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私を成仏させないで!  作者: いばらぎとちぎ
21/26

七月十五日~day 11~

****



 明は周りを見渡し嘆息する。あぁ、またこの夢か。


 目の前には色づいた楓の木と寂れた神社。そして、その神社の前では、母と誰か分からぬ幼稚園くらいの子どもが前回と同じように明へ背を向けて立っていた。


 身体は……相変わらず動かないっと。明は身体の動きを確かめるがこれも前回と同じでまったく動かなかった。


 何なんだこれは。心中で肩を落としていると、


「おばさん。あたし、べつのびょういんにうつることになったの」


 今回は声が聞こえた。


 おっ、今回は音声ありか。声からすると女の子か。おばさんって呼んでるってことは少なくとも紅葉じゃねぇな。


「そう……寂しくなるわ」


「うん。あたしもさみしい。せっかくおばさんとなかよくなれたのに」


 えっ!?


 少女が顔を上げた瞬間、明は心の中で驚きの声をあげた。


 楓じゃねぇか……


 唖然とする。なぜ、母と楓さんが一緒にいるのか?


 見間違えではないかと確認しようとするが、前を向いてしまい顔が見えない。


 ピピ、ピピ、ピピピピピピピ……


 明が目を細めているとどこからか騒音が聞こえてくる。二人はまだ何かを話しているようなのだが、音に邪魔されて聞こえない。


「だー! もううるせぇな!!」


 とうとう苛立ちが爆発して、騒音に向かって叫ぶ。


「あれ、声が出る……」


 突然声が出たことに驚いていると、今度は足元が揺れ始めた。石段に亀裂が入り、後ろの方からボロボロ崩れていく。そして、とうとう足もとまで崩壊を始め、暗い闇の中へと落ちていった。



****



 目を開けると間の抜けた表情で辺りを見回した。自分の部屋だ。


 前回といい今回といい妙に現実じみた夢だった。


 汗を拭いつつ、いいところで現実へと引き戻してくれた目覚まし時計を、やや乱暴に止める。いつ買ったのかも忘れてしまった、丸いサッカーボールの形をした目ざまし時計が鳴き止んだ。


 時刻は朝の七時。間違えていつも通りに時間をセットしてしまったことを悔やむ。もう少しであの女の子が、本当に楓さんだったのかを確かめられそうだったのに……


「三時に市立病院か……」


 楓さんの顔を思い浮かべる。今の夢は何か意味があるのだろうか。


 そんなことを考えたが欠伸一つでかき消した。


 夢は所詮夢だし、あまり深く考えるのもイヤだった。なので、そのまま睡魔に逆らうことなくもう一度横たわることにする。


 次は何の夢も見なかった。





 玄田市立病院は玄田市の中央に位置する総合病院で、それなりの広さと規模を誇っている。現在入院棟は、古い棟と最近建設された新しい棟に分かれており、新しい棟は整然とした雰囲気で、どちらかというと角ばった造りでありながら、人を安心させるような工夫として壁の色や音楽などに気配りがうかがえる。


「真菜華の病室は三階だからエレベータに乗ろう」


 翔太が小声で呟く。周囲の人に楓さんは見えないのだから大声で話すわけにはいかない。


 楓さんはどことなく元気なさげに返事をすると後ろを振りむく。


 後ろでは明が一階ホールにある椅子に座って手を振っていた。気にせずに行って来いということだろう。


「ほら、行くよ」


 翔太が引っ張るようにして楓さんを連れていく。時刻は昼の三時を過ぎたところ。乳白色と緑に彩られたどこかホテルを思わせる様な広いエントランスで、明は二人を見送った。





 結構人多いんだなぁ。入院棟に来たのなんて母さんが死んだ時以来か。まぁ、あの時はこんなに綺麗じゃなかったけどな。


 そんなことを思いながら人が移動するのを眺める。自分と同じように誰かを待っている人、談笑している人、携帯を触っている人、受付をしている人様々だ。


「何やってんだか……」


 一人待つことを選択した自分に、ため息を落とす。


 その時、


「あれ下鴨じゃない」


 声をかけられた。


 首を傾けた先には、花柄のワンピースに腰くらいまで伸びた艶やかな黒髪。


 誰だ?


