第39章
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人とは異なるその緑色の血をもって『魔物』の証拠とする説もあるが(何事も例外はある、たとえばスケルトンとか。そもそも血も肉も、なかったりするし)、一般的には『魔物』と普通の野獣の違いは、体内の『魔核』の有無にあると言われている。その『魔物』が魔法を使えるかと言えば意識して魔法を行使する『魔物』は少ないものの、『魔核』は『魔力』を宿し、『魔物』は通常の生態系の延長上にある物とは異なる能力を付与されている場合が多い。それは『魔力』が為し得る力の発現が、この世の『理』から大きく外れているからに他ならない。
進化という範疇では説明のつかない兇悪な能力を持ち、その体に緑の(おそらくは酸化銅系ヘモシアニン、つまり魔物は昆虫の進化の結果なのか!?)血を宿し、人知れず『迷宮』に湧いて出る。
そして何より、・・・人間より強い。
それがこの世界の『魔物』という存在だった。
「デカいな。まずは、俺が行ってくる」
そう言うとグレンは馬車を街道から逸らせ、草原を10メートルばかり進めてから止めた。御者席の足下から拾い上げたのは、陽光を受けて鈍く光る抜き身の両刃の剣だった。デカ過ぎて帯刀して持ち歩く様な代物ではないので、元より鞘も作っていない。きっと鞘とかあったら鞘から引き抜くにも、鞘に戻すにもさぞかし苦労するだろう。前世なら即時、銃刀法違反でアウト。刀身に厚みのある2メートルを超えるツー・ハンデッド・ソードで、グレンの膂力と相まって恐ろしい破壊を引き起こす。逆に言えば人間が相手の場合は明らかにオーバー・キル、『魔物』相手でもその重さ故にたとえグレンと言えども、数分しか振るう事が出来ない謂わば『背水の剣』。
「今夜は、そちらの嬢ちゃんに譲らないとダメか? まったく、味気ないもんだぜ・・・」
そんな事を言いながら、グレンが馬車の御者席から飛び降りる。急に重量を失った馬車がバウンドして、改めてアルティフィナは荷台の側板を手で掴んだ。
「さっさと行ってきなさい。負けたら、お仕置きよ?」
そう言って送り出すアルティフィナに、グレンは肩越しに片手を上げて答える。
相変わらず、強がりな子だ。
昔からそうだ、危なっかしくて、見ていて、ちっとも安心出来ない。
一旦街道まで戻ると、早歩きから徐々にスピードを上げて『魔物』に迫るグレンの背中を目で追う。前方でグレンを待ち受けるのは、とぐろを巻いた双頭の蛇、大蛇と言っても良いだろう。
「グ、グレンさん、大丈夫でしょうか?」
ステラも荷台の側板を持って立ち上がり、街道でとぐろを巻く大蛇に気が付いた。
うん。
全く持って、勝てそうもない。
あの蛇はツー・ヘッド・ティタノボアと呼ばれる種で、体長10メートル以上、前後二つの頭を持つ。口から炎を吐くとか特にイレギュラーな性質はないが、頭が二つある癖に『俺はこっちに行く、お前はあっちだって?』とかって喧嘩にならない辺りが既に凄い。
全身が灰色の斑の入ったとても固い鱗に覆われていて、通常の剣ぐらいでは刃毀れしてしまう。グレンが持てる最大の剣を携えたのは、そういう理由からだ。だが問題は、前後の頭はそれぞれに別の意思を持ち、同時に二匹を相手にするに等しい事だろう。
胴体も中央部では直系1メートル近いので、通常運悪く遭遇した場合は数人の騎士が取り囲み、間合いの長い槍を一斉に突き立てる事で倒す事が出来なくもない。数人掛かりで噛みつかれない様に遠距離から、というのがツー・ヘッド・ティタノボアと戦う場合の基本だった。
「『魔物』はね、人では勝てないから、『魔物』なの。・・・と、いう訳で、ちょっと待っててね、ステラさん。わたしも、手伝ってくるから」
心配そうなステラの頬に軽くキスをすると、馬車から飛び降りたアルティフィナもグレンを追って駆け出した。
さぁ、折角だから、お仕事は楽しまないとね?




