七月七日~day 3-②~
「そしたら、木の中にいるときは寝てる感じなのか?」
「そうですね。その感覚が一番近いと思います。夢とかも見るんですよ」
「なるほど」そう言って明はコーラを吸い上げる。
ここは、公園の散歩コースの途中にあるカフェテラスだ。店の背後に池が来るように建てられており、水上までテラスが伸びている。大体、今日のように暑い日は池側の方に人気が集まるのだが、二人は散歩コース側でのんびりしていた。
二人の他には、数人のおばさんたちと、何組かの大学生らしきカップルが座っているのみで、時折、明たちの方をチラチラ見ては何か話をしている。眉をひそめている人もいれば、面白そうにしている人、はたまた馬鹿にしたものまで、投げかけられる視線は様々だ。
「なんか……見られてますね」
「あぁ。俺が変なんだろ。まぁでも、昔っから視線には慣れてるから大丈夫だ心配すんな」
申し訳なさそうな楓さんに、事もなげにそう告げる。
傍から見ると明は一人で空中に向かって話しかけているように見えているため、事情を知らない人からすればただの変人だ。入ってからしばらくは、遠慮がちな視線だったものの、今は何の遠慮もなくジロジロ視線を向けてくる。
他人には見えないはずの楓さんですら不快に感じるのだから、実際に視線の矛先になっている明は相当不愉快なはずだ。しかし、そんなことは全く気にせず普通に会話を楽しんでいる。
「……強いんですね」
「まぁ、慣れだな。父さんが仕事で抜けられない時は、紅葉の運動会とか俺が出てたからな。笑っちまうだろ。子どもが大人に交じって走ってんだぜ。そりゃ、色んな目で見られたさ。それに、普通の時だって……って、いきなり何話してんだ俺は。つまんねぇ話ししちまったな」
「そんなことないです!」
いきなり机を叩いて立ち上がる。かなりの音がしたので周りの人が驚いて二人の方を見ているが、明だって驚いた。
「そっ、そうか?」
「そうですよ! そんな明さんの姿に勇気づけられた人だって、絶対いるはずです!!」
どこでスイッチが入ったのだろうか。ものすごい勢いで身を乗り出して顔を近づけてきた楓さんは、両手に握りこぶしを作って力説する。思わず明が椅子から滑り落ちそうなほど、その表情は必死だった。
「えっと、それじゃぁ、この話は置いといて。最初の続きだ。俺と会ってない時はほとんど寝てんのか?」
楓さんをドウドウと落ち着かせながら、無理やり話しを転換させる。鼻息が荒くなっていた楓さんだったが、椅子に座らせるとじきに落ち着いたようで、明もホッと一息をつきつつコーラを口に含んだ。
「そうですね。寝てる時もありますけど、そこら辺を歩いていることも多いです。ほら、私自由に動けるようになったのってこの状態になってからですから、色々行ってみたくって。あっ、でも、夜の九時までにはちゃんと神社に帰ってますよ!」
音を立てて噴き出した。含んだばかりのコーラが机に広がる。真剣な顔をしてあまりに幽霊らしからぬ発言をするので思わず笑ってしまった。
「げほっ。あー。それなら、特に退屈してるわけじゃねぇんだな」
「はい!」
その返事に胸を撫で下ろす。放課後を楓さんの調査に当ててしまったため、休日以外は昼休みの三十分しか二人で過ごすことができない。明が放課後は会えないと伝えた時、すんなり納得してくれたものの内心不満に思っているのではないかと心配していたのだ。
「よし、そろそろ尻も痛くなってきたし、残りの道を歩いてみるか」
二人は席を立つとカフェテラスから出ていく。気がつけば時間はもう夕方の五時を過ぎていた。主に雑談ばかりだったが一時間半近くも話をしていたことになる。
