七月六日~day 2-②~
時刻は夕方の五時を回ったところ。他のクラスメイトがそれぞれの放課後を営むために散ってしまったのを見計らって、明は口を開いた。
「どうだ。信じるか?」
「俺はそもそも疑っていない。二人はどうだ?」
修二と猛は互いに目配せをした後、顎を下に引いた。
「あれを見せられたら、信じないわけにはいかないなぁ」
修二が頬に手をあてて大きくため息をつく。
「ということは、一部始終全部見れたんだな?」
「いや、楓さん自体は俺たちには見えなかった」
龍一が首を横に振る。明は、どういうことだ? と眉をひそめた。
「初めはな、お前が下手くそなパントマイムをしているようだった」
「そうそう。僕と修二なんて、病院に連れて行ったほうがいいんじゃないかって、真剣に話してたくらいだよ。なぁ?」
猛の呼びかけに修二が苦笑いしながら同意する。明からの視線が痛かったのだろう。龍一は軽くため息をつくと、明と猛が言い合いにならないうちにその続きを話し始めた。
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明が開けてくれた隙間を上から、猛、龍一、修二の順で並びながらのぞく三人。明がフェンスに向かって声をかけたりする様子を見て半ば本気で精神の異常を心配したのだが、とりあえず昼休みが終わるまでは見守ろうということで、静かに監視を続けていた。
「何をしているんだ?」
龍一が呟き他の二人は無言で首を捻る。街を見下ろしていた明が急にうろたえ始めたかと思うと、今度は背中に紙袋を隠して後ろへ下がっている。一体何をしているのか。三人の頭にはてなマークが並んだが、次の瞬間――
「「「あっ!」」」
三人の声が被った。明の手から紙袋が空中に浮いたのだ。浮かんだまま、時々上下に動く紙袋。それに明が何か話しかける、するとしばらくして紙袋の中から何か出てきた。
「なんだい? あれ?」
猛が確かめようと目を細めるが、この距離からでは良く分からない。正方形の分厚いものということは何とか分かるのだが……気になった猛は、いっそのこと顔を出してやろうとかと思ったが、そこまでする必要もなく何なのか判明した。
「……弁当かい。あれ、ウィンナーだよね」
「そうみたい」
修二が短く答える。なぜ弁当か分かったかというと、四角い物体の蓋が開いたと思ったら、箸らしき細い二本の棒につままれたウィンナーが空中を浮遊して明の口元に止まったのである。しばらくの間、明は腕を組んで憮然としていたが、何かに根負けしたかのようにため息をつくと、空中のウィンナーにパクッと齧りついた。
「食べさせてもらってるよね? あれ」
「そのようだな」
猛の問いかけに今度は龍一が答える。そのどことなく呆れた声に、修二がクックと喉を鳴らした。
笑われているとも呆れられているともつゆ知らず、明は空中に浮かぶ食材をパクパクと口に納めていく。立ったまま空中の食べ物に食いつく様は、まるで紐のついていないパン食い競争のようだった。
三人はその光景を全て眺め終わった後、ここから退散することに決める。予鈴もなったのでもうすぐ昼休みも終わる。判断する材料はもう十分だと互いに確認し合ったその時、屋上から焦った声が聞こえてきた。
「ちょっ、ちょっと待て! おまえ階段から帰るのか!! 幽霊だろ!?」
その声に三人の肩が飛び跳ねる。どうやら、楓さんがこちらに向かってきているらしい。明が大声で何か話しているのは、恐らく時間を稼いでくれているのだろう。三人は音をたてないように階段まで下がると、一気に駆け降りた。
****
龍一の説明が終わるのを待って、猛がニヤニヤしながら明に声をかける。
「しかし、良かったじゃないか。幽霊とはいえお弁当食べさせてもらえてさ」
