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私を成仏させないで!  作者: いばらぎとちぎ
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七月九日~day 5-②~

放課後の教室。いつものように四人だけになった明たちは、この休日に各々が集めた楓さんに関する情報を交換していた。


「それじゃ、今交換した情報をまとめていこう。意見があったら遠慮せず言ってね」


 修二がノートを取り出し、丁寧だが独特な字で内容ごとにまとめていく。


「まず猛から。これは、外部情報になるのかな。楓さんの噂は少なくとも七年前にはあった。ソースは恋人のお姉さん。これは間違いない?」


「そうだね。彼女の七つ上のお姉さんも楓さんのことは知っていた。しかも、内容も変わっていない。聞けたのは偶然だったけどさ、良い情報だろ?」


 得意げな猛に明と龍二も渋々同意する。半日図書館に詰めていたのに何の手がかりも得られなかった自分たちよりも、遊んでいた猛が情報を持ってきたことに不条理さを感じるが、持ってきた情報の有益性は認めざるを得ない。これで多少なりとも調べる範囲を絞ることができる。


「次に明。ソースは楓さん本人だからこれは直接的な情報だね。家族構成、性格、行動範囲、生前について、こんなところかな」


「おう。そんな感じだ」


「生前についての情報は有益だな。まだ具体的なものではないが、ほとんど噂と一致しているというのも今後調べる上で役に立つだろう」


 龍一が顎に手を添えて頷く。明はそれが感心している時の癖だと知っているので、密かに得意げな顔をした。


「でもさぁ、この情報って今すぐ役に立たないやつばっかりじゃん。せっかく直接話せるんだから思い残していることや望みとか、そんなすぐ役立つようなこと分かんなかったのかい?」


 たしかに猛の指摘はもっともだ。余計な一言が多い男ではあるが、いちいち的を得たことを言うので性質が悪い。いい気分になっていた明は少しムッとした表情になるが、すぐに不敵に微笑んだ。


 いつもの明なら、ここで何かしらの負け惜しみを口にして終わりだろうが、今日はきちんと隠し玉を用意している。明はおもむろに鞄を机に上げると、中から一冊の本を取り出した。


 三人が不思議そうに本を見つめる。本のタイトルは、『柳の木の下で』。昨夜、明が三人に見せようと思って鞄の中に入れたものだ。


「これはな、俺のバイブルなんだ」


 自信たっぷりに告げる明を見つめる三人の頭には、はてなマークが浮かんでいる。満足そうに頷いた明は、説明の前にもったいぶった咳ばらいする。三人の驚くような顔が目に浮かんで、さらに頬が緩んでしまいそうだった。





「なるほど……確かによく似ているな」


 訝しげな顔でパラパラとページをめくっていく龍一。その言い方は判断を迷っているようにも、説明された内容を疑っているようにも聞こえる。


「んー。でもなぁ。この手の話ってよくあるじゃない。偶然って考えた方が自然じゃないかなぁ」


 やや含みのある龍一とは違い、修二は率直に明の意見を否定し、猛は無言で机に胡坐をかいている。


「何でだよ。だって、季節も公園デートも一緒なんだぞ。それに、“柳さん”の境遇や生前の話も楓さんとそっくりじゃねぇか。それにどことなく性格も似てる気がするしよ」


 自分の予想とは違う反応に明は不満げだ。楓さんとその本との共通点に自分が気づいた時のように、目を見開いて驚くと期待していただけ、現実の三人の反応は実につまらないものであった。


 明の気がついた共通点とは、小説『柳の木の下で』に登場するヒロイン兼幽霊である“柳さん”と楓さんとのことである。この小説における主人公の少年と柳さんは高校二年生となっているが、それ以外、特に柳さんの設定が楓さんと非常に似通っているのだ。


 まず噂の在り方が全く同じである。主人公が通う高校に古くから伝わる怪談『恋する幽霊』柳さん。それは校舎の裏に一本だけ生えている柳の木の下で、深夜零時に「柳さん。僕と付き合って下さい」と告白し、了解がでれば付き合うことができ、振られると呪い殺されてしまう。


 この時点でもかなり似通っているのだが、その噂を試した主人公の前に柳さんが本当に現れてしまう点、そして生前の柳さんは病弱でそれが理由に死んでしまう点、生前に片思いの人が居て死ぬまでその思いを遂げることができなかった点、初デートが近くの公園だった点、そしておっとりとしていてどこか幽霊離れした柳さんの性格。


