転生したら悪役だったのですが、それ以上にヒロインが凄かったです②
連行された──……もとい、つれて来られた先は、ヒロインである明野さんの家でした。おぉ、知らなかった。結構有名なカフェが明野さんの実家だったとは。よくお菓子の詰め合わせなんて買うけど。
美味しいし。勿論常連ですよ、Cafe Rosaの。こういう時にはお金持ちっていいなぁ、なんて心底思ったりとか。お小遣いはたっぷり。ついでにお年玉もたっぷり。束で貰った時は内心ドギマギしてましたとも。
でもそれが当たり前なんだって慣れてしまえば、初めて貰った時の感動はない。ないけど、やっぱ嬉しくてちゃんと貯金もしてるしね。
常連になる程通っているRosaの裏口に回って家の中に入る。ちょっとテンション上がっちゃってるんだけど、2人には気付かれてないよね。この隣りには、場所的に表から見えるキッチンがあるはず。そこの扉を開けば自宅のリビングに繋がるんだなぁ、とここぞとばかりに見てしまう。
自宅を改装したっていうのは知っているけど、こっちのキッチンは店のものとは違って家庭的っていうのかな。ふむふむ。ってアレって試作品?
常連になっただけあって、オーナーとは既に顔見知り。よく試作品を食べさせてもらったりしてるけど、これは初めて見るケーキだね。季節の限定ケーキかなぁ。それっぽいなぁ。
視線はすっかりケーキに注がれているけど、2人は気付いていない。
「その辺りに座ってて。甘いものは大丈夫?」
明野さんに勧められたのは、4人掛けのテーブルと椅子。レース編みのテーブルクロスは手作りな気がする。その上に、透明のテーブルクロスをかけてくれているから、このレースが汚れる事はない。
良かった。直接レースの上に置くなんて言ったら、緊張して手が震えてしまいそうだ。
「私は大丈夫ですわ」
「俺も平気だな」
おぉ。番長が甘いもの平気って意外だった……じゃないか。ヒロインから手作りのお菓子を喜んで食べてたっけ。
手際よく目の前に置かれるのは、ミルクティと試作品のケーキ。
「それ食べて感想頂戴。父が悩んでいるんだ」
そういえば、そんな事を言っていたような。2日前に来た時に、今度味見してって言われてたっけか。
「わかりました。ん、紅茶が美味しいですね」
暖かな湯気が立ち上がり、甘い香りを運んでくれる。
「ん。美味いな」
遠野君も満足そうだ。
「良かった。俺は紅茶しか淹れられないからさ」
……紅茶しか? 確かゲームのヒロインはThe女の子的なものは全般的に得意だったはず。
「……このレース編みも綺麗ですよね」
ゲームでは、レース編みもヒロインがしていたんだけどね。
「そう? 後で弟に言っておくよ」
「えぇ。寧ろ買いたいぐらいの完成度の高さですわ」
本当に。そして作っていたのは弟さんでしたか。手作りだとは思っていたけど、それがまさか弟さんが作っていたとは思わなかった。河南君。ゲームでは好感度とかを教えてくれるサポートキャラだったけど。
「あはは。宮乃さん褒め過ぎだって」
「……」
いえいえ。これ結構凄いですよ。軽く笑い飛ばしたけど。このままレース編みの話をしても広がらないのはわかりきっていたから、問題のケーキについて触れる事にした。
「ん。苺とクリームの甘さが絶妙ですわね」
これでもかという程苺が使われている。苺とクリームの間にはスライスした苺を並べてあるのに、惜しげもなく上にも所狭しと苺が並べてあった。見た目からして苺好きにはたまらない。この香りは苺のリキュールなのかな。あぁ、でも美味しい。
「宮乃さんにそう言ってもらえると何か嬉しいね。遠野は?」
「美味いな。これだったら土産にでも持っていける」
遠野君への呼び捨てに一瞬驚いたものの、遠野君は明野さんに負けたから既に舎弟扱いなんだね。シビアな世界だとしみじみと見ていたら、本題をすっかりと忘れきっていた事に今更ながら気付く。
ケーキと紅茶のこの魅力。寧ろ魔力といっていいぐらい食いついてしまってた。落ち着け落ち着け。どれだけケーキが魅力的でも、問題は何一つ解決されていない。
「それで明野さん。私をここに連れてきた目的は?」
この辺りで軌道修正をしておかねば、と思って口を開く。