「なっ! うるせー!! あれは、飯は食えないっていうから仕方なくだなぁ」
「その割には、嬉しそうな顔してたけどねぇ」
「えっ、マジ!?」
自分の頬を鷲づかみにする。感情が分かるほど表情はよく見えなかったのだが、その反応を考えるに満更でもなかったらしい。釣られたことに気がつかない明は、恥ずかしそうに唸りながら頭を抱え込んでいる。
「はぁ。とにかく。楓さんと何を話したんだ? そして、俺たちに頼みたいこととは何だ?」
ため息混じりの龍一の言葉に、明は何かを思い出したように、ポンと手のひらに拳を置いた。
「おう、そうだった。よく聞いてくれ。とりあえず、楓さんと話をしたのは学校がある日は昼休みに屋上で会うこと。それと明日は土曜日で休みだから、とりあえずどこかに行くことだな」
「屋上でいいのか? 噂なら楓の木の下の方がそれっぽいけどな」
「そうだね。それに、昼休みだけでいいの? 放課後は?」
龍一と修二が質問してくる。
「放課後は俺が断った。理由については後で説明するわ。場所については俺も変だなと思ったんだが、どうも噂とはかなりギャップがあるみてぇなんだよな。というか、そもそも昔話や怪談にでてくる幽霊とは全然違ってんだよ」
明は昼休みに三人へ向けて叫んだときの話をする。
お弁当を食べながらこれからのことを話した明と楓さんは、とりあえず予鈴もなったのでこれで一旦お開きにすることにした。
すると楓さんは、お弁当のお礼を言い深々とお辞儀をするとそのまま階段の方向、つまり三人が潜んでいる扉へと向かったのだ。それをヤバいと思った明が機転を利かせて、幽霊のくせに云々と叫んだわけだが、楓さんは、「あっ、そうですよね。ついつい癖で」と舌を出して笑ったという。
「うーむ。確かに噂とかとは違うようだな。なんというか、人間臭いというか幽霊慣れしていないというか……」
龍一が唸り、明も肩をすくめる。大分調子を崩されていることがひしひしと伝わってきた。
「まぁ、そんなことはいいんじゃないの。そもそも幽霊だって元は人間なんだしさ、噂は噂だからね。それより、さっさと頼みごとを話して欲しいんだけどね、僕は。時は金なりって言葉を知らないのかい?」
猛がちょっと小馬鹿にしたような顔になる。相変わらず一言多い男だが、言っていることはもっともである。
「オッケーだ。そしたらよく聞いてくれよ。お前たちに頼みたいことは……」
明の声が自然と低くなってきて、それに引き寄せられるように四人の間隔が狭くなる。
「「「成仏ぅー?」」」
昼のように三人の声が重なった。実に真っ当な手段なわけだが、単に成仏させるだけなら寺にでも神社にでも行って御払いでも受ければいい。三人にわざわざ協力を頼んだ理由は何なのか。明は頷くと話を続けた。
「そうだ。といっても御払いとかじゃねぇ。楓さんに満足してもらって、自分から成仏してもらいてぇんだ。ほら、この世に残ってるっつーことは何か未練があるってことだろ? 」
「それは分かるけど……話が見えないね。楓さんに満足してもらうって、楓さんのことが見えるのも、話せるのも、明だけじゃないか」
猛が先ほどのようにからかう口調ではなく真面目に聞いてくる。
「そのとおりだ。だから三人に協力して欲しいのは主に情報収集だ。俺は楓さんから何が心残りなのか聞き出すのと、三人が探し出してくれたことを実践する係だ」
「つまり僕たちの役目は、楓さんの記録とか噂とかを整理してそこから彼女の望みを探りだせばいいってことかい。なるほど、楓さんが本当のことを話してくれる保障はないからね。内と外から攻めようってことか。明にしては考えたじゃないか」
本当はそこまで深く考えていたわけではないが、猛が珍しく感心したようなので、明は「その通りだ」と真剣な顔で頷いておく。