楓さんのことについては、本人が話すこと以外はあまり突っ込んで聞いていない。というか、話すのが思いのほか楽しかった明は、そこら辺のことをすっかり忘れてしまっていた。せっかく色々なことを聞き出す機会だったのに失敗したかとも思ったが、焦っても仕方ないということにしておいた。
「いやー。遅くなっちゃいました。明さんは家の方、大丈夫ですか?」
「今日は父さん休みだからな。問題ねぇよ」
そう言いながら、神社の階段の前に自転車を止める。昼と同じ西側階段だ。辺りはもうすっかり暗くなっており、確かめると夜の八時半を回っている。
公園からの帰り、別の風景も見たいだろうと考えた明の計らいによって、行きと違う道を進み、ついでに途中にあった駄菓子屋やら何やらに顔を出してきたのだった。
身体に悪いからという理由でお菓子をあまり食べることができなかった楓さんは、駄菓子に興味津津(特に干したイカを酢につけたものが気に入ったようで、大量に入っている容器の蓋を開けては匂いをかいでいた)で、明もそんなに喜んでくれるならまた連れて来ようと、密かに心に誓かったのだった。
「あっ、ほらほら、明さん見て下さい」
明が自転車にロックをしていると、後ろから楓さんのはしゃいだ声が聞こえてくる。今日一日付き合って分かったことだが、楓さんは色々と面白いことを発見する能力に長けていた。明にとって当たり前になっていることでも楓さんにとってはそうでもないのか、改めて色々なことに気がつかされた。
「で、今度は何を見つけたんだ?」
「ほら、天の川です! あんなに綺麗に見えるのってここら辺じゃ珍しんですよ」
「そうか……今日は七夕か。すっかり忘れてたわ」
夜空に横たわる乳白色の星の帯を見上げながら呆然とする。隣で「綺麗……」と楓さんが呟いている。その声が気になってその横顔を見つめる。すると、少し淋しそうにしていた。
「あっ」
小さい声で呻く。明は自分の忘れっぽい頭を思いっきり殴り飛ばしてやりたくなった。
そうだ。今日は楓さんが先輩に告白して置いてきぼりにされて死んだ日……つまり命日じゃねぇか。何でそんなことを忘れちまってんだ俺は……!
唇を噛みしめ爪が食い込むほど強くこぶしを握り締める。せめて天の川に見とれている楓さんの邪魔をしないようにと、拳を握ったまま明は視線を夜空へと戻した。
――やべぇ。なんて声をかけてやればいいんだ……
必死に考えるがいい案は全く浮かばない。仕方がないので黙っていると、そんな明を気遣うように楓さんがぽつり、ぽつりと口を開き始めた。
「私……織姫様と彦星様って会わない方がいいと思っていたんです。だって、好きになったまま別れてしまえば、相手の嫌なところを知らないですでしょう? そうすれば好きだって気持ちをずっと胸にしまったまま、誰にも汚されないで大切にしておける。そう思ってたんです」
「……」
「でも、考えかたが変わっちゃいました! やっぱり会った方がいいですね。今日一日とっても楽しかったし、それに、まだまだやりたいことが出来ちゃいました! ありがとうございました」
お行儀良く頭を下げてきた楓さんに明は面食らう。
「えっ、えーと。俺も楽しかった。こちらこそありがとな」
首をさすりながら同じように頭を下げる。自分のことを裏切った先輩について話が続くと確信していた明は、あっけらかんとした楓さんのセリフに完全に虚を衝かれてしまった。
「いーえ、いえ! どういたしまして」
楓さんはおどけたように、敬礼のまねをしてクスクス笑う。その姿に、明の緊張もほどけお腹の底から可笑しくなってきた。
「あはは! お前結構いい根性してんのな」
「はい! 幽霊舐めないで下さい! 根性がないとできないですから!!」
「いや、お前。それ冗談になってねぇ」
