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私を成仏させないで!  作者: いばらぎとちぎ
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七月六日~day 2-①~

 七月六日金曜日、中学校。一時間目が終わった午前九時半過ぎ、めったに人が訪れることのない西側非常階段の踊り場で少年四人が円になって立話しをしている。


「えっ、付き合うことになった! それも、あの楓さんと!?」


 修二の反応に明は心の中でガッツポーズを決めつつも表向きは神妙な顔で頷いた。


 修二は目が細くいつも笑っているように見えるため本当に驚いているのかよく分からかないが、その反応はとても素直だ。昨日の出来事を隠すこと無く話してよかったと、明は心の底からそう思えたが、


「おいおい。どうせ恋人ができたって嘘をつくんなら、せめて生きてる女の子にしなよ。そこまで、自虐的になる必要ないじゃないか」


 そこにこのセリフだ。小さく、「笑えないよ……」と呟いた猛は、口元を片手で隠しながら憐みを込めた瞳で見下してくる。告白するように勧めた張本人にも関わらずの言い草に、短い明の導火線に火がついた。


「うるせー! 大体、試せって言ったのはお前だろうが! ふざけんなこの野郎!!」


「そうだったかな? まったく、朝から無駄にテンションが高いんだから」


 襟首を掴もうとする明を軽々と避けながら、さらに煽る。昨日は座っていたが今日は立ち話だ。こうなれば、明よりも数十センチは背のたかい猛が俄然有利になる。


「二人とも落ち着け。ここは立ち入り禁止だぞ。 煩くして誰かに見つかったら面倒だ。それに、明が言っていることは本当だと思うぞ」


 ゴチャゴチャと言い合っている二人に、龍一が待ったをかける。その意見に賛同したのか、猛は渋々動きを止め、明の方は修二によってすでに羽交い絞めにされていた。


「何で本当だって分かるのさ? 麗しき幼馴染の友情ってやつかい?」


 一理あることを認めるものの注意されたことが癪に障ったのか、意地悪そうな笑みをむける猛に対して、龍一は当たり前のようにしれっと答える。


「そうだな。こいつは嘘が破滅的に下手くそだからな。内容自体は嘘のような話だが、明自身が嘘をついているようには見えない」


 猛はその言葉に口をポカンと開く。龍一がここまで素直な意見を返してくると思わなかったのだろう。完全に毒気を抜かれた猛は「やってらんないよ」と言ってそっぽを向いてしまった。


「まぁまぁ、二人とも。僕も疑うわけじゃないけど、いきなりのことで少し混乱してるんだ。とりあえず、昼休みの屋上。僕たちも一緒に行ってもいいかなぁ?」


 それをとりなすように明の後方から修二がのんびりと声をかける。婉曲した表現をしているが、要するに実物を見ないと判断できないということだ。


「わかった。んじゃ、それでいこう」


 それをあっさり承諾する。今回は話が突飛過ぎただけに、明も簡単に信じてもらえるとは思っていなかった。


「ただし、楓さんのことが本当だって分かったら俺の頼み聞いてもらうからな」


 三人に向かって真剣な表情で話しかける。その言葉に龍一と修二は黙って頷き、少し間をおいてから猛も渋々同意したのだった。





 四限目が終わり、給食をすぐに終わらせた四人は足早に教室を後にした。先頭は明で三人は後ろについてきている形だ。ちなみに四人の中で明は一番背が低い。一番背が高い猛との差は十センチ少々あるのだが、今はそのコンパスの違いも感じられないほど颯爽と歩いている。


 廊下には明たちと同じように給食を早めに食べ終わった生徒たちが移動を始めていた。みな短い昼休みを満喫しようと思っているのだろう。ある集団は校庭でサッカーをするために急いで玄関に向かい、ある数人はお目当ての漫画を奪取するために一階にある図書館へ向かって行く。


「ところで明。そのぶら下げてるものって、なに?」


 鮭の川登りよろしく屋上を目指して流れを逆行していた四人。三階に差し掛かったところで修二が明の右手に下げられている小さな紙袋を指さした。


「あぁ、これか。これは……」


 説明しようと紙袋を持ち上げたところで、ふと止まる。


「……何でもねぇ」


「えっ! 何それ!?」


 思わず突っ込む修二だったが、明は紙袋をダランと下げるとまた足を進め始める。ただし、先ほどまでのどこか意気揚々とした感じとは違い、一歩一歩が重たそうだ。


「どうしたんだろ……」


「明がどうかしてるのなんて、今さらじゃないか」


「確かにな」


 何か触れてはいけないことに触れてしまったのか、突然肩を落とした明を見て三人は顔を見合わせた。





 明はゆっくりと屋上の扉を横に開くと、他の三人が覗けるようにあえて少しだけ隙間を残しておく。普段屋上の扉には鍵がかかっているのだが、楓さんが「外から開けておきます」と昨日宣言した通り解錠されていた。 


