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私を成仏させないで!  作者: いばらぎとちぎ
22/26

七月十六日~day 12~


****



 明は夢を見た。それは、いつもの神社の夢ではなかった。


 これで決定だな。明は目の前にいる少女を見て納得する。


 少女は病室のベッドの上で絵本を読んでいた。ちらりと見える内容は最近見たばかりなのでよく覚えている。タイトルは『つばさをぬらしたねこ』、楓さん幼い頃から何度も読んだと言っていたお気に入りの絵本だ。


 少女は黙々とページをめくっている。前回の夢から少しだけ時間が経っているのだろうか。髪の毛が少し伸びている。


 身体が動かないので頭の中だけでも考えるポーズをとった。


 何らかの理由で楓さんの過去を夢という形で見ている。状況を考えるにそういうことになるのだろう。ならば自分の身体が全く動いてくれないことも少しだけ納得できる。自分の夢ではなく他人の記憶だから、もしくはどういった形であれ過去に触れることは誰にもできない、ということなのかもしれない。


 だが、今はそんなことはどうでもいいのだ。問題は楓さんと自分の母が知り合いだったということ。これは一体どう考えればいいのか……


 頭の中を引っかき回していると後ろでドアが開いた。よく見るとここは個室だった。


「はーい。注射の時間ですよ~」


 入って来たのはまだ新人っぽい看護師だ。幼い子の相手は慣れていないのか、緊張を隠し切れていない。


 看護師は楓さんに近づくと話しかけながら注射の準備を始める。一方、楓さんは頑なに絵本を見つめたままだ。


 それに困った看護師は持ってきた人形やおもちゃなどを使って気を引こうとするが全く無反応で、数分ほど二人の攻防は続いたのだが、


「もう、そんなに我がまましてるとママとパパに言いつけちゃうわよ!」


 業を煮やした看護師が最後のカードを出した。すると、それまで無反応だった楓さんは、強く絵本を握りしめ次の瞬間には壁に投げつけていた。


「ちょっ、何するの!」


 驚いた看護師が絵本を取りに行こうとする。


「さわらないで!」


 初めて声を発した。今よりもずっと高い、幼児特有の甲高い音。


「パパもママもせんせいもうそつき!おうちにかえれるっていったのに! みんなであそびにいくってゆびきりしたのに! あたしはいっぱいがまんしたのに!!」


 ――きらい!


 幼い楓さんが叫び、瞳から涙を流す。


 若い看護師と同じように明も立ちつくす。まるで実際にこの場に立ち会ったかのような気分になっていた。


 ピンポーン。気まずい雰囲気の中、場違いな音が鳴り響く。ピンポーン、ピンポーン。初めはそれに気を止めることもできず、泣いている楓さんを見つめていた明であったが、さすがに何度も鳴らされると気にしないわけにはいかなくなる。


 ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピン……


「うるせー!!!」



****



 目が覚めた。むくりと上半身を起こす。いつもよりも長く夢を見たせいだろうか……頭がふらふらする。


 時計を確かめると時刻は午前十時を過ぎたところであった。ゆっくり寝ようと思って昨日は目ざまし時計をセットしなかったことが功をそうしたらしい。


 ピンポーン。


「……うるせーな」


 ベッドの隣にある窓を開け下を覗く。


 一体誰だこの野郎……場合によっては投げつけてやろうと力強く枕を掴み


「うるせーってんだ! 何の用だコラッ!!」


 と叫んだ。自分の声が頭に響き気持ちが悪くなるのを我慢して睨みつける。


 すると、一階の屋根、ちょうど玄関を隠すように突き出てい部分から犯人が顔を出した。いや、正確には犯人たちか。


「煩いとは何だ。電話に出ないのでこうしてわざわざ来てやったと言うのに」


「あははは。いきなりお邪魔してごめんね」


「さっさと中に入れてくれないかな。あついんだけど」


 三者三様の反応。そこには、龍一と修二と猛が立っていた。


 電話? 携帯電話を確かめてみる。すると電源が切れていた。昨日帰ってきてから、誰と話すのもいやだったので電源を切ってしまっていたのだ。


 失敗した……そう思いつつそこで待つように伝える。


 今度は呼び鈴の電池を抜くようにしよう。そう決意した。





「でっ、どうしたんだよ、急に」


 明は三人を居間に通すと冷房を入れてお茶を用意した。


「いやな、お前が楓さんの隠し事について悩んでいると聞いてな」


 龍一が答え、明は眉を顰めた。確かにその通りだが……明はじろりと修二を見つめる。


「ごめんって。でも仕方ないだろ。友達が悩んでるって聞いたら何とかしてあげたいじゃない」


「まったく。このバカップルめ……」


 大げさにため息をつくものの、その顔はどこか嬉しそうだ。


「まぁいいや。それで話しでも聞いてくれんのか?」


 問いかけに龍一が飲みかけのコップをテーブルに置いた。


「それはもちろんだが……もし、お前が知りたければあの幽霊が何を隠しているのか教えてやろうかと思ってな」


「なっ、お前分かるのか!? 何で?」


「落ち着け。単に調査を続けていただけだ。すまなかったな」


 腰を浮かしかけた明にケロリと本当のことを告げる。


 そういえば三人でこそこそしてたな……すっかり忘れてた。


「まぁ、いいけどよ。何でこそこそする必要があったんだ?」


 別に怒るつもりもないが、やはり陰で動かれるということは気持ちのいいものではない。


「今さらだが楓さんは近くにいるのか?」


 少し間をおいて、龍一が囁くような声で尋ねる。


「いや、いねぇけど……」


 その変わりように軽くうろたえてしまった。修二と猛の顔も確かめると、二人とも難しそうな表情で口を閉じていた。


 居間の空気が変わった。


 龍一が前かがみになり、ソファーがギシと音を立てた。


「……あの幽霊がお前に危害を加えないかと心配だった」


「危害? 楓が俺に? そんなことあるわけねぇだろ」


 訝しげな顔になる。確かに最近ギクシャクしているものの、楓さんが自分に危害を加えるとは思えない。いきなり何を言い出すのか。


「そうかな。お前もこの話を聞けばそんなことは言えなくなると思うが。とりあえず結論から先に言おう。あの幽霊は楓さんじゃない。いや、正確には『恋する幽霊』の楓さんじゃないと言うべきか……いずれにせよ、あいつはお前を騙している。そういうことだ」





「楓が……俺を? そんな」


 手のひらで額を覆う。言葉がうまく出てこない。明自身楓さんが隠し事をしていることは勘付いていたし、最近連続して見ている夢のこともある。


「俺たちも正直驚いた。しかし、事実だ。これを見てくれ」


 明が黙っていると龍一は手にしていたバックから六冊の冊子を取り出した。


 その表紙には中央上に大きく『学校新聞年度版』と書かれており、その下にそれぞれ一九八八年度版、一九九五年度版、一九九六年度版、一九九七年度版、一九九八年度版、そして二〇〇〇年度版と記してあった。所々貼り付けてある付箋は、龍一たちがつけたものだろう。用紙の色と比べて真新しい。


「俺たちが調べた結果、出てきたのはふたつの事実だ」


「二つの事実?」


「そうだ。一つは、『恋する幽霊』には元ネタがあったこと。そして、元ネタでは誰も死んでいないし、ハッピーエンドで終わっていること。二つ目は『恋する幽霊』は創りもの……つまり、その元ネタを改変して作られたフィクションだということだ」


 明はテーブルに並べられた冊子へと視線を落とす。


「少し長くなるが、どうする?」


 それは聞きたくなければここで止めにすると言っているのだろうが、


「そこまで言っといてそりゃねぇだろ。最後まで聞いてみなくちゃ判断できねぇだろうが」


 ここまで来て後戻りもできない。何より、明自身楓さんの秘密について純粋に知りたかった。


 龍一は深く頷くと口を開いた。


「では、まずは元ネタの説明だ。この一九八八年度版、一番古いものだが、ここの部分を読んでみてくれ」


 龍一が付箋の貼ったページを開きある個所を指さす。そこには生徒への突撃インタビューと題したコーナーが設けられていた。


 どうやら数人の生徒たちに、体験した面白い出来事、珍しい出来事などをインタビュー形式で語ってもらうというコーナーのようだ。


 明は唇をキュッと引き締め文章を読んでいく。すると、その号で紹介された最後の一人の話しに目が留まった。


 そのタイトルは『幸福を呼ぶ楓の木』。


 これって……?


