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第4章

4.

本来、曲がりなりにも魔族であるサキュバスの本業は人間を誑かす事だったりする訳ではあるが、少なくともこのルトビアの街でのわたしの本業は珈琲店の経営だ。それはそうだ、人間の男共の相手をするなんて、考えただけでも気が滅入ってくる。グレンだけで、お腹いっぱい。には、なってはいないけれど、それは普通に食事で補う事で勘弁してほしい。

そう、ありえないわ、女の子なら良いけど。

それはそれとして。

珈琲豆の育つ場所はこの聖ルトビア王国の狭い国内ではあるはずもなく、南方の魔族の地を迂回して、東回り若しくは西回りの海路と、その後は陸路でルトビアの街まで運ばれてくる。原材料を輸入に頼っているので、この街では珈琲は高級品と言っても良い。だから、そんな高級品を供する高級品専門店という訳で、わたしは高級専門品店の経営者という訳だ。

なのだが、そんな店であっても実は珈琲を頼む客は、訪れるお客の半分ぐらいだろう。残りのお客が頼むのは紅茶だった。元いた世界でも珈琲が好きだったわたしからすると、わたしの店では珈琲だけで良いよ!という気もするのだが。

なので、紅茶ばかり注文されると、わたしは不満だ。この不満の解消方法はグレンをいたぶるか、自分が珈琲を飲むかだな。平和的なわたしは、当然後者を選ぶことにした。


「アルティ、如何して売り物の珈琲を入れているんだ?」

当然、グレンの奴は分かっていて訊いている。グレンが『分かって訊いている』事を分かっているわたしは、謹んでグレンの問いを無視する。

狭い店内は、最初にオリーブ・オイルでにんにくを炒める食欲をさそう刺激的な香りが満ち、ついでダージリンの芳しい香りに取って代わられ、最後に珈琲の芳醇な香りが全てを駆逐している。

既にお客様のダージリン・ティーは出したので、この珈琲が入ったらグレンとお客様のテーブルにお邪魔するつもりだった。


「さぁ、行きましょう。お客様はグレンに会いに来たのだから、しっかりしなさいよね」

『はぁ』とグレンが溜息をつくが、これも無視して左手でグレンの背中を押して厨房の外に追い遣る。もう一方の右手には、お盆の上に珈琲カップが二つ。ブラックを嗜む黒々としたわたし用と、いまだ砂糖もミルクも必要なグレンには、どうせ入れるので最初から適量(つまり、適当)を投入済みの薄い焦げ茶色。


「お待たせ致しました、こちらが当店の店主のグレンです。ご挨拶が遅れましたが、わたくしは当店で給仕をしております、アルティフィナと申します。以後、お見知りおき頂けます様・・・」

ティーカップを手に、少し呆けた顔の金髪少女にご挨拶。『誘惑』は解いたが多少余韻が残っているのだろう、ぼぉっ、とわたしに視線を向けている。良くある事なのでお客様の返事は待たずに、ずかずかと向かいの席にグレンを押し込んで自分も席についたところで、お客様の再認識プロセスが完了した。


「あ、あの。私はジェニフィーと申します。突然、お店まで押し掛けてしまって済みませんでした。実は私、リンドおじ様から、グレンさんを頼る様に薦められてきました」

リンドおじ様というのは、街の外れで宝石商を営む資産家で、ある日飼い猫がいなくなってしまい、大騒ぎとなった。

・・・また、猫探しなのかしら?

そういうのも嫌いじゃないけど、余り、こう、何ていうか。ビビッドな、刺激のある仕事ではない。因みにクライアントの家の近くで猫の溜まり場を探し、オス猫たちを『誘惑』して協力を取り付け情報収集。1時間後には、ターゲットを無事保護回収して依頼は無事果たされた。以来、あの地域を歩くと山ほど猫が付いて来て、猫まみれになってしまう。如何やら猫たちは魔法の耐性が低く、『誘惑』の効果が長期に亘って持続してしまうらしい。

わたしは猫は嫌いじゃないが、物には限度というものがある。

猫を何十匹も引きつれて歩く様は、正直、何事か?という感じだった。


「ジェニフィーさんのご依頼も、リンドさんと同じ行方不明の猫探しなのですか?」

それはそれで、良いけれど。

別の地区の猫だとすると、わたしが猫なしで歩ける場所は更に減る事になりそうだ。微妙な依頼だが、生活の為にはそれも仕方ない。


「い、いえ。私は今、大学の寮に入っているのですが、出るんです、寮に・・・」

そ、それって、その展開って、やっぱり・・・。

な、夏だしね。でも、ビビッド過ぎるのも、ね。

こ、これは、断っても良いかしらね?

「お願いします! このままじゃ、みんな寮にいられません」

思い余ったジェニフィーさんが、わたしの手を両手で握り締めてきた。

女の子の手って、柔らかくて良いよね。

うーん、こちらが誘惑されてしまいそうだ。

さて、如何しよう・・・?


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