第72章
お久し振りです。
どれ位久しいかというと、1話から読み直さないと、整合性のある話は続けられないだろうなぁ、という位。
済みません。。。
因みに、どちらの話の続きを書くか迷ったのですが、こちらにしてしまいました。
うーん、選択には根拠は余りなくて、もう一つの話も書きたいのですが。
取り敢えず、不定期になりますが、また、お付き合い下さいませ。
72.
この季節、リングハート港の沖合を流れる海流は遥か南方の島々を経て揺蕩う暖流で、冷え切った外気温よりも幾分暖かく、内陸の厳しい冷え込みを僅かながらも緩めてくれる。
くすんだ色合いの街並みを包み込む様に降る雨は土埃の舞う入り組んだ路地裏をも濡らし、染み込んだ血糊の色さえも流し去ろうとしていた。
見つかったのはシャーロットが愛用していた円形刃が一振と切り捨てられた右腕だけで、その消息は依然不明のままだった。ただ、路地裏に残された大量の血痕は、シャーロットがもはや無事ではいられないであろう事を、見る者全てに想起させるに十分過ぎるものではあった。
そして三日がたち、近衛騎士団の副団長の地位にあったシャーロットの失跡を受け、騎士団は速やかに後任を選出すると共にその欠落を埋めてしまった。実戦経験には乏しいこの世界の軍隊ではあったが、それでも組織を維持する為の規律は十二分に機能しているのかもしれない。
「随分と、呆気ないものなのですね・・・」
意図せずして発した呟きが、静まりかえった部屋に響いた。
アイリーン様の私設秘書を拝してこのリングハートに同行した身だが、もし自分が死んでも、淡々と物事は進んで行くのだろうか?
おそらく、その答えはイエスだろう。
ステラは肩に掛かった銀白色の髪を一つ揺らして、そんな事を考えていた。
それはそれで、仕方のない事だ。
後半の想いまでもが口から出ずにすんだのは、寧ろ行幸だったかもしれない。
火の気のない部屋は少し薄ら寒くはあったが、誰も暖炉に火をくべる者がいない。何か、今は誰もが気力を失ったまま、淡々と物事をこなしている。たとえば、騎士団でシャーロットの後任人事が決まった事を伝える本国からの伝令が、報告を終えて帰るその背中を、誰もが無表情に見送っている。
でも。
私は一度、死んだ身だ。
伯爵家の嘘を見破られて死を選ぼうとした時、何故かアルティフィナに止められてしまった。
ふと、急に唇が火照った気がして指で自分の唇をなぞってみると、気恥ずかしくなったステラは、もぞもぞと席をたった。
暖炉に火を起こすのは自分の役目だ、さっさと厨房に口火を貰いに行ってこよう。
「ちょっと、裏庭で体を動かしてくるんで、何かあったら呼んでくれ、な?」
まるで扉から出て行った騎士団の使者を追う様にして、グレンは席を立った。勿論、その使者に何か用がある訳でもない。ただ、のんびりと待つ事が息苦しくなっただけだ。
『明日でも出来る事は、今日はやらない』というのは、グレンにとっては師であり時として(あるいは、たまには)恋人でもあるアルティフィナから受け継いだ座右の銘だった。因みにアルティフィナ自身は、それは今は遠い記憶の彼方となってしまった前世から持ち込んだもので、おそらくは先天的な、いい加減な性格に起因しているのだろう。
だが、時として、自らの不文律を破る事が求められる時もある。
まずは、裏庭で最近はサボっていた、剣の素振りからだ。
俺ではどれだけ頑張ったところで、アルティフィナを超える事は望むべくもない。それは分かっている。だが、アルティフィナが望むか望まないかに関わらず、多少なりともアルティフィナの役にたてるか如何かは、やはり努力次第だと思う。
当たり前の事だ、今更だが。
「・・・シャーロットさんは、今、何処にいるのでしょう?」
頭の中を巡る疑問が、口から毀れた。