 龍一の方を振り向くと無言で読むように促された。


 ~『幸福を呼ぶ楓の木』

 女生徒Aさん:学校の裏手にある神社の大きな楓の木を知っていますか? 実はあそこの楓の木は幸福へと導いてくれる木なんですよ。私の友達も病弱だったのですが、毎日あの神社にお参りしていたら、なんと楓の木の下で素敵な先輩に告白されちゃったんです。しかもそれからというもの、病気も段々良くなるわ、その先輩も無事に高校に合格するわ、いいことづくめなんです! あっ、もちろん先輩ともきちんと付き合ってますよ。


 記者:それは素晴しいですね! ですが、それなら幸福を呼ぶのは楓の木ではなくて神社の神様なのではないですか?


 女生徒Aさん:だって、そっちの方がなんだかロマンティックじゃないですか。神様には申し訳ないですけど。


 記者:まぁ、確かに。しかし、不思議なこともあるものです。あの神社は縁結びだと聞いたことがありますが、これはかなりの御利益が期待できそうです。恋に悩んだ人はぜひお願いしてみてはいかがでしょうか。 ~


 読み終えた明は短く唸った。確かに多くの点で『恋する幽霊』と重なる。


 しかし――


「ちょっと待ってくれ。仮に昔、『幸福を呼ぶ楓の木』なんていう話しがあったとしてもだ、『恋する幽霊』とじゃ内容が真逆過ぎるだろ……たった二十年ぐらいで百八十度も内容が変わるもんなのか? それも真逆になってんのは話しの核心だぞ?」


 話しの方向が違い過ぎる。一方では恋する女の子は幸せになって、もう一方では不幸な結末を迎えしかも幽霊として人を呪うなんて……たかだか二十年でここまで話しが変わったりするのだろうか。


「むしろこの記事より後に『幸福を呼ぶ楓の木』を信じたて試した子がいて、実はその子が『恋する幽霊』の元ネタだった、とかは考えられねぇのか? まだ見つけてないだけで別の元ネタがあるんじゃねぇのか? それが俺の出会った楓だとか」


 そうだ……そう考えた方がよっぽど筋が通るのではないか。きっと、今自分と一緒にいる楓さんが生前にこの伝説を真に受けて試したに違いない。あのロマンチストのことだ。充分あり得る話しだ。


 その結果、噂が上書きされ今の『恋する幽霊』になったのではないか?


 明は自分の考えを伝える。が龍一は黙って首を横に振った。


「もし明の言う通りだとしたら、一九八八年以降に玄田中の女子が神社で死んでいなければならない。だが、そんな子はいなかった。ここ三日、市立図書館や警察署に行って確かめたがそんな事件は一つもなかった」


 そう断言した。


「それに、これが元ネタだった証拠もそこにある」


 明は残りの学校新聞を見つめた。


「そう、この一九九五年度版~一九九八年度版、このなかに答えは全て書いてあった」


 残りの五冊を明の前に並べる。そのどれも付箋の数がやたらと多い。


 そんなに楓さんに関する記事が多かったということだろうか?


「付箋の数がやたらと多いな……」


「その通りだ。この年代はどの冊子でも最低三回は学校の七不思議特集を行った記事がある。新聞の年間発行件数が平均七回だから、実に三分の一を学校の七不思議に使っているということになる。しかし、この全てが楓さんに関する記事ではない。この付箋が貼っている記事は、一九九五年から始まったある企画に関する記事なんだ」


「ある企画?」


「そう。実は、一九九五年の一つの企画によって玄田中の七不思議は全て創られた。『恋する幽霊』も含め全ての七不思議が、だ」


「ねつ造ってことか? なんでそんなことを……?」


 龍一が修二に目配せをする。修二は頷くとコピーを取りだした。


「流行ったんだよ。全国的に学校の七不思議が」


 差し出された用紙はネットにある百科事典サイトのコピーだった。左上に『学校の七不思議(映画)』と見出しが付いている。


「この時期『学校の七不思議』という映画が全国で大ヒットしたんだ。そして、それにあやかるように学校の怖い話を題材にしたドラマやアニメや書籍が誕生して軒並み人気作となった。特にその火付け役となった映画『学校の七不思議』は人気でね。全部で四シリーズでている。その年代がちょうど」


