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第33章

33.

ルトビアの街を取り囲む石積みの壁を穿つのは、唯一南の壁に開いた南門だけだ。これは王城のある街の北側の、守りを重視した街の造りとも言える。

人馬の通れる大通りは確かにそうなのだが、実は若干の抜け道がない訳でもない。たとえば、街には他にも街を南北に貫く大通りに対し東西に交差して別つ運河がある。運河が壁の下を通る場所には太い鉄の杭が打たれ、通常は荷船ばかりか人が川から街に入る事も許されてはいない。杭の隙間を急に流れを狭められて濁流が渦巻く、そんな場所だった。だが、この鉄の杭は可動式で、ちゃんとした許可さえあれば、つまり王家の認める交易権を持つ商会であれば、この杭を引き揚げさせて所有する荷船を通す事も出来た。

街に引き込まれた運河は街の南方を流れる大河へと繋がり、やがて遠いランス王国を経て大海へと注いでいた。


「まずいな、その倉庫街の一番奥ってぇのは、中々おいそれと入れる場所じゃあ、ないぜ?」

腕を組んだグレンがデカい図体をして、そんな情けない事を言い出した。わたし的にはこれはもう、今夜のお仕置き決定。

言っても決定、言わなくても決定。

あ、変わらないか。

「東の関門があるだろ? 太い鉄の杭があるんだが、万が一にも魔物が入ってきたら大変だってんで、周辺じゃあ、夜は一切の出入りを禁じているのさ。俺たちだけなら何とかなるかもしれないが、そのウエンバンとかいう帳簿係を連れて逃げるとなると、馬車がいるだろう。馬車の車輪が、しんと寝静まった夜中に死人を叩き起こす程にギャアギャア鳴れば、流石にボンクラの衛兵共でも気が付くだろうさ」

ギャアギャアは言い過ぎだが、ベアリングもないこの世界の馬車の軸受や、タイヤの代わりに鉄板を巻かれた木の車輪は、やたらけたたましい音を立ててその存在を周囲に知らしめる。

音で気が付くので、歩行する通行人が避けてくれるという特典もあるのだが。今回ばかりは、馬車の出番ではないのかもしれない。


「私が同行すれば、検問ぐらい通れる」

ぼそりと、近衛騎士団に属するシャーロット嬢が、そんな解決策を提案してくれた。直接アイリーン嬢に関わる内容ではないので消極的且つ、心なしか短文ではあるが、誠実なシャーロット嬢としては自分の出来る事を必死に考えてくれた結果なのだろう。

だが、その案にも問題が無い訳でもない。


「検問を通れはするけれど、近衛騎士が夜中に訪れれば、何事かって詰所の衛士たちがついて来るでしょうね」

アイリーン嬢の悩む表情が、悩ましい・・・。

という個人的な感情は、置いておくとして。

詰所の衛士を引きつれて近衛騎士の名に於いて倉庫を捜索して人質を解放する、っていうのは妙案ではあるが、物事を大事にするには、まだ早い気がする。万が一帳簿係が見つからなかったり、見つかっても帳簿係自ら『ただ、泊まり掛けで倉庫の中で仕事をしているだけですが、何か?』とか言われたら、目も当てられない。

今のわたしたちは、アイリーン嬢の花婿候補を探っているだけで、帳簿係の捜索を当のデヴラ商会から依頼されている訳でもない。梯子を外されるリスクは、高いと言わざる得ない。


「あの界隈には、何度か馬車を走らせた事があります。私が伯爵家の馬車で行けば、通れない事もないと思うのですが・・・」

ステラさんが机の向かいの席から僅かにその小柄な身を乗り出すと、肩の辺りで切り揃えられた銀白色の髪が小さく揺れた。

その提案に、皆が顔を見合わせる。

ステラさんは女伯爵として当代で名を馳せているが、街の話題となった理由は『実は伯爵(男)は、いなかった』ではなく、『女伯爵なのに、夜な々々、いかがわしい店をほっつき歩いていた』という街の噂だったりする。

それは確かに伯爵家の馬車を止める度胸は、検問の一衛士にはないだろうが。放蕩な『オークランドの女伯爵』の悪名を、更に高める事になってしまう。


「良いのかしら、ステラさん? また、結婚話が遠のくかもしれないわよ?」

これは嫌味でも何でもない。

少なくとも、第四皇女の婿としては不適格の烙印を押された事実がある。認められても困るだろうけど。

オークランド家が裕福な家系ではない以上、今後言い寄って来る男は本当にステラさんを好きになった男か、家名目当ての成り上がりと言う事になる。貴族同士の(貴族なりに真っ当な)結婚は、もはや難しいのかもしれない。

となると、ステラさんの当高級珈琲店執事(給仕)からの寿退社計画は、頓挫の可能性もある・・・。

だが、こちらの深淵な心配にも関わらず、ステラさんが殆ど透明な、だが明らかに過度な熱のこもった目付きでわたしを見ている。


「分かっています。でも、そんな事は気にしません。私には、アルティフィナさんがいますから・・・」

い、いませんから!

そこ、おかしいから!

『不適格』なのは皇女も女性、ステラさんも女性だから。それなのに、同じ女性(中身は微妙かもしれないけど)のわたしに、ステラさんが言寄って如何するのよ!?

ステラに見詰められ何も言い出せぬままに、アルティフィナが店のテーブルに突っ伏した。

長い絹糸の様な黒髪が、ふぁさり、とテーブルいっぱいに広がる。

何故かシャーロットを除く三人がごくり、と唾を飲み込んだ瞬間。がば、っと、アルティフィナが体を起こした。

と、兎に角、仕事よ! 

詰んでるとか、考えちゃダメよ、アルティフィナ!

仕事で憂さを晴らすのよ!


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