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私を成仏させないで!  作者: いばらぎとちぎ
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七月五日~day 1-②~

「おー、久しぶりに来たけどやっぱ気持ち悪りぃなここ」


 鬱蒼とした木々を両脇に押し退けるかのようにして裏庭から延びた石階段を五分ほど登る。もう拝殿が見えているにも関わらず罰当たりな事を臆面もなく口走るその姿は、肝が据わっているのか、それとも本当にバカなのか、判断が分かれるところだ。


 鞄をわきに挟みポケットに手をいれたまま最後の石階段に足をかけた。


 頭上にはコンクリートでできた灰色の鳥居、その両脇には長年の風雨によって色あせた灯篭。足元には階段から拝殿まで、土の地面を二つに割るラインのように真っすぐ伸びた石畳。そして、その先には大きく牙をむいた二匹の狛犬が行儀よく鎮座している。


 大きく鼻から息を吸い込む。神社独特の雰囲気が香ったような気がして足を止めた。そのまま視線を鎮座した狛犬の背後、守られるようにして建っている拝殿へと瞳を移す。三メートルほどの小ぢんまりとした建物。薄汚れてしまった賽銭箱の上には大きなしめ縄が屋根から半円状に垂れ下がってる。懐かしむようにそれらを眺めると、今度は視線を少し斜め手前に引き戻した。


「よっしゃ。あれだな」


 気合いを入れて一歩を踏み出す。向かっているのは拝殿へと続く石畳の途中、左側の土の部分にそびえ立つ四,五メートルはあろうかという大きな楓の木。夕暮れの神社をその青々と生い茂った葉が不思議に彩っていた。


 スタスタと、木まで近づくと携帯電話のディスプレイを確認する。初期設定から変えていない、名も知らぬ滝の写真の上には18:48の文字。七時までもうすぐだ、早くしないとタイムアップになってしまう。


 とりあえず、木の幹に右手で触れてみる。自分の胴体よりも太い木の幹は表面がひび割れ節くれだっていて、年月を感じさせる。明がその表皮に触れたのは、長い時を経て悠然とたたずむ楓の木に何か感じいった、とかでは決してなく、その方が何となく気持ちが伝わるような気がしたからだ。


 瞳を閉じ、心を落ち着けて大きく深呼吸する。そして――


「楓さん付き合って下さい! 楓さん付き合って下さい! 楓さん付き合って下さーい!!」


 三回叫んだ。叫んだ言葉が、楓の木の幹に吸い込まれていくような錯覚を覚えて、一呼吸。期待に胸が躍り始めて、数秒。踊り始めた胸はさらに速度を増していき……数分。再び携帯電話を取り出す。表示された時間は19:01。


「……なんだ、デマかよ」


 軽いため息をつく。本気で信じていたわけではない。しかし、本当だったらいいのにという期待が意外に強かったことを中々離れてくれない右手が主張している。


「そうだよな。死んだ人にはもう会えないもんな……当たり前だ」


 瞳を閉じる。身体から力が抜け、前のめりになって倒れそうになる。何を期待してたんだか……自嘲気味に笑って、額が木の幹にぶつかりそうになったその時、――フヨン。本来なら固く、ゴツゴツとした木の表皮にぶつかるはずの額が、何か柔らかく、触り心地の良いものに着地した。


 ……何だこれ? その感触に違和感を覚えつつも何なのか確かめるために、両腕で横から触れてみる。すると、今度はぐにっとした感触と同時に、ビクッと震えたのが伝わってきた。


 明の脳内を今の感触が駈けめぐり、シナプスを焼き切る速度で過去に触れたことがあるかどうか照合作業を完了させる。その結果は、


「……腹の肉?」


 そう、最近肉付きが良くなった妹をからかうために横っぱらを掴んだ時と同じだったのだ。


「えっ、うそ。女の子?」


 まさか……!? 瞳を開けて額を軟らかい物体から離陸させる。そして、飛び立った目線の先にあったのは、


「い゛い゛……」


 大きな瞳に今にもあふれんばかりの涙をため込んでいる同じ年くらいの女子の顔。


 あっ、やばい。この顔はもう泣く寸前の顔だ。何とかしなければ。そう直感的に悟った明は、とりあえず褒めることにする。

 

「結構な肉付きで」 


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 


「おがぁっ!」

 

 ぐっと親指を突き出した右手が、彼女の左の手のひらに押されて頬に食い込む。思わず尻もちをついて見上げたその先には、大きな楓の木の表皮から、まるで窓から上半身だけをのぞかせたかのように露出したセーラー服の少女。いや、正確には木の幹から上半身のみが生えてきていると言った方がいいのだろうか。どちらにせよ、普通ではありえない光景に、明の目は完全に少女に奪われた。 


――夕方の六時半から七時。その時間帯に神社にある楓の木に向かって、「楓さん。付き合って下さい」と三度お願いする。それで楓さんから返事が来たら、晴れて楓さんが恋人になってくれるという。 