「一九九五年~一九九八年ってわけか?」


  修二が困った表情で頷いた。


「正確には一九九八を飛ばして、最後の第四シリーズは一九九九年に放映されたんだけどね……まぁとりあえず、この一九九五年度の記事を見て欲しいんだ」


 明へ冊子を渡す。そこには、『新聞部企画・十年後の玄田中に七不思議を!』と題された記事が書かれていた。内容を読んでみると、玄田中の十年後に学校の七不思議をつくるために今からでっち上げようという身も蓋もない企画で、生徒から話しを公募し優秀な作品を新聞部が選んで、それが学校に根付くようにバックアップしていくというものだった。


 要するに流行の波にあてられたのだ。なんの面白みもない普通の中学校である玄田中を少し面白くしてやろう。それで、将来でっち上げた七不思議の一つでも残っていればいい笑い話になる。その程度の気持ちだったのだろう。


 明は次の冊子付箋が貼っているページをめくる。


 すると、そこには公募によって選ばれた七不思議が紹介されていた。そのほとんどは現在となってはもう誰も知らないような、そんなものばかり……そして、それら話しの一つに『恋する幽霊』が確かに書かれていた。


「結局、ブームが下火になるのと一緒にこの企画も倒れてしまったみたい。まぁ、それが却って良かったのかもしれないけど……『恋する幽霊』は元々土台もあったし、すぐ近くに神社もあったから今まで残りやすかったんだろうね」


 誰が思いついたのかは知らないが余計なことをしてくれたものだ。修二がやれやれと首を横に振り、全ての説明が終わった。


 明は冊子をテーブルの上に置く。念のため他に残されている分も確認するが、全て七不思議企画の続きものだった。


「明、お前はどうするのだ?」


 沈黙を破るように龍一が口を開いた。考え込んでいた明は顔を上げる。


「どうするって……」


 どうすればいいんだ? そう聞き返したいのを無理やり飲み込んだ。


 どうすればいいのかなんて分からない。この証拠がある以上、龍一たちの言い分が正しいのだろう。


 しかし、だからといって今すぐどうこうなどと決められるはずもない。この話を聞いてなお、明は楓さんが自分に危害を加えるとは考えられなかった。


 あくまで、明は、だが……


「今すぐ御祓いに行こう」


 龍一が真剣な瞳で見つめる。楓さんと直接交流を持ったことのない龍一からすれば当たり前の意見だろう。


「それ、は」


 明が口ごもる。龍一とは幼馴染で最も信頼のおける親友だ。明は今までこの友の本気の言葉をはねのけたことはなかったし、その言葉が間違っていたこともなかった。


 しかし、今回は――


「どうした。あの幽霊はお前を騙し続けていたんだぞ? 何が目的かは知らんがその時点で十分に危険だ。そもそもさっさと除霊するべきだったんだ。それに良く見ると顔色が悪いじゃないか。もしかしてもう身体に影響が出始めているのかもしれん――いいか、も一度言うぞ、よく聞くんだ。あの幽霊はお前を騙して自分のために動かしていたんだ。そのために楓さんの名前を語ってお前に近づいたんだ。信用なんてできるものか! さぁ、今からすぐにでも寺なり神社なりに行くんだ!!」


 一番言いたかった内容に差し掛かったせいか龍一の語気が強くなっていく。明はそれに反論をすることもできずに、ただ俯いていた。


 力なさげに頭を垂れるその姿は、余りに弱々しい。


「ちょっと待ちなよ。約束が違うじゃないか」


 そこに今まで静観していた猛が口を開いた。


「どうするかは明自身に決めさせる。そういう約束だろ? それに、楓さんが嘘をついていたからって、明に危害を加える証拠にはならない」


「それは、泥棒だと分かっているやつが誰もいない家を覗いてるのにあいつはまだ盗みを働いていないから問題ないと言っているのと一緒だ。何かが起こらないと動けないなんてどこの警察だお前は」