 舞台や細かい設定は異なっているのだが、直接楓さん関わっている明にとっては偶然だと済ませていいと思えない何かを感じていた。それを何とか三人に伝えられないかと頭を悩ませているところに、本をめくっていた龍一が緊迫した声で話しかけてきた。


「……おい、明。これ最後まで読んだのか?」


 龍一の手が最後のページ辺りで止まっている。その問いに明は黙って首を横に振る。楓さん成仏作戦に役立つことは無いかと丁寧に読み進めていたため、まだ序盤までしか目を通していなかったのだ。


「作者の後書だ。ここを読んでみろ」


 開いていたページを三人の方へ向ける。


「えっ、これって……?」


 修二は腕を組んでさらに謎が深まったかのように難しい顔をする。


 作者後書のページにはこう書いてあった。


~これは、私が通っていた中学校の噂話と、私の経験をもとに書いたお話です。主人公を高校生にしたのは、中学生だとあまり幼すぎるかなと思ったからですが、あまり関係なかったかもしれません(笑)~


「私が通っていた中学校……?」


 明の心臓が脈打ち、思わず龍一から本をぶんどった。もう一度、同じ個所を読んでみるが確かに間違いなくそう書いている。この小説のモデルは楓さんに違いない! そう確信した明は、顔を輝かせながら面を上げるが、龍一から待ったが入った。


「ちょっと待て! まだ決めつけるには早い。この内容じゃ大雑把すぎて判断できん」


「……そうだね。玄田中だって明言してないし、さっきも言ったけど似たような話はたくさんあるだろうし」


 修二も腕を組んだまま同意し、明はその意見に本を掴んだまま沈黙する。すると、今まで黙っていた猛が横から本をヒョイッと取りあげて、パラパラとめくり始めた。


「でもさ、もし本当に楓さんと関係があるのなら、かなり有力な情報かもしれないよ。これ。“私の経験をもとに”ってことは、楓さんの生前と何か関係があったのかもしれないしね。それなら楓さんの性格とヒロインの性格が似通ってることにも、まぁ説明がつくでしょ。出版されたのは今年の春……生年月日は一九七四年。僕らの親と同じ世代だね。あっ、それに見てよ。この作者出身がこの県だ」


「まじかよ! 絶対この作者怪しいって! 調べてみようぜ!」


 猛からの思わぬ援護射撃に、俄然息を吹き返す。まるでとりものでもするかのような物言いに、修二は思わず噴き出した。


「わかった。おーけーだよ。確かにやれることは全て試した方がいいだろうから。そしたら明日にでも、出版社に電話をかけてみようか。もしかしたら取り次いでもらえるかもしれない」


 その言葉に大きくガッツポーズをする明。自分の意見が採用されたことでやる気が増したようだ。


「おっしゃ! そうと決まればこれからの方針は、学校新聞を漁るのと、この作者、えっと名前は……」


「小野寺小町だよ。まったく締まらないね」


「ぐっ、うるせー。とりあえず新聞を漁るのとこの小野寺小町を調べること。これで大丈夫だな?」


 楓さんの調査開始三日目にして大きな手掛かりを見つけることができた少年たちは、胸の高鳴りを押さえられない風だ。明の言葉に同意する表情のどれもが好奇心を露わにしている。


ただ一人、眼鏡の奥でその理知的な瞳を曇らせている龍一を除いて……





 時計が夕方の六時を回り、夏の完全下校時間まで残り三十分と迫った二年B組の教室。家事があるからと先に返った明を除いた三人は引き続き話をしていた。


「そんな浮かない顔してどうしたのさ?」


 猛からの突然の問いかけに龍一は隣を見つめると、修二もそれに同意して頷いている。


 自分は気を使われるほど浮かない顔をしているのだろうか。龍一は窓の方を確認してみるが、残念ながらまだ顔を映してはくれなかった。


「いくら幼馴染だからって過保護過ぎるんじゃないのかい? 大体、そんなに心配なら無理やりにでも最初から御払いさせればよかったのさ」


 猛が机に座って欠伸を噛み殺す。猛が言っているのはもちろん明のことだ。


「別に過保護なわけではない。純粋に友人として心配しているだけだ。お前たちのように面白がって手を貸しているのとは違う」


 不機嫌そうに眉根を寄せた龍一に「へい、へい」と猛は手を振り、修二はいつものように笑顔のまま肩をすくめた。


 その態度にさらに眉間のしわが深くなる龍一だったが、軽くため息をつくと頬杖をついて窓の外を見つめる。


 自分が矛盾していることは理解していた。楓さんの成仏作戦に積極的に手を貸しておきながら、明にはあまり深く関わって欲しくないと思っている。本当に危険がないと言い切れないことも原因の一つだが、楓さんに関わることによって明が彼女のことを本気で愛してしまう可能性があること、それが一番の悩みの種であった。