「奇遇じゃない。何してるのよ?」


 知っているはずの誰かは、手前一メートルほどで立ち止まり勝気な笑顔を見せた。


「……あぁ、橘か」


 挨拶されて数秒、それでやっと目の前にいる相手が誰か理解した。


 その調子に鈴香がガクッと首を落とす。


「あんたねぇ。一応同級生で、友達の彼女でしょう。初めて会うわけでもあるまいし顔くらい覚えときなさいよ」


「あぁ、すまん。そうだな」


 軽く頭を下げる。すると、鈴香は驚いたような表情をしつつ隣に座った。


「どうしたのあんた? いつもの元気がないじゃない」


「そうか?」


「そうよ。普段なら、いつもと違う格好なのに分かるわけねぇだろ! とか。髪型が違うじゃねぇか! そんなん分かるか!! とか無駄に噛みついてくるキャラでしょう。あんた」


 鈴香の言い草に眉間にしわが寄る。


 でも、まぁ、確かに調子が悪いと言われればそうなのだろう。


 相変わらずだるいままだし、何より気持ちが安定しない。その結果がここまで付いてきておきながら一人待つ、というこのあり様だ。


「なぁ、橘。女子が男子に隠し事する時ってどんな時だ?」


 ふと、そんなことを聞いてみる。


 そう、隠し事だ。明は楓さんが隠し事をしていると考えている。というよりも半ば確信していた。それは昨日の翔太の態度からも察することができたし、よくよく考えてみれば一昨日の昼休みに屋上へ来なかった理由も寝ていたということはないだろう。


 もしそれが本当なら、まず真っ先に楓さんは謝るはずだ。それをしなかったということはその話しに触れられたくはなかった。翔太が何か知っている節を見るに、特に明には、ということになる。


 多少言い訳みたいになるかもしれないが、明は別にそれが悪いとは思っていない。相手は幽霊だし隠し事の一つや二つあるだろう。と頭では理解している。しているのに、胸の奥がもやもやする。