 龍一が睨みつける。


「嘘にだって色々あるだろ。泥棒と一緒にするなよ」


「嘘つきは泥棒の始まりと言うがな」


 負けじと猛も睨み返す。


「まぁ、まぁ、二人とも落ち着いて。本人を置いてきぼりしても仕方ないって」


 そして、いつものように間をとりなすのは修二だ。修二は、二人のやり取りを聞いていたのかいなかったのか、よく分からない表情でぼうっとしている明を見つめると、


「さて、俺たち探偵はこれでおいとまするよ。後の判断は猛の言った通り明に任せる。ただ、僕たちも心配なのは変わりないんだ。だから除霊の準備……といっても、適当な寺か神社を探すくらいだけどそれを進めることは許して欲しい。ダメかな?」


「ちょっと待て、まだ俺は納得していない!」


「あーもう、うるさいね。せっかく話しがまとまりかけてんだから邪魔しないでよ」


 修二の後ろではまだ猛と龍一がやり合っていたが、明は構わず頷いた。三人がバックアップしてくれているのだとしたら心強い。


「よろしく頼む」


「うん、了解した」


 修二は微笑むと後ろでギャーギャーと言い合いをしている二人を連れて下鴨家を後にした。これ以上は明にプレッシャーをかけるだけだと判断したのだろう。


「楓が、楓じゃない……か」


 見送りを終え、三人のコップをキッチンへ運んだ明は前のめりに流し台へと身体を預けた。


 磨き上げられた銀色が歪に顔を写し出す。情けない顔しやがって。靄のかかった自分をそう罵った。





 明の家を出た三人は行きつけのハンバーガー店でお昼を取っているところだった。お昼時ということもあってかなり混んでいたが、なんとか座ることに成功した。やはり休みなせいか家族連れが多く、せっかくのお洒落な音楽も近くで騒ぐ子どもたちの声にかき消されてしまっている。


「まったくお前らときたら、完全に実害が出ているではないか!」


 怒りのあまりハンバーガーを握りつぶしているのは、やはり龍一だ。実害とは明の体調のことで、帰り際、何か伝えておきたいことはないかと聞いたところ、明から最近見る夢の話と最近体調が悪いことを聞いたのだった。


 それを龍一は確実に楓さんのせいだと言い張り、再度無理矢理明を連れ出そうとしたのだが、それをほとんど修二一人で宥めてここまで連れてきたのだった。


「まったく、だから過保護過ぎるって言ってるじゃないか。明を取られたくないからって何癖ばかりつけるなよ。みっともない」


 それを猛が皮肉る。先ほどまでは何か物思いにふけるようにしてずっと黙っていたがここに来てやっと口を開いた。おかげ力を使い果たしたのが修二だ。テーブルに一人突っ伏している。


「過保護とかそういうことではなく、これは放っておいていい状態ではないだろう。衰弱死でもしたらどうするつもりだ」


 メガネの奥が怒りの炎で燃えていた。猛はため息をつくとそろそろ鎮火しようかと身を乗り出した。


「僕だってその心配をしてないわけじゃない。でも、多分その心配はない」


「どういうこと?」


 修二が顔を上げる。


 怒りで冷静さを失っている龍一は仕方ないとして、修二が気づいていないことに猛は驚いた……が、それも自分が目の前にいるイカれるメガネを宥めるのを手伝わなかったせいか、と思い労いの意味も込めて肩を叩いておく。