「あぁ、忘れてた。特に見られて困るもんじゃないけど、何となく誘ってみたかったんだ。タイプがちがうから興味があったっていうかさ」
「まぁ……そうですわね。私は幼等部の頃から華乃宮学園で、ある意味外の世界を知りませんしね」
──……すいません。中身はめっちゃくちゃ一般人ですよ。お嬢様らしく振舞っているだけなんですよ。マジで。
「そうだな。こうやって話すと普通に話せるな」
遠野君も言ってくる。
「学園で接点がないのは当たり前ですわね。宮乃の家柄だけでいうなら、学園の中でも上位の家柄になりますから」
学園内で私と同等というと、俺様生徒会長ぐらいかな。明野さんは編入してきたから知らないだろうし。それに興味もなさそうだしね。
私自身も生徒会には近付かなかったから、生徒会よりは下位だと思っている人は多いんじゃないかなぁ。あえて宮乃の姓で通ってるし。もう1つの苗字なら、ぶっちぎりのトップだろうけど。改めて考えると、凄い所に生まれたなぁ。
影の悪役だったとはいえ、よく私を学園追放出来たよね。それが乙女ゲームの凄い所で、現実の世界じゃ無理だよ。本当に。
「そうだな。深窓の令嬢で学園内では声をかけ難いな」
取り巻きもいるしな──と小さな声で付け足す遠野君。
「休み時間の時にいるあの方々は取り巻きではないですよ。お友達は女学院の絢峰に通ってますし」
これを言うと、ぼっちに聞こえるけど仕方ない。実際にこの学園ではぼっちだし。
「そうなのか。俺もいないなぁ。特待生でも目立つのに、その上編入だし一般家庭だし。遠野は?」
肩書きでいうなら、明野さんも十分目立つよね。
「俺は多少な。殆どは外だけど」
「そうなのか」
「そうなんですか」
まぁ……番長だったし。ある意味仕方ないのかな。こんな学園で番長をやっちゃってたし。身長180cmっていうだけでも威圧感を感じるしね。
「何つーか。華乃宮に友達いない3人組だよな」
「「……」」
明野さんの言葉に、私と遠野君は頷く。確かにその通りだ。
3人とも、本来の性格を考えると、この学園は合ってはいない。その言葉には納得しかないなぁ。
「所で、明野さんは番長になりたかったんですか?」
ぼっちの話は置いといて、本題というか、何と言うか気になった事を聞いてみる。
「んー」
ストローを口に銜えながら頬を掻く明野さん。
「何つーか……強いって実感したいから──かな。
喧嘩の殴り合いなら性別も関係ねぇし。将来の役にはたたねぇけど」
ふむふむ。このままでいくと武者修行に行きそうなタイプだね。こうやって話してみると。
「強さの証明にはならないかもしれませんが、もし良ければ私のSPっていうお仕事もありますしね。
同性の同じ年のSP。実はずっと欲しかったんですよね。というのは私の本音ですが、私に限らずそういう道もありますよ」
頭もいいし。
まぁ、ヒロインだから、生徒会の誰かをゲットしてお嫁さん。という選択肢もあるし。私の提案に、眼を瞬く明野さん。
「そっか。そういう道もあるのか」
「そうですね。そういうのもありますよ──ぐらいで覚えておいてくださいね」
しかし……今朝まで怯えていた時間は何だったんでしょうかねぇ。そんな事を思いながら、私は明野さんに笑みを浮かべた後にケーキを食べ始める。
「苺のシロップがあってもいいかもしれませんね」
美味しいんだけど、ちょっとだけ欲しいかな。私は。
でも今浮かべた笑みは、心からの笑みだ。何たって、恐怖を取り除いた後の安堵した笑みだからね。
あー。良かった。
これで安心。そう思った私に間違いはなく、名前で呼ぶほど親しくなったよ。早苗ちゃんとは。何故か遠野君とも親しくなったけどね。
それもこれも予定外だったけど。
でもこれで脱ぼっち! 脱悪役!!
ふぅ。これで色々と一安心。そして後はここの常連だという事を教えて、週3日程通ってケーキを全制覇するんだ。
今までの心配事が全て解消された私の身体は、空でも飛べちゃうんじゃないかと思うぐらい軽くなっていた。
なんといっても脱悪役は嬉しいし。友達も出来たし。ありがとう番長。ありがとう早苗ちゃん。あの場所で番長決定戦をしてくれてて本当に嬉しかったよ。
これから末永く関係が続く3人だけど、友情が壊れる事はなく、一生続くものだったのは予想外だったけどね。