「ん~、しかし明。どうして楓さんを成仏させたいのかなぁ? ハッキリ言って悪霊かもしれないんだよ。素直に御払いとか行った方がいいんじゃない」
修二だ。明の背中に冷たい汗が流れる。修二はこの四人の中で一番の現実派だ。少しでも危ないと判断されれば、何があっても止められる可能性が高い。
そして、修二が反対すれば猛と龍一も協力してくれなくなるかもしれない。「誰も気がつかない間に主導権を握るタイプ」という修二の恋人である次期生徒会長筆頭候補、橘鈴香生徒会書記のお言葉を、明は思いだしていた。
言葉を選んで慎重に説得しねぇと。明は二、三回深呼吸をして、
「好みなんだ! ものすごく! 可愛くて、ヤバいから何とかしてあげてぇんだ!!!」
そう宣言した。
一気に脱力した猛は、「やはりバカだったか……」などと呟くがこの際だからそれは無視する。
問題は修二だ。その細い目をを見つめる。こういう時にこの感情の読めない顔つきは厄介だった。背中だけでなく額にも冷や汗をかき始める。勢いだけじゃやっぱ断られちまうかっ! 明が他の理由を考えだそうと頭を巡らしていると、
「わかった! いいと思う。明らしいし、何より面白そうだからね」
そう言って、大きく頷いた。
「いいのか……?」
「もちろん。明が決めたことだし、話を聞く限りでは楓さんもそんなに危険はなさそうだしね。あっ、でも油断は禁物だよ」
念を押してくる修二だったが、もはやその言葉は明に届いているのか怪しい。その様子に龍一は今まで一番深いため息をつくが、喜んだ明は早速次の行動に移り始めた。
「そうか! じゃぁ、次は役割分担を決めてぇんだ。猛は俺らより顔広いから口コミでの情報を主に集めてもらって、修二と龍一は楓さんに関する資料を探して欲しいんだ。あと、お互いの情報を平日の放課後に合わせてぇんだけど問題ねぇか?」
指示を出した後、確認するように三人へ顔を向ける。三人とも異存は無いようだ。「それじゃぁ頼む!」と頭を下げる明に続いて、今度は修二が口を開く。
「そしたら、明日と明後日は学校も休みだし、市の図書館に行ってみようよ。 全国紙だけでなく県内だけの新聞も置いてあるから楓さんについて何か記事があるかもしれないし、本名とかが分かればかなり役立つと思う。噂通りなら中学生が神社の境内で死んでいるなんてかなりの不審死だから、特定もしやすいんじゃないかなぁ?」
いい考えだ。明は感心したが、目の前にいた猛から待ったがかかった。
「あっ、僕どっちも無理だね。休みの日は彼女と遊ぶ約束してるから。休みの日しかゆっくり会えないんだよ。まぁ、僕は口コミ係だし、楓さんの話しの出所はほとんど彼女だから、詳しく話を聞いておくってことで。てゆーか。二人はどうなのさ? 大体、明だって明日は楓さんと会うんだろ?」
それもそうだ。話し合った結果、日曜日の午後に図書館で新聞を漁ることに決定した。
役割を分担した四人はほどなくして解散。修二と猛はまだ教室に残って、彼女を待っているとのことだったので、明と龍一だけ先に帰ることになった。
正門を出発して十分。二人は家路の途中にある小さな公園のベンチに座っていた。入口から見て右手側に色の剥げたブランコ、左手側に錆びた鉄棒、奥に砂場と滑り台が設置してあり、さらにその右斜め奥に植えてある大きな木の陰に二人が腰かけているベンチが置いてあった。
「話があるって何だよ龍一?」
途中で買ったジュースのプルタブを開けて、一気に喉へ流し込む。
「修二に話した楓さんを成仏させたい理由。本心ではないな?」
単刀直入に聞いてくる。その声はどこか硬い。
「はぁ~。やっぱ、ばれちまうか、お前には」
「あれで誤魔化したつもりかお前は。そっちの方がびっくりするわ」
「えっ、まじ!? もしかして、ばればれ?」
半笑いの明を見て、龍一がガクッと首を落とした。
