらとした風にヒールのかかとを打ち付けている。
「昼飯を食う気がなくなっちまったよ!」
「馬鹿だよね。中途半端なことしてさ」
「早く楽にしてやればいのに」
「あたしたちに見せしめのためにあのままだってさ」
なんの為の見せしめなんだかは分からないけど、焼身自殺は苦しいだけなんだってことは分かった。死んでしまうまえに助けられても、傷の手当をしてくれるでもないみたい。
そしてこの嫌な臭いは肉の焼ける臭いだってことを知った。
黒い人体はもぞもぞと蠢いて、大きな虫かテレビの中の怪獣みたいに見えた。
皮膚はすぐに焼けてしまうのかな、体中に赤黒い肉が見えてる。
髪の毛はなくて、頭の皮膚も焼けただれている。
殴られたのか後頭部はへこんでつぶれいて、そこからどろっとしたものが流れ出てきてへばりついていた。
「アウアウア」
と声がした。
「お前らよーく見ておけ。死のう、逃げようなんて思うやつはこうだ!」
と言って男が蠢いている黒い物体を木刀で思い切り殴った。
「ぎゃぎゃぎゃ」
と言ってそれが体を丸めるような動きをした。
あんなになっても本能で体を守ろうとするんだ。
あたしはそれをぼーっと見ていた。
男は何度も何度も木刀でそれを殴った。
痛いだろうなぁ。
でも誰も助けないし、かわいそうなんて思わない。
早く終わらないかな、柔らかいベッドの上に戻りたい。
「おやめ」
と声がしておかみさんが入ってきた。
おかみさんはアザラシみたいな人だ。
それ以外に言いようがない。ジョニーなんかは陰で「ジャババア」って言ってる。
SF映画に出てくる悪い宇宙人がそんな名前なんだって。
「社長」
と木刀を使っていた男が手を止めておかみさんを見た。
「お客さんだからね。無粋なとこを見せるんじゃない」
おかみさんの後ろから小さい可愛い女の子が折檻部屋に入ってきた。
彼女が入ってきただけで、嫌な肉の焼ける臭いが一瞬にして消えたような気がした。
花のいい匂いがふわっと広がる。
金髪がきれいなウエーブだ。
顔は小さくて目も鼻もくりんとしてて可愛い。
カラコンなのかなぁ、目がブルーできれい。
手も足もすらっとして、モデルさんみたいにきれい。
洋服だって、ああ、あたしもあんな可愛いの着てみたいな。
「まあ、独創的ね!」
と彼女は言った。目線は焼けただれた人体を見下ろしている。
人体はもうぴくりとも動かない。
きっと木刀の打撃に耐えきれず死んでしまったんだろうな。
あたしはちょっとだけほっとした。
「でも、駄目ね、いらないわ。あたしが欲しいのは死体じゃないの。そんなつまらないのいらないわ」
きっぱりとそう言ったので、おかみさんは愛想笑いのような顔をした。
「さっきまで生きてたんですがねえ」
と言って木刀を持った男をぎろっと睨んだ。
「面白いものが見られるっていうから飛んできたのに、焼けてすんでしまった後の物体なんか興味ないわ。そうだ……生きながら焼かれてる時の映像があるなら欲しいわ」
甘くて冷たいアイスなら欲しいわ、とでも言うように甘い声で彼女はそう言った
「さすがにそれは……」
「手際が悪いわねぇ」
「申し訳ありません」
おかみさんが小さくなって謝ってるのが何だかいい気味だった。
あのおかみさんにあんなに偉そうに言えるなんて誰なんだろう。
すごいな。
とってもきれいだし。
と思っていたら、その彼女が「あら?」と言ってあたしの方へ歩いてきた。
カツカツカツとミュールの音さえもきれいな響きだった。
「この子は?」
と彼女が真上に来てあたしを見下ろした。
「その子は美貴って言う名のだるま女ですよ」
「へえ、なかなか可愛いじゃない。お肌も綺麗だし。よくお手入れされてるのね」
彼女はあたしの側にしゃがみ込んで、あたしのほっぺや首筋を触った。
「可愛い子は好きよ。ねえ、あなたうちにこない? どうしてそんな体になったのかゆっくり聞きたいわ。それにあなた、とっても飾り甲斐がありそう。創作意欲がわいてくるわぁ。ね、決まり、いいでしょ?」
何言ってんだろう、この人。
「待ってくださいよ。美貴はまだ稼げるんですよ。お得意様もいることですし……」
彼女は立ち上がって、
「はあ?」
と言って、とびきりの笑顔でおかみさんに、
「今、何て言ったの? あなた、あたしに意見するの? そのでっかい体、48分割にしてあげましょうか?」
と言った。
「い、いえ、あの」
おかみさんはたじろいだ様子でうつむいた。
よほどにこの人が怖いらしい。
「あたしとそのお得意様と、どっちを失いたくないかよーく考えることね?」
彼女はとってもきれいな瞳をきらきらとさせながらそうおかみさんに言った。
「す、すみません、エイミさんのおっしゃる通りに」
とおかみさんが言うと、エイミさんと言われた彼女はにっこりと笑った。
その笑顔もとてもきれい。