そう言ってお互い見つめ合うと、再び弾けたように笑い合う。その頭上には、夜空を彩る乳白色の帯。年に一度、離れ離れになった恋人同士を繋ぐ天の輝きが二人を優しく照らしているようだった。
「次に会うのは月曜日でいいんだな?」
「はい。私も用事がありますから。大丈夫です!」
明が問いかけると楓さんは何故か握りこぶしを作って気合を入れる。用事が何か聞いてみたが「秘密です」と言って教えてくれなかった。
「それじゃぁな」
「はい。 またお昼休みに学校で」
別れ際、明はもう少し一緒にいたいなと考えている自分に気がつき苦笑してしまう。楓さんに手を振ると、自転車に全体重を預ける。それだけで、自転車は坂道を進んで行く。
もしこの作戦が上手くいって楓さんが成仏することになれば軽く泣いちまうかもしれねぇな。そんなことを思いながら坂道を下ったのだった。
「ただいまー」
「おう、おかえり。ずいぶん遅かったな。飯はどうするんだ?」
居間に入ると、父がテレビを見ていた。それに「食うよ」と返事をして仏壇に手を合わせる。今日も色々報告したいことがあったので、長くなってしまった。
キッチンへ行くと父がおかずを温め直してくれていた。自分でするからと言ったが、「これくらいさせろよ」と言われたので黙って座っておく。
「どうした? ずいぶんと上機嫌じゃないか?」
「はぁっ? いつも通りじゃねぇか」
怪訝な顔を父へと向ける。
「だからだよ。明日は母さんの命日だろ? 自覚なかったかもしれないけど、毎年七夕の日は落ち込んでたじゃないか。紅葉が部屋に行ってんのも、たぶんそのせいだぞ」
思わず絶句したが、すぐにぶすっとした表情になって天井を睨みつけた。
「紅葉のやろう。この時間にテレビにかじりついてねぇから変だと思ったらそういうことか」
「まぁ、そう言ってやるな。紅葉なりに気を使ってんだ」
それに「わかってるよ」と言いながら、味噌汁の入った御椀を受け取る。七夕を嫌いなのは、笹の葉に全快を願った次の日に母が死んでしまったからだ。なのでこの時期が来ると毎年自分の機嫌が悪くなっているのは自覚していたが、今指摘されるまでまさかそれが表に出ているとは思っていなかった。
「何かあったのか?」ニヤついた顔で尋ねてくる父を無視して味噌汁を啜る。
そうか、俺は機嫌が良かったのか。そりゃ最近は七夕なんて忘れちまうくらいドタバタしてたし、今日に至っては忘れるくらい楽しかったしな……。それに、楓さんのことを通して母さんのことについても色々考えれた……し……。
明は汁椀を掴んだままじっと考え込むと、突然苛立ったような表情になって一気に夕食を胃袋へ収める。
「どっ、どうした?」
「なんでもねぇ。部屋に戻るから、洗いもんは置いといてくれ明日洗うから」
そう言って立ちあがると、さっさとキッチンから出ていこうとする。
「ちょっ、ちょっと待て。今日は進路の話をしようと思ってだな」
それを父が止めようとしたが、「また明日」と言ってそのまま二階へ上がってしまった。
一段飛ばしで階段を上ると、勢いよく扉を開けて、一直線に本棚へ向かう。手に取ったのは、楓さん成仏作戦の参考とするため紅葉から借りている『柳の木の下で』という小説だった。
実はこの本、あれから一ページも読んでいない。一度読むのを止めてしまったこともあって、借り直したものの結局手を付けずにいたのだ。
「何が楽しかっただ……あれだけ大口叩いておきながら、楓さんから貰ってばっかじゃねぇか」
ベッドに腰掛けると、真剣な表情でもう一度始めからページをめくり始める。
明の部屋が暗くなったのは、家中の明りが落ちてからさらに一時間以上過ぎてからであった。
視点の統一が出来ない(゜_゜)というかできているのかさえよく分からない。変なところがあったら教えて下さい<m(__)m>