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第6章

6.

聖ルトビア王国の首都、国名と同じルトビアの名を持つ街の一角、ほぼその大通りの最南端と言っても良い場所に『アルティフィナ珈琲店』はある。

ルトビアの街は北端に王家の居城があり、そこから市街の中心を南北に大通りが貫いている。大通りの長さは数キロに及び、それが円形を成すこの街の直径と言っても良いだろう。王城も街自体も、ほぼ真円を形どり、二重の、円形の城壁に取り囲まれていた。ただ、王城の城壁が描く円の中心は、大きく街の北側に偏っている。

南北に貫く大通りの両側には石造りの商店が軒を連ね、概ね王城に近い北側が行政施設や貴族の館、南側が一般市民の居住地となっている。この説明からも推測出来る様に王城に近ければ近い程に地価も高く、社会的な地位の高い者が住んでいるとも言える。だが、南端が貧民街かと言うとそうでもなく、街を取り囲む城壁の正門は唯一南門だけであり、(猛暑だったりしなければ、だが)日頃は、街の南端は活気に満ちた一角だった。


「依頼を受けて頂いて、本当に、ありがとうございます! 私、先に寮に戻って、今日からアルティフィナさんが来て下さる事を伝えてきますね! えっと、今は大学も夏休みなので、寮に残っている者はそんなに多くはないんですけど、今夜は皆でアルティフィナさんの歓迎会をさせて頂きますので、夕食までに寮の方に来て頂けますか? あ、それと関係ないんですけど、このお店の看板、少し小さくて判り辛いですよね? お店の名前だけで、喫茶店だって事も書いてないし。 済みません私ったら、何か余計な事、言っちゃって。 下手にお店が流行ってしまったら、アルティフィナさんを独り占め出来ないですよね? あぁ、引き受けて、貰えて本当に良かったです。じゃあ、お待ちしてますね!」

ぶんぶん、とわたしの手を握り締めて握手を交わすと、返事をする間もなく白いワンピースの裾が翻った。店の樫の扉に付けられたベルをカラン、と鳴らし、ジェニフィー嬢が帰っていった。

残留する『誘惑』の効果と、『依頼を受けては貰えないかも』という不安が解消した事による一時的な相乗効果で、やたらハイになっていた訳だけど。それにしても、最初のお淑やかな印象は、何処へ行ってしまったのかしら?

ジェニフィー嬢の来訪は、何か漸く嵐が過ぎ去ったかの様な、そんな印象だった。

夏だしね、台風よね。


「アルティ、本当に行くのか?」

何か思いつめた表情のグレンが、そう、わたしに訊いてきた。今夜は、わたしに一滴残らず吸い尽くされる事を期待していたのに、これでは期待外れ、・・・な訳ではなく。如何やら、本当に心配してくれているらしい。

わたしはちょっと背伸びをすると(グレンは無駄に背が伸びたので、迷惑でしかない)、未だ乳離れの出来ないグレンの頭を撫ぜる。

ふっふっ、何か可愛い。

「だから、そういうのは止めてくれって・・・」

真っ赤になったグレンが、さっ、と一瞬身を引くと、そのまま今度は、わたしに突進してきて、ぎゅっ、と抱き締められてしまった。

ちょっと、呼吸が出来ないんですけど。

これはグレンの、半ば照れ隠しという事らしい。

相変わらず、ガキなんだから。


「朝、帰ってくるわ。どれ位で解決出来るか分からないけれど、暫くはグレンと会えるのは日中だけね。毎晩わたしがいないからって、朝まで自分の手でしたりしてないで、さっさと寝なさいよね。ちゃんと、わたしが搾るまで、ダメだからね?」

グレンの胸に顔を押し付けられているので、もごもご、といった感じだが一応注意を促しておく。 ・・・いらぬお世話か?


「ああ、出来るだけ早く解決してきてくれよ。そうだ、寮の夕食っていうのは、日没くらいだって言ってたか? もう、余り時間がないな、荷造りを手伝うよ」

おおっ、ここでグレンも、さらっ、と受け流せる様になったのは偉い。

少し前なら、真っ赤になって『そんな事しないよ!』とか、否定したところだろうに。

大分、鍛えられたのかもしれないわね、・・・わたしから。

まぁ、わたしも女の子相手では(否、別にまだ相手をすると決まった訳では、ないのだけれど)如何やっても精の補給にはならない訳で、ちゃんと食事を食べる必要がある。

さっさと荷造りをして、件の女子寮へと向かう事にしよう。


「まず、枕は必需品よね。後は・・・、それぐらい、かしら?」

魔族の端くれであるサキュバスは、その能力特性もあってか、本来は睡眠を必要としていない。わたしの場合、人の街に隠れ住んでいるからか、グレンの生活時間帯に合せているからか、それとも元人間の記憶が為せる業なのか、普通に夜は眠くなる。眠くはなるが、枕が変わると眠れなかったりする。だから、お泊りに枕は必需品。


「いや、いや、いや。そうじゃなくて、寝間着とか、着替えとか、タオルとかだなぁ、あぁ、俺が見繕ってきてやるから、このまま下で待っててくれ」

何か、呆れられてしまった。

別に、良いじゃない。寝間着とか、着ないし。

グレンは早々にわたしをその無駄にデカい腕の中から解放すると、店の二階、つまりわたしたちの住んでいる方に続く階段を、どたどた、と駆け上がっていった。

暇になったので、わたしはもう一杯、売り物の珈琲を入れ事にする。

やがて狭い店に、芳醇な香りが満ちる。

さて、お仕事(半ば趣味)がわたしを待っている。

折角だがら、極力お会いしたくはないメガネっ子地縛霊さんとの遭遇も含め、楽しまないとね。


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