「まぁ、本心までばれているかは知らんがな」
落とした首をのろのろと元に戻す。
「じゃー、お前は分かってんのかよ?」
「……楓さんの生前の話を聞いて、亡くなったお袋さんと被ったんだろ? 言っておくが、楓さんとお前のお袋さんは別人だぞ」
少し間をおいて伝えられた言葉に明は苦笑いをする。そして、飲み終わった空き缶を頭上より高く持ち上げた。
「分かってるよ。惜しいけど、さすが幼馴染だ。よくそこまで見抜いたもんっだ!」
――ガシャン。宙に放った空き缶が、近くのゴミ箱に吸い込まれた。
「おっし! まぁ、白状するとな被りに被った。俺、母さんが病気だってことは分かってたけど、死ぬほどヤバイってことは聞かされてなかった。だから、何もできなかった」
背中をプラスチック製の背もたれに預けると、淡々とその心中を語り始める。
「だから、楓さんのことを放っておけないのかもしれねぇ。母さんと同じように病気で苦労して、その挙句死んじまって。そして、死んじまってからも成仏できずに迷い続けているあいつを放っておけねぇんだ……」
「自分の言っていることを分かっているのか? それは自己満足だぞ。同情よりなお性質が悪い。お袋さんに何もしてやれなかった自分を救おうとしているだけじゃないか」
明の肩が揺れた。これが龍一以外に言われたことなら感情的になっていただろう。しかし、母が死んだときにずっと側にいてくれた友人が自分を心配して言ってくれている。それが伝わるからこそ明は冷静でいられた。
「それも分かってる。そもそも楓さんを呼び出そうとしたこと自体が自己満足だ。死んだ人に会える噂が本当なら、母さんにも会える可能性もあるかも知れねぇ。そんなどうしようもないこと期待してたんだ。我ながら情けなくて笑っちまう。とっくに整理をつけたと思ってたんだがな」
「……そんなに簡単なものじゃないのだろう。きっと」
「ありがとよ。まぁ、とりあえず自己満足ってのはその通り。これでも自覚してんだ。楓さんとどう付き合っていくか考えてる時に、ついでに色々考えさせらちまったからなっ」
背もたれに身体を預けていた明は、足を持ち上げるとその反動を使って立ちあがった。
「それでも、動機が何であっても、俺のしようとしていることは間違っちゃいねぇ。だってよ、悲しすぎるじゃねぇか。死んじまってからもずっとあの寂れた神社で一人だぞ。しかも、好きだった人に裏切られてからずっと一人だ。そろそろ成仏して次の人生歩いたっていいだろ? それが自分じゃ無理だってんなら俺が無理やりでもそうさせてやる。それだけだ」
「…………」
明は木漏れ日に向かってそのまま大きく背伸びをする。
「でも、そういうことを抜きにしてあいつはおもしれぇんだ。今日話してみて分かった。あいつは悪い奴じゃねぇ、それに何か放っておけねぇ」
「……お前を騙すための演技かも知れんぞ。もしもがあったらどうするつもりだ?」
「その時のためのお前たちだろうが。頼りにしてんだぜ」
振り向くと、笑顔で拳を突き出す。龍一は数秒その拳を見つめた後、呆れつつも自分の拳をぶつけた。
「まったく。お前に色々忠告しようと思って早めに学校を出たのが無駄になってしまった」
「いや、十分だろ! それに、偶には彼女と喧嘩するのもいい刺激かもしんねぇぞ」
二人は並んで公園を後にする。明の軽口にいつも通りに言い返す龍一だったが、その内心は複雑な思いで満ちていた。
キリがいいとこまで投稿したかったので、一気にドンといきました。本当は最後まで書いてから投稿するつもりだったのですが、予定より長くなりそうだったのと、そろそろ感想とかもらってモチベーション上げたいなぁと思ったからです。
なので、感想下さるとほーほけきょって鳴きます。嘘です。鳴くのはホントですが、嬉しくて泣きます。意味分かんないですね。失礼します。