 理性とは別のところで処理できない感情があり、その感情を明は理解できないでいた。


「ふ~ん」


 鈴香は、いきなりの質問にその勝気な瞳を面白そうに輝かせた。


「なに。気になる子でもいるの? それとも、もう付き合ってるとか?」


「そんなんじゃねぇよ。ちょっと気になっただけだ」


 その輝きから逃げるように顔を逸らす。鈴香はすぐに踏み行ってはいけない話しだと判断したのか、それ以上は追及してこなかった。


 似たものカップルだな。明は修二の顔を思い浮かべつつ言葉を待った。


「色々あるとは思うけどねぇ。女心は複雑だから。詳しく話を聞かないと分からないけど、とりあえず質問。あんたその子に嫌われてんの?」


「嫌われては……ねぇと思う。ただ、愛想は尽かされたかもな」


 明は薄く笑った。


「ふ~ん。嫌われてないならあんたを気遣って、ていう線が強いけど、愛想を尽かされたとしたらまた話しが変わるわね。何したの?」


「何もしてねぇ。少し素っ気ない態度を取っちまったくらいだ」


「なんで素っ気ない態度なんか取ったのよ?」


「……それは、隠し事をされてるから?」


 自信なさげに答える。本当にそれだけか? そんな考えが頭をよぎり途端、もやもやの濃度が増す。


「何であんたが疑問形なのよ……」


 鈴香は呆れたような目で明を見つめると、すぐに仕方ないわねと呟き人差し指をピンっと立てた。


「まっ、とりあえず、あんたの彼女が嘘をついたのは知られたくないことがあったからね」


「は?」


 その答えに明は唖然とする。


 まさか、あの橘鈴香が、こんな当たり前のことを自信満々で答えるなんて……ていうか、彼女じゃねぇし。


 暑さで頭でもやられたのだろうか? 明がポカンとしていると鈴香が不本意だとでも言うように口を尖らせた。


「何言ってんだこいつって顔してるわね。いい、下鴨。あんたは女子が男子に隠し事をするのはどんな時だって、私に聞いたでしょう」


 ずいっと差し出された指にのけ反るようにして明は頷く。


「そんなの考えなくても簡単よ。男も女も関係ない。人は隠したいことがあるから隠し事を……もっと言えば嘘をついたりするんだから」


「んなことは分かってるよ。俺が知りたいのはその隠し事をした理由だよ。大体、お前さっき女心は複雑だとか抜かしてたじゃねぇか」


 反論する。その大枠では真実だが個別ケースには全く対応していない答えに軽くイラついてしまったせいで声が大きくなってしまった。


「細かいこと気にすんじゃないわよ。男のくせに」


 が、この一言で簡単に押さえこまれる。つい先日も似たようなセリフで紅葉に散々やられたのを思い出した。


「まぁ、私の話し方も悪かったわね。ごめんなさい」


 鈴香がぺこりと頭を下げる。


「つまりね。本人へ聞けってことよ。何を隠しているかなんて、その理由や気持ちも含めれば本当に分かるのは本人だけなんだから」


「だからんなこと分かってるって。それができねぇから悩んでんだろうが」


「……そこよ」


 声のトーンが急に低くなった。


「問題なのは、聞けばいいって答えが分かっているのに何故それができないのか。そこじゃないの? 今度は私が聞くわ。下鴨は、なぜ彼女に『隠し事しているのか?』と聞かないの?」


「なっ……」


 明が口ごもる。鈴香はその様子をじっと見つめるとふっと表情崩して立ち上がった。


「余計なおせっかいが過ぎちゃったわね。何だか真剣な悩みだったみたいだし、参考程度に考えておいて」


 そして重たい空気を退けるようにぐっと背伸びをする。


「修二は、修二はどうだったんだ?」


「えっ?」


 なぜここで修二が出てくるのか。明の問いに鈴香が驚く。が、すぐに合点がいったのか苦笑い混じりで答えた。


「修二君はきちんと答えを出してくれたわよ。私が話してくれるまで待ってるから、自分に気を使わないでいいんだよ。だって」


 一転、その嬉しそうな笑顔がまぶしい。


「あっ、でもそういう解もありね。流石、修二君」


 鈴香はご機嫌そうにそう言うと、明に手を振って颯爽とその場を去って行った。


「何だよ。結局、分からねぇことが増えただけじゃねぇか」


 鈴香の背を見送る。自信たっぷりにまっすぐ伸びた背中が何だか羨ましく感じた。


「はぁ、喉渇いたな」


 鈴香を見送った明は、だるそうに立ち上がる。ついでにトイレにも行っておこう。


 キョロキョロと辺りを見渡しトイレの標識を見つけ、それに従い歩いていく。するとT字路に差し掛かり、正面突きあたりの壁に右を指差したトイレの標識があった。そして、手前の曲がり角には自販機も置いてある。


 明はラッキーだと思いつつ先にトイレに行くために曲がろうとして足を止めた。


 楓さんと翔太がトイレの入り口の横に立って何やら話をしていたのだ。


 何でこんな所に? 思わず隠れてしまった明はそっと二人を覗いた。どうやら帰りはエレベーターではなく階段を使ったらしい。それで降りる場所が行きと違ったのだろう。


 翔太が壁に寄りかかり、誰かを待っている風な形で何かを話している。いや、もしかしたら本当に待っているのかもしれないと思ったが、しばらくしても誰も出てくる様子もない。


