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第63章

63.

副魔術師、という地位は、ほぼ全員が魔力を持つ魔族にあっては、けして高い地位とは言い難い。それでも、その男の名はそれなりに知れ渡っていた。

勿論、魔族の中だけでは、だったが。

因みに魔族の情報は、ほぼ々々魔族の中でだけで閉じている。寧ろ魔族の為す魔法研究の成果の一部が人間に流れた事は、かなり特異な事例と言えるだろう。魔族のセキュリティ概念自体はかなり甘い、というより隠す為に何かをするという考えは無いに等しかったのだが。

その男は、その禿頭の天辺から指先までも青黒い肌を持ち、6本腕用に作られた軽量な専用の革鎧を纏い、腰には腕の数と同じ6本の短剣を下げている。血糊がこびり付き手入れされた形跡もない、粗雑な造りの剣はどれ一つ同じ物もなく種類もバラバラで、出会った敵の持ち物だった物を奪ってきた結果だった。中には短剣ではなく、刃先の折られた長剣まで混じっていた。

激しい物欲を持つ魔族も多いが、この男にとって剣は道具に過ぎず、自分の所有欲を満たす物でもあり得なかった。だが、男にとって単なる道具としての剣は、6本の腕で繰り出され縦横無尽に敵を包み込む様に切り裂き、対峙する者の肉を削ぎ落とす。

魔法偏重の魔族にあって、その残忍な剣捌きだけで地位以上の畏れを与えてきた男、『魔王の右腕』ベーレンゼイルとは、そういう男だった。


「なんだ小娘、貴様は人族ではないな? ならば、そこをどけ。ワシが用があるのは、そこの積荷の中身だけだ。邪魔だてするな」

剥ぎ取った倉庫の裏口の木戸の枠を狭そうにくぐり抜け、何の躊躇いもなく男はそう、アルティフィナに呼び掛ける。同じ魔族であっても気に入らない相手なら遠慮なく殺す事が普通の魔族社会にあって、男の申し出は寧ろ紳士的でさえある。

ただ、残念なことに、そうするつもりなら、そもそも自分はこの薄暗い倉庫に隠れ潜んでいたりしない、アルティフィナはそんなことを考えていた。

それなら先に『手紙』を奪い、逃げれば良い。

でも。

馬鹿げた事よね、わざわざ、こんな危険な奴と剣を交えたいなんて・・・。


「あなたの事は、知っているわ。とても良く、知っている・・・。あなたもわたしも、魔族の中じゃ『魔法も使えない、出来損ない』よ。だから、あなたもわたしも、魔法じゃない、別の道を選んだ。あなたの申し出は有難いけど、魔王の不始末を拭い去る為に『魔王の右腕』が来る、そう考えただけで、わたしのこの冷めた心が踊ったわ。だって、同じ道を選んだ者同士、あなたには、分かるでしょう?」

今日のアルティフィナは、やけに饒舌だ。

異形の魔族に歩み寄るアルティフィナの背を見詰めながら、グレンはそんなことを考えていた。

口調の割には、その鈴の鳴る様な声はいつもにも増して、哀しみに満ちている。

良くない傾向だ。

だが、自分には今更、止める事も出来ない、それが口惜しい。

自分にあの6本腕野郎と戦って、勝てる力があれば。

アルティフィナは、一度だけグレンを振り返ると、小さく頷いた。

ならば、不本意だろうと自分は、ただ一人の師にして恋人の姿を、見届けなければいけない。

グレンが頷き返すと、アルティフィナが漆黒の瞳を深紅に染めたのが見えた。


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