「かっ、楓さん。 本当にいたのかよ……」


 明の呟きが、神社の空に静かに溶け込んでいった。 





「ごっ、ごめんなさい!」


「あっ、いや、大丈夫」


 明を殴ってしばらく、楓さんらしき少女は目を白黒させていたが、目の前で尻もちをついているのを見ると、必死に謝りながら手を差し出してきた。肩まで伸びた黒髪がさらりと揺れ、心配そうな瞳がのぞきこんでくる。


 明は呆然としつつその手を握る。その手は生きてる人間とは思えぬほど冷たく、同時に自分とは違いとても柔らかかった。


 少女に引き起こされ何とか立ちあがると彼女が出てきた楓の木を見つめる。中から出てきた光景もそれは不思議なもので、ゴツゴツとした固い木の幹がまるで淡い緑の光を発し水面のように波だつと、次の瞬間には障害物など何もないかのようにスルリと下半身が出てきたのだ。


 あれ、たしか相当固いよなぁ。ほんの数十分前に自分が触れたときの感触を思い出す。不思議な事が一度に起こり過ぎると人間は却って冷静になるのか、まるでアニメか何かのワンシーンみたいだ。などと考えながら目の前の少女に視線を戻した。


 女子にしては高い方だろう、一六三センチの自分とそんなに背は変わらない。辛うじて自分の方が、一,二センチ高いくらいだろうか。そして、紺色に胸元の赤いスカーフがチャームポイントの学校指定のセーラー服。靴も学校指定の革靴。季節は夏だというのに冬服を着用している以外は、何の問題もなく玄田中の生徒だ。


「あのー」


明がそこまで考えたところで目の前の少女が恐る恐る手を上げる。


「んあ? どうした?」


「いえ、その。落ち着いてるなぁと思って。気味悪く無いんですか? 私、楓さんですよ」


 上目遣いに尋ねてくる。自分で幽霊だと言っているくせに何を恐れているのか。その表情があまりに自信なさげで、思わず笑ってしまった。


「ぶっ、あはははは。なんだよそれ。普通、幽霊が聞くことじゃねぇだろ? っていうか、あんたの方がキョドッてんじゃん!」


 少女は一瞬きょとんとした顔をすると嬉しそうに笑う。


「そうですか? そうですよね。あはははは」


「あははは、はー。しかし、あんた本当に楓さんなのか? そんな感じが全然しねぇな」


 笑いを落ち着け尋ねる。登場の仕方にはかなり驚かされたが、今話した分にはまったく幽霊という感じがしない。むしろおっとり系の箱入り娘と言った方が近い気がする。これでメガネでもかけていれば完璧だ。


「えっ、いや、本当ですよ! そ、そんなことより、あなたが私を呼んでくれたんですよね!?」


「ん、そうだな」


 あからさまに焦るが特に気にすることもない。どちらにせよ、あれだけの不思議を見せられては、幽霊だということを信じないわけにもいかなかった。


「俺は二年の下鴨明。明るいと書いて、“あきら”だ」


「はい。“かえで”と言います! ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」


「おう! よろしくって。今何つった?」


「えっ、“かえで”ですって……」


「違う! その後だ!」


 心臓が跳ね上がる。こんなに落ち着いてるなんて、なかなかやじゃねぇか! と自分でも思っていたが、その代償に何か重要な事を脳みその隅に置きっぱなしにしていたらしい。


「あの……ふつつか者ですが、よろしくお願いします」


 明の気迫に身をすくませながらもきちんと答えるが、二度言うのはさすがに恥ずかしかったのだろう。楓さんは湯気でも出てきそうなほど顔を真っ赤にして俯いてしまった。


 そして明はというと、口をパクパクさせながら今の言葉を頭の中で反芻する。ふつつかもの、ふつつかもの、よろしくお願いします……


「あ゛!」


――君が……告白したらいいと思うんだ。


 思い出したのは、真面目顔でふざけたことを抜かした友人のセリフと楓さんの噂。告白して了承されたら、楓さんと恋人同士にならなければならない。そうしないと呪い殺される。


「あああああああああ!! 告白したんだったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 絶叫が響き渡る寂れた神社の境内。何か合点がいったかのように楓さんは胸の前で手を合わせると、それを口元まで持ってくる。そして、二度と忘れられないような飛びっきりの笑顔を見せてくれた。


「告白しといて今さら無しなんてダメですよ。女の子に恥をかかせるなんてことしたら……呪っちゃいます」


「が……あ゛」


 下鴨明、十四歳、単純馬鹿。身長はクラスでも真中ぐらい、ツンツンと逆立った短髪と、少し広めの額。そして、荒っぽい口調がチャームポイントの彼は、初の恋人をつくることに成功した。


 その恋人の名前は楓さん。明より背が少し低い、肩まで伸びた絹のような黒髪、くりくりした瞳とぷっくりと膨らんだ形の良い唇が可愛いらしい、おっとりした口調のお嬢様。


 そして、玄田市立玄田中学校に昔から伝わる学校の七不思議が一角、『恋する幽霊』その人であった。



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