 ただでさえ単純で強情な明のことだ、例え自分が楓さんを愛したとしても成仏させるという結論を曲げたりはしないだろう。そうなると問題はその後で、下手をすれば自分も後を追うなんてことを言いかねない。龍一は真剣にそう考えていた。


 母が亡くなって一番不安定だった時の明を、龍一はよく知っている。母のところに行きたいと度々口にしていたのも覚えている。そして、母と楓さんを被らせていることも明自身が認めている。だからこそ、楓さんを本気で愛し、その彼女を自らの意思で失うことになったら、明はどうなるのかと心配でならなかった。


「……やはり、深入りする前に止めた方がいいのかもしれん」


 頬杖をついたままぼそり呟く。


「まぁ、待ちなよ。確かに僕と修二は、昔の明を知らないさ。けどさ、明だって成長してるはずだろ? 確かに楓さんと関わることで昔のことを色々思い出すかもしれない。けど、それでへこたれるほど僕が知っている明はやわじゃないよ」


「そうだよ。それに、明の意思だって大切じゃないかなぁ。明は楓さんのために努力をしたがってる。いざって時は俺らで助けたらいい。違う?」


 猛と修二が龍一を見つめる。二人なりに龍一と同じようなことを考えていてくれたらしい。実際のところ少しずれてはいるものの、明の意思を大切にすべきだという点は龍一も同意できる。そもそも、そう思ったからこそ、納得できないながらも協力したのだから。


「わかった。しかし、なるべく早くこの件は解決することにする。そもそも楓さんに危険がないとは言い切れん。明は信用しているようだが、あの手の幽霊は昔から人を襲うものだと相場は決まっているからな。もし、少しでも明に危害が加えられたと判断した時は・・・・・・問答無用で逝ってもらう」


 龍一は姿勢を真直ぐにして二人を見つめると、いつもより低い声でそう言い放った。





「明ー。ビール買っといてくれたか?」


「冷蔵庫に冷やしてるよ」


 風呂上がりの父に、答える。夕食を終えた明は、紅葉と二人ソファーに座ってテレビを見ているところだった。テレビではニュース番組の特集で、何らかの理由で親と暮らせなくなり施設で育った子どもたちの紹介をしており、紅葉はそれをじっと食い入るように見つめている。


「あっ、そうだ父さん。ちょっと聞きたいことがあんだけどさ。『恋する幽霊』楓さんの噂って知ってるか? 玄田中の七不思議なんだけど」


 ビールを美味しそうに一気飲みしていた父が、口から缶を離す。


「いや、知らないなぁ」


「それじゃぁ、小野寺小町って人は?」


 しばらく宙を見つめた後、首をかしげた父に御礼を言う。すると父は「朝から変な事ばかり聞くなぁ」などと言葉をこぼしつつ自室へと向かって行った。そんな父を目線だけで見送って、明はテレビへと視線を戻した。


 やっぱ知らねぇか……小野寺小町なんて思いっきり偽名だもんな。


『柳の木の下で』の作者が一九七四年生まれだと聞いて、玄田中出身なら父とギリギリ年代が被っていることに気がついた明は、ダメもとで聞いてみたのだった。結果はやはり空振りであったものの、とりあえず父が三年生だった二十五年前には楓さんの噂がなかったことが、これで分かった。


 というかもっと早くに聞けばよかったな……。まぁ、いいか。別に急ぐことでもねぇし。とりあえず、明日猛に自慢してやるか。


 そこまで考えてテレビに集中する。龍一たちの気持ちも知らないで、呑気に構えている明なのであった。



龍一!獅子身中の虫め!!というほどではないですが、心配性な龍一くんです。他の二人は一体これからどう動くのでしょうか……これで、正真正銘序盤終わりです。中盤から終盤はプロットを作り直す必要が出てきたので、今からモリモリやっていこうと思います。


※六月七日。今中盤~終盤のプロットつくってます。良ければ感想なり評価なり下さ~い。オラに元気を分けてくれ!

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