 手に絵本も持っていないしもう渡して来た後のようだ。そもそも、二人が病室に向かってからすでに小一時間は経過している。それで渡していなかったとしたらそのほうが驚きだ。まさか、ドッキリを仕掛けようとしてその内容が決まらないなどということでもあるまい。


 何とか聞き取れないかと耳を澄ますが、人には見えない楓さんと会話しているためか、全く聞き取れない。二人の表情を見るに何やら真剣な話をしているようなのだが。


 仕方ねぇか……


 尾を引かれるのを我慢してその場を離れる。気がつかなかったふりをして出て行ってもいいのだが、盗み見た手前、何となく気が引けてしまった。


「何で俺がこそこそしなくちゃいけねぇんだ」


 明は一人文句を垂れながら待合室へと戻った。





 強い日差しの下、病院の門の前で翔太と楓さん、そして明の三人が話しをしていた。といっても主に話をしているのは二人だけではあるが。


 楓さんと明は目的を果たし帰るところだった。翔太はまだ妹と一緒にいるとのことなので見送りだ。


 明は何かを考え込んでいるような表情で口を閉ざしている。


 それというのも明が待合室へ戻ってすぐ、同じように戻って来た二人が、まるで、病室からすぐ帰ってきたかのように振舞ったことが腑に落ちないのだ。


 一体この二人は何も隠しているのか。明が悶々としていると。


「今日はありがとな。真菜華もすげぇー喜んでた」


 翔太が楓さん手を差し出した。


「うん。私も真菜華ちゃんの笑顔が見れて嬉しかったよ。ありがとう」


 楓さんもそれに笑顔で応え、差し出された手を握り返す。


 楓さんと明はもう一度翔太に手を振って病院を後にする。楓さんが名残惜しそうに何度も手を振っていた。





 病院からの帰り道、駅を降りた二人は神社に向かって歩いていた。


「それでですね。真菜華ちゃんはすっごい喜んでくれたんですよ。私のことを見ることはできなかったですけど、でも翔太くんに読んでもらっている時の瞳。もう、キラキラ輝いてて、すごく可愛いかったんです!」


 病室での出来事を事細かに話して見せる。声も弾んでいて、話している楓さんの瞳こそキラキラと輝いていた。


 それに対して浮かない顔なのが明だ。先ほどから頷くばかりできちんと話を聞いているのかすら定かではなく、そういうあり様なのでいつの間にやら楓さんの口数も減っていき、石階段を登り切って神社へ着いたころには会話が無くなっていた。


「あっ、あの」


 楓さんが口を開いた。


 夕立でも来るのだろうか、太陽は陰り、森に囲まれた神社は余計に薄暗くなっていた。


「……怒ってますか?」


「怒ってねぇよ」


 明が答える。


「嘘です。怒ってますよね?」


「怒ってねぇって」


 明の声が怒気を帯びる。


「ごめんなさい……でも、さっきからずっと怖い顔して黙ってるし、もしかしたら何か気に障ることをしたのかな、と思って」


「怒ってねぇって言ってんだろ!」


 楓さんの肩がビクッと揺れる。明が正気を取り戻した時には楓さんは俯いていた。


 明が舌を鳴らし顔を背ける。


 何時の間にこんなにギクシャクしてしまうようになったのだろうか……二人はどちらも口を開けないまま時間だけが過ぎていった。


 そして楓の木に留っていた蝉が何度かの鳴き声を残して飛び立った頃、明が口を開いた。


「俺、帰るわ」


 楓さんの顔が跳ね上がる。素っ気ないその口調はいつもの彼らしくない。


「明日も会えますよね。ねぇ、明くん! 私、話したいことが……」


 階段を降りて行く背中に呼びかける。が、明はまるで聞いてないかのように、何も応えないまま階段の奥へと消えていった。


 出会って始めて、二人は何の約束もしないまま別れたのだった。



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