「うん、まぁ、確証はないんだけどね」


 猛は隠し事をするように周囲へ視線を送ると小さい声で話し始めた。それはほんの五分程度で終わる話しであったが、二人の顔色を変えるには十分過ぎる内容だった。


「それって、ありなの?」


「眉唾ものだな」


「僕だって信じられないさ。でも、明の話しや僕の知っている情報から考えるに間違いないと思う。調べてみる価値は十分にある」


 二人が口を閉ざす。どうやら考え込んでいるようだ。


「それがあの幽霊の目的につながるのか……」


「正解なら、目的ははっきりするだろうね」


 龍一の呟きに猛が答える。


「明にはどうするの? 伝える」


「いや、自信はあっても証拠がない。下手に揺さぶるのは止めておいた方がいいだろうね」


 修二が頷く。確かに明の状況を考えるに今不確定な情報を与えてもパンクするだけだろう。


 三人は視線を見合わせる。どうやら猛の意見に賛成のようだ。


「そしたら、しばらくは探偵業復活だね」


 細い目をさらに細めて修二が笑う。


「そう悠長なことは言ってられないぞ。明の身体があの幽霊に影響を受けている可能性は高いんだ。決着をつけるなら短期決戦。そして除霊の準備と同時並行だ」


 楽しそうな修二に龍一が突っ込む。大分冷静さが戻って来たらしい。


「吉と出るか凶と出るか……とりあえず情報収集といくかい」


 猛は携帯電話を取り出すとある人へ電話をかける。今自分が一番知っている中で、最も有益な情報を持っていそうな人だった。





 三人が昼食をとっている頃、明はベッドで横になっていた。


 手を広げ、グッパッと二度三度動かしてみる。問題ないことを確認してホッとため息をつく。


 体調は日を追うごとに悪くなっている。動けない程でもないし、だるさといっても微熱程度のものだがこれからどうなるのかは予想がつかなかった。


 ――それはあの幽霊が原因ではないのか?


 帰り際、龍一の言葉を思い出す。今まで楓さんが自分に危害を加えるなどと考えたこともなかったので、体調の変化と彼女について結びつけることもなかった。


 しかし、楓さんが自分を騙していたと知った今、正直、恐れを抱き始めていた。


 先ほどまではそんなことあり得ないと思っていたのに、一人になった途端、このザマだ。


 冷房はいつもより高めに設定しているのに背中に悪寒を感じてタオルケットで丸まる。


 恐れを振り払うように頭を振った。体調が悪くなるにつれて気持ちまで弱くなっている気がした。


 自分は後悔しているのだろうか。あの時、夕暮れに沈む神社で彼女を受け入れたことを……そんな思いがふと頭をよぎる。


「いや、そんなことねぇ。楓に限ってそんな……」


 本当に言い切れるのか? そっと何かが耳打ちする。


 いくらお前が信じると言ったとてあいつは所詮幽霊だぞ?


「うるさい、うるさい」


 それもお前を最初から騙していたんだ。思い出せ、初めて会ったあの日。薄暗闇で彼女は自分のことを何て言った? 楓さんだと名乗っただろう?


「そんなこと関係ねぇ。俺が、俺が、楓を信じるって決めたんだ」


 それも本当か? 信じているのなら何故お前は楓さんに冷たい態度を取ったんだ? 認めろよ。本当は薄々感じてたんだろう。自分が騙されてるんじゃないかって。


「楓は……俺を好きだって言ってくれた」


 それも全部ウソかもしれないのに?


 明は堪らず顔を枕に押し付けた。いっそのこと息が止まって頭まで酸素が回らなくなればいい。そうすれば、ゴチャゴチャと何も考えなくて済むのではないか。


 消えてくれ、消えてくれ、もうなにも考えたくない。頼むから消えてくれ


 誰に? 誰に消えて欲しいんだ? 俺に、お前に、それとも……あの幽霊にか?


 頭の中でこだまする声は、夕方、正と紅葉が合宿から帰ってきるまでじわじわと明を悩ませ続けたのだった。





 真夏の強烈な光の下、それでも寂れた神社は鬱蒼とした木々に守られ薄暗かった。そんな神社の境内に生える楓の大木の前で、少年が何やら独り言をつぶやいていた。


「本当にそれでいいのかよ。もう会えないかもしれないのに」


 まるで手が電話線の役目を果たしているかのようにゴツゴツと節くれだった幹にまだ成長途中の掌をあてている。


「分かった」


 少年は頷き幹から手を話し、神社を後にしようと歩きだす。


 途中、後ろ髪を引かれるように何度も楓の大木を見返すが、ただ風に煽られてざわざわと揺れるばかりであった。


 唇を噛みしめ走り出す。自分にはどうしようもできないことだと分かっていても、悔しさだけは押さえきれない。


 ならば、せめて自分の預かった役くらいはまっとうして見せよう。その手に握る折りたたまれた一枚の紙を見つめ、そう誓った。


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