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第5章

5.

ルトビアに建つ大学の種類は幾つかあるが、寮がある、というよりは全寮制を敷くのは王立ルトビア魔法学大学校の一つだけだ。大学の校長に当たる名誉総長をこの国の皇太子が務めるのが設立以来の慣わしで、王家の子弟もすべてこの大学への進学が決まっていると言っても良い。ルトビアでは名門中の名門だが、王家以外では貴族の子弟の数はそれ程多くはない。入学の可否が魔法を行使する素養があるかどうかなので、遺伝的に代々生まれながらにして魔法使いである王族以外では、貴族の権力や財力だけでは、どうにもごまかし様がなかったからだ。

王家に仕える騎士団員の養成でさえ、大学という教育専門機関を持たないこの国の環境に於いて至って特殊な、つまり良く言えばエリート集団とも言えた。もっとも、その卒業後の進路は様々で、というよりそのまま大学に残って研究を続ける者以外は、すべてバラバラと言っても良かった。それは端的にいえばこの学校の生徒は、世の中の一般的な価値観、名誉や金銭的な充実だとかよりも、何かしら優先すべき事を持った所謂、変人が多い事を示していた。


「アルネ先輩、えっと、アルネリーゼ先輩は私と同じく大学で紋章学を学ぶ6年生で、大学の女子寮の寮長をなさっていました」

外の熱気を帯びた日差しは、厚みのある炭酸ガラスを通して店内のテーブルへと差し込むうちにその熱を失って、寧ろ冷たくくすんだ印象に沈んでいる。テーブルの中央に一つだけ置かれた小さな花瓶の花は、まるで海底に咲く珊瑚の様に、薄く青味のある弱々しい光で照らされていた。

魔法学でいうところの紋章学とは、魔法陣の研究と言っても良い。人間であれ、魔法に長けたエルフであれ、あるいは魔力そのものの化身とも言われる精霊でさえも、基本的にはごく簡単な三節からなる起動言語を使いこなせるだけだった。ところが魔族たちの魔法に対する探求は人間を遥かに凌いでおり、数十節からなる複雑な起動言語を使いこなすとも言われる。

これは、魔族の持つ高い魔力と、エルフや精霊にはない強い探究心の合わさった結果で、同じくそれなりに探究心のある人間では魔力という点に於いて不可能とされていることだった。一応、魔族の端くれであるわたしの知識では、魔法陣自体は様々な魔法を具現化出来る手段なのだが、特に人間にとっては魔力の不足を補う手段として発達していた。

その魔族に劣る魔力を補う為の増幅回路として、魔法陣を専門に研究しているのが紋章学だった。

「アルネリーゼ先輩は優しく、そして本を読む事がとても好きで、本を手にしていないのは授業中だけ、なんていう噂もあるくらいの人だったのですが、一週間程前から突然行方が分からなくなってしまったのです。それからです、寮のあちこちで、何か歌声の様なものが聞こえたり、誰もいないのに人の気配がしたり・・・」

つまり。

理由は分からないけど、死んだアルネリーゼ先輩が、化けて出た。

あれですね、地縛霊。

きっと、寮の何処かに見つかっていない死体があって、自分が責任のある寮長だった事もあり、寮の中を夜な々々彷徨い歩いているに違いない。

うわぁ、やっぱり、これ、断って良いかしら。

何か聞いてるだけで、寒気が・・・。

と、その時、何かが、テーブルの下のわたしの膝を・・・。


「ぎゃあーっ!!」

思わず飛び上がったわたしにつられ、ジェニフィーさんと悲鳴で唱和してしまった。な、何が!?


「あー、その、ゴメン。アルティがそんなに驚くとは・・・」

机越しに思わず抱き合って震えるわたしとジェニフィーさんに、ぼそりとグレンが呟いた。

気まずそうに、顔を赤らめ席につくジェニフィーさんに、こちらも謝りながらも、今夜はサキュバスの名誉に掛けてグレンを干物になるまで吸い尽くす事を固く心に誓う。ただでは、済まさないわよ。

で、でも。良いわぁ、現役女子大生。

まぁ、わたしも外見はJKで通りそうだが。

「でも、女子寮じゃあ、俺は入れないんじゃないか?」

それは、そうだ。

麗しき女の園にグレンを連れて行くのは、禁止だ。

て、言うか、どんなに現役女子大生の抱き心地が良かったとしても、地縛霊なんてサキュバスの管轄じゃないわよね。


「そうなんです、それでアルティフィナさんに、夜は寮に一緒に泊まり込んで欲しいんです。お願いします! もう、アルティフィナさんだけが頼りなんです」

再びジェニフィーさんが、わたしの両手を上から握り締めた。思わず顔がちょっと、にやけてしまう。

「あ、ありがとうございます!」

へっ!?

ちょ、ちょっと、元男の本能的に微笑んでみただけで、まだ行くといった訳じゃ・・・。そんなに期待に満ちた目で見られても、困るのだけど。

だって、地縛霊よ、地縛霊。そんなのダメに決まってるじゃない。

「えっと、これが、アルネリーゼ先輩です」

ジェニフィーさんが、ごそごそと傍に置いていた大きな布袋から、一枚の肖像画を取り出した。この世界では一般的な木の薄板を組んだキャンパスに描かれた、一人の少女の横顔。

・・・め、メガネっ子だ。

いたんだ、この世界に、メガネっ子。

こ、これは、仕方ないかしらね。だって、メガネっ子なのよ?

わたしが堕ちた事に気付いたグレンが、ダメだこりゃ、という感じで首を振っている。

わたしは今夜からの女子寮ライフを満喫すべく、ジェニフィーさんと、にこやかに打ち合わせを始めた。

さぁ、お仕事(半ば趣味)の時間よ!


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