「おっ、いたいた」


 生温かい風に煽られつつ辺りを見渡すと思ったよりもすぐに見つかった。


 真夏の太陽に照りつけられたコンクリートの床は、異様なほど熱気を立ち昇らせており、フェンス越しに街を見下ろしている少女もまるで蜃気楼のように揺らめいていた。


「何見てんだ?」


 明の問いかけに、「あはっ。街です。広いですね」と微笑む。肩まで切りそろえられた髪と胸元の赤いスカーフが、風になびく。いつから待っていたのかは分からないが、太陽に当てられた肌には汗の一つもなく、昨夜の夕闇の中で見るより却って冷たそうに見えた。


「街。好きなのか?」


 横に立つと一緒に街を見下ろす。高台にある学校からは街が一望できた。


「んー。好きというか。おもしろいです。それに広い」


「ふーん。まぁ、たしかに思ってたよりは広いな」


 自分がいつも溶け込んでいるはずの街を俯瞰する。高いところから見下ろすだけで、ずいぶんと遠くに来たように感じる。たったそれだけの行為のはずなのに、世界が広がった気がするのは何故だろうか。視点が違うだけでこうも受け取る印象が変わってくるというのは、たしかに面白い。


 明が感心していると、


「その紙袋はなんですか?」


 いつの間にか楓さんの視点は、遠くの街から身近の紙袋へと移っていた。


「いや、なんでもねぇ!」


 紙袋を後ろに隠すがもう遅い。楓さんは余計に気になってしまったらしく、にじり寄ってくる。


「気になります! さぁ、見せて下さい!」


 明は逃げるようにジリジリと後退していくが、


「とうっ!」


 かけ声とともに、腕を掴まれてしまった。そうなると、普段女の子に触れる機会などない明である。近づかれた拍子に鼻腔をくすぐる甘い匂いとか、触れ合った肌が柔らかいとか、自分とは違う楓さんから伝わる色んな感覚のせいで、顔を真っ赤にして固まってしまい、あっさりと紙袋を奪われてしまった。アクシデントとはいえ、昨日は身体に抱きついたにも関わらず情けない限りである。


 口を金魚みたいにパクパクさせている明から紙袋を奪うと、楓さんはすかさず一歩下がり上機嫌で明の顔を見つめ直し、赤面した。


「あっ、あの、すいません。急になれなれしくしちゃって」


明の様子を見て、自分のしたことの意味を悟ったのだろう。顔を真っ赤にしたまま焦り始める。


「わ、私。病院ばかりだったし、友達少なかったし、その、あれで、空気読めないっていうか、人との距離の取り方が上手くないっていうか、男の子って弟しかいなかったから接し方が不適切に……とっ、とりあえず、すいません! これ返します!!」


 そして、品物を渡すデパートの店員顔負けの角度で頭を下げてきた。もちろん、紙袋は高く上げたままだ。


「っぶはぁ!」


 その姿に噴き出す。今度は恥ずかしさではなく、笑いのせいで顔が真っ赤になっている。昨日といい今といい、人を驚かせたり、感心させたり、恥ずかしがらせたり、笑わせたり……


「あははははは! いいね、あんた。飽きねぇわ」


 どうしたらいいのか戸惑っている楓さんをそのままにひとしきり笑ったあと、明は紙袋を開けるように促す。


「えっ、でも」


「気にすんなって。元々あんたにやるつもりだったんだ」


 催促されるまま、おずおずと紙袋を開いた楓さんは、中から四角いタッパを取り出した。


「これは……お弁当ですか?」


「そう、弁当だ。今日朝飯当番でよ、ほら、あんたうちのセーラー服着てるけど、生徒じゃねぇだろ? だから給食食えねぇだろうと思ってあり合わせでつくっててきたんだ」


 頭を掻きながら「色気のねぇやつで悪りぃけどよ」と呟く。赤面はしてないが、苦笑しているところをみるとそれなりにむず痒いようだ。


「けど、よくよく考えれば、幽霊だし腹へらねぇよな。さっき気がついちまってさ。無理なら言ってくれ、後で俺が食っちまうから。って、おい?」


 明の呼びかけに、楓さんは「へっ?」と言ってお弁当から顔を上げる。その瞳には涙が溜まり、今にも泣きだしそうだ。


「……どうした?」


 ゆっくりと声をかける。これで悲しそうな表情をしていれば明も大いに焦っただろうが、楓さんは確かに微笑んでいた。


「何でもないんです。とっても嬉しい……ありがとうございます」


 涙をぬぐう楓さんに、困惑しつつも何とか微笑みかけることに成功した明であった。


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