ジェニフィーは机の上に広げていた商会の決算書から視線を上げ、誰にとはなしに問う。丁度、グレンが何か慌てた様に階段を下りていくところで、まるで床を踏み抜くかの様な足音が彼女を思考のループから引き戻したのだった。どうせ決算書の内容は、ここ一時間程はまったく頭に入ってなどいない。
つられて上げた視線の先には、半ば魂が抜け落ちた様に表情を失ったアイリーンの姿が見える。
シャーロットさんが襲われたという現場は、私も見に行った。複数の者たちが争ったらしい跡が地面にも、周囲を囲む古びた家々の板張りの壁にも残っていた。そして何より雨でも洗い流せない、あるいは水溜りを血の色に染める、残された大量の血痕。
でも、本人の遺体が残されていない以上、それが全て本人の流した血液だとは断定は出来ないのではないだろうか? 寧ろ、これ見よがしに残された右腕には、違和感を感じる。
シャーロットさんが生きているにしろ殺されたにしろ、今、何処にいるかを調べる必要がある。
もう一度、現場を調べてみよう。
ジェニフィーは無言で席を立つと、考え込んだまま、部屋を後にした。
「私が、・・・私がシャーロットさんを、このリングハートに連れてきたのです。それが、いけなかったのでしょうか?」
もう、限界だった。
自分が父王から任されたデヴラ商会は、前任者の男爵を失い既に屋台骨が大きく傾いていた。急速に悪化していく業績を回復するべく、アイリーンは信頼出来る者だけを連れて、このリングハートの商館に乗り込んだ。けして協力的とは言えない現地のスタッフを説き伏せ、ルトビア第四皇女の地位を目いっぱい使ってリングハートの有力者たちを懐柔し、如何にか商会は往年の売り上げを回復しつつある。
それなのに。
そんな矢先、最も信頼する部下を、否、友を失った痛手はアイリーンの心をギリギリと締め付け、皇女として装った気丈な決意を内側から削りつくしている。
泣くことは出来ない。
自分は王族だから。
王族は、好きな時に泣ける自由は、元より所有していない。
だが。
苦しい。
まるで、真綿で首を締められている様。
アイリーンが無意識の内に自分のドレスの首元に手を掛け、その襟を引き裂こうと力を込めた、その瞬間。
何時の間にかアイリーンの背後に立ったアルティフィナが、アイリーンの手首に手を添えた。
その手のひんやりとした感触に驚いたアイリーンが、脇に回ったアルティフィナを見上げると、アルティフィナはそのまま、アイリーンの小さな頭を自分の黒衣の胸元に抱きしめた。
「良いんですよ? 涙は、流しても・・・」
アイリーンを抱きしめ包み込む感触は、とても柔らかく、そして氷の様に冷たかった。
アイリーンは止めどなく頬を伝う涙が凍りつき、砕け、霧散するのでは。
そんな気がした。
「でも、何時迄も泣いていては、シャーロットさんが帰ってきた時、笑顔で迎えてあげられないでしょう?」
サキュバスは嘘つきだ。
それが、仕事だから。
身の程知らずの夢を見せる事も、根拠のない希望を語る事も、必要なお仕事。
「今夜は、今夜だけは、その小さな身体が溶けてしまう位、泣かせてあげましょう・・・。その代わり、明日からは、泣くのは『禁止』です。良いですね?」
自分を優しく抱きしめる嘘つきなサキュバスにしがみついて、アイリーンは夢の中へと堕ちていった。
希望という名の、ひと時の、夢の中へ。
お久し振りです。
どれ位久しいかというと、1話から読み直さないと、整合性のある話は続けられないだろうなぁ、という位。
済みません。。。
因みに、どちらの話の続きを書くか迷ったのですが、こちらにしてしまいました。
うーん、選択には根拠は余りなくて、もう一つの話も書きたいのですが。
取り敢えず、不定期になりますが、また、お付き合い下さいませ。




