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第46章

46.

自分の行動が世に如何見えるかなんて、本当は気にもしたくはない。

出来ればだけど私自身の存在さえ、誰にも気にも留めて欲しくもない。

ううん、ちょっとだけ気にしてほしい人はいるけど、それは例外だと思う。

人はこの国を、『自由』だという。

ここには帝国にも他の国々にもない、『自由』がある、って言う。

でも、それはきっと『自由な人もいる』っていう程度の事だと思う。

そうよ、私は自由が欲しい、あの人みたいに。

だから、私は私の結婚相手ぐらい、自分で決めたい。

それさえ叶わないと言うならば、こんな国は滅びてしまっても構わない。

あの人が『そんなのはダメ』って言うから、今は我慢しているけれど。

なんだかんだ言いながらも、あの人は私の花婿候補たちを色々と調べてくれている。

『変な相手だったら、困るでしょ』って。

それは、そうなんだけど。

・・・だったらいっその事、あの人が私を攫ってくれたら良いのにと、そう思う。


「それではやはりデヴラ男爵は、この国に争乱を招かんとしていた、という事なのでしょうか? だとしたら、その魔物を湖に沈める事が出来たのは、幸運でした。もし街中で、そんな魔物を解放されでもしていたら・・・」

話題がアイリーン嬢関連に及び、ちょっと饒舌モードが入ったシャーロット嬢が、そう言いながらも横に座るアイリーン嬢を、ちらりと盗み見た。実際は色々と想像を巡らし、思わずアイリーン嬢の事が心配になっただけ、だとは思うが。

何か先ほどからアイリーン嬢が、思い詰めた様な表情を浮かべているのは、事実ではある。やはり第四皇女、自らの実の父の建てた国を憂う気持ちは、殊の外強いに違いない。何もかも忘れ、のほほんと過ごすグレンとは違う。お守役のシャーロット嬢でなくとも、わたしも少し気になったりはする。

わたしたちは運河に水を供給する人工湖の中央で、デヴラ商会の荷船を沈めた。魔物はついに地上に解き放たれる事もなく、船諸共に湖中へと沈んだ。実際にはヤツは水に漬けた位で溺れ死ぬことはないが、かと言って指輪を持つ者が起こさぬ限りは、自らの意志で自らを解き放つ事は出来ない。湖上に怨さを含んだ雄叫びを遺し、ヤツは湖底へと沈んでいった。どの道、ちょっとやそっとでは、ヤツを殺す事など出来まい。どうせわたしと同じ、無限に近しい生を生きる魔物。ヤツに恨まれ様とも、他に方法など無かった、そうも思う。


「如何やら、そうらしいな。男爵は『街の貴族を喰い殺させる』って、そう言ってたぜ。結局は、そういう自分が、真っ先に喰われちまいやがったがな」

グレンには多少、その『言い方』を含め言い含めてある。

嘘は、言ってはいない、・・・少し、しか。

今はまだ、男爵の単独犯行という事にしておきたかった。別に待っていても良いことがある訳でもないが、街に混乱を招くだけでは真実はマイナスにしかならないだろう。

わたしの右手の薬指には、デヴラ男爵から奪った暗緑色にくすんだ指輪が嵌まっている。

今日明日などというつもりは、ないけれど。

わたしはいずれは、デヴラ男爵にこの指輪を与えた男に、会う必要がある。


「これでデヴラ男爵も、アイリーン様の花婿候補から脱落という事ですね。少なくとも男爵は、お金だけは有り余っていた訳ですが・・・」

最初の脱落者でもあるはずのステラさんが、そんな事を言う。

如何やら、いかに倹約粗食を励行するステラさんにも、成り上がりのデヴラ男爵には、多少は羨ましい物を感じていたのかもしれない。

今回ステラさんは大活躍で、まずは思惑通りに荷船の引き馬を混乱させてくれた。更にはびよーん、と草陰から出てきたツー・ヘッド・ティタノボアに驚き、早々に逃げ出した警護の騎兵や御者に代わって、湖まで荷船を曳くのにも見事に引き馬たちを操り導いてくれた。銀白色の髪に月光を浴び、優雅に跨る馬上で長い革の鞭を操る男装の麗人。

しかもその豊かな胸だけは、既に男装解除済み。

たまりません・・・。

実は今も視線が一か所に固定しない様にするだけで、かなりの意志力が必須だったりする。

結局、今回の件を受けて男爵家は取り潰され、デヴラ男爵の資産は王家が没収する形となった。資産の大半は流動資産や権益など商会そのものの価値だった訳だが、王城隣接のステラさん宅程ではないにしても、北の一等地にあった所有不動産等々その一部は現金化され、報奨金という形でステラさんや、わたしたちの懐を温める事ともなっている。

ちょっとだけ、デヴラ男爵には申し訳なかったな、とも思う。

ちょっとだけ、だけど。

希少種の豆の代金とか、払ってなかったし。

払うつもりも、無かったのだけど。


「アイリーンさん。まだまだ花婿候補はあと一人、残っています。ほら、『残り物には福がある』って言うじゃあないですか! それに、デヴラ商会そのものはアイリーンさんが引き継ぐ事になったのですから、アイリーンさんも、しっかりしなければダメです。でもこれで、もし三人目の候補が誠実だけど貧しい方だったとしても、アイリーンさんの経済基盤は確保された訳ですし、良かったじゃないですか!」

アルティフィナは両手で、テーブル越しにアイリーンの小さな手を握りしめた。

で、取り敢えずは、その悩む仕草が悩ましいアイリーン嬢を慰める必要がある。

ベッドで、・・・か、どうかは別としても。


「・・・はぁ。もぅ、私もこのまま行かず後家でも、良いのではないでしょうか? いっそ、本当にこのまま、アルティフィナさんのお店で働かせて貰っても?」

『ダメです!』

口では弱気な発言をしつつ、いつの間にかテーブルを回り込みアルティフィナの腕にしがみ付いて来たアイリーンに、周囲の者たちが一斉に非難の声をあげる。

ううん、何かアルティフィナさんが、必死だったりする。

何か心配してくれているのか、励まされているのか分からないけれど、確かにただ何処かの貴族に嫁ぐよりは良いのかもしれない。

そうか。

このまま男爵家から取り上げた商会を使って、今は亡き兄が求めたという『自由』を、私はお金で買う事が出来るかもしれない。

そしたら、アルティフィナさんたちを連れて、余所の大陸に逃げても良い。

「分かりましたわ! 頑張りましょう、皆さん。如何か、私に協力して下さいね?」

何か吹っ切れたらしいアイリーンの姿に、アルティフィナたちも思わず安堵の溜息を漏らす。

そもそも可愛いのは顔だけという事を、薄々は気が付きつつも誰も、本人さえも認めようとしない事が後々の悲劇を造り出すのだが・・・。それは今はまだ、後の話ではあった。


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