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聞こえますか。  作者: たっぺい
第一話
2/4

ep.1【歯車、廻る】

「寮長~、ハトさんで~す。呼ばれたから来ましたよ~」

「あ、小林こばやしさん。急に呼び出しちゃってごめんね」

「いいっていいって。それで用って何かな?」

「それなんだけどね、小林さんにこの部屋を少しの間管理しといてほしいな、って思って」

「管理ぃ? 別にいいけど、寮長どっか出かけるの? 帰りは何時くらい?」

「う~ん……帰りはいつになるか僕にも分からないんだ。来週かもしれないし、来月かもしれないし、来年かもしれない」

「おやおや、思ってた以上に長期間なんだぁ。もしかして愛人と駆け落ちとかだったりして。きゃー」

「ははは、こんなおじさんに愛人がいると思うかい?」

「いやいや、人ってのは隠れたところで何やってるか分からないからね」

「ひどい言い様だなぁ。でも残念ながら駆け落ちじゃないよ」

「ふーん。ま、寮長がそう言うならそうなんでしょ」

「ごめんね。しばらくしたら僕の仮の子が――」

「え? ちょ、寮長!? 寮長!」

「大きな声出してどうしたの、ハトさん?」

「たっくん、救急車! 救急車呼んで! 寮長が急に倒れたの! 寮長ー!」

「マジ!? わ、分かった! すぐ呼ぶから!」

「寮長、しっかり! 寮長ー!!」


□■□■□


 テレビの中ではひな壇に座った芸人達が大袈裟なリアクションをとりながら落ちの付いたトークを繰り広げていた。だがどれもこれも事実を元にしただけであり、盛られに盛られた言わば『嘘トーク』の数々だ。

 嘘だろうと何だろうと、ネタがあるなら話せばいい。

 家の前では頭にスピーカーを付けた軽トラが竿だけを販売しに町を練り回っていた。だがそれを買うために屋外に出る人影はない。これでは騒音を振りまくだけの機械だ。

 まあその熱心さが誰かに伝わるだろう。頑張れ、運転手のおっちゃん。

「いやぁ、にしても――」

 今日は最高に気分の優れた日だ。

 たちばなコウは窓辺に立つと両腕を上げてぐっと伸びをした。黒々と淀んだ色をした道路と電柱。ここから眺める景色はいつもと変わらない。だが今日だけは特別素晴らしく見えた。

 時刻は正午より少し手前。髪は元々そうだが今は寝癖も加わってさらに爆発してしまっている。少しでもボリュームを抑えようと手櫛で髪を撫でる。が、無意味。

 窓辺から離れて踵を返すと、全てを吸い込みそうなほどの大きなあくびをする。そのまま向かった先にはコウが長年使用してきた勉強机とその上には整頓して並べられたパンフレットが一部。

 私立S大学。

 コウが今春――さらに言えば明日から通うことが決定している学校だ。敷地は一般的な大学と比べると広いとは思う。野球とサッカーが試合をしてもまだ余ったスペースが生まれてしまう。テニスコートは六面備わっているし陸上のトラックだってなんのその。スポーツの為に設立されたかのようなスポーツ校である。

 実際、何人ものスポーツ選手を輩出している。その面に関してはマンモス校だ。

 私立S大学の近辺には他にもS中学校とS高校があり、その地域は学生中心の都市となっており、寄宿舎も多数存在している。

 S大学から目と鼻の先にも寄宿舎はあり、必然的に部屋は埋まりきってしまう。

 だがコウにその心配は無用だった。

「こればっかりは伯父さんに感謝だな」

 パンフレットを片手にコウは壁に飾られた写真に目を向ける。親戚も揃った色褪せた家族写真。何年前に撮ったものだったか。写真の具合とそこに写る自分の幼さからそう思う。

 端の方にあまり自己を主張しないように写っている柔和な笑みを浮かべた男性。コウの父親の兄だそうだ。

 その叔父が寄宿舎の寮長を任されているらしく、そのつてで部屋を一つ貸してくれるとのこと。

 荷造りをしてその荷を叔父の寄宿舎に運搬し、そのままS大学に直行。これが明日の予定だ。

 準備は早いに越したことはない。コウは小さな子供もしくは黒タイツを履いたエスパー……がすっぽり入りそうなボストンバッグに衣類から学業に必要な用具まで次々と詰めていく。

 ――~♪ ~~♪♪

 鼻歌交じりに荷造りしている最中に固定電話が鳴り出した。上機嫌に水を差したコール音に若干の苛立ちを覚えた。

 そういえば今日は夕方まで俺一人だっけ?

 コウは自宅に一人だけであることを思い出し、仕方なしに固定電話の取り付けられてある廊下まで足を運ぶ。短い距離なのにこういう時ほど面倒くさい。

「はい、もしもし?」

 受話器を耳に当て、半ば不機嫌に応答する。

『あ、コウ? 良かった、起きてた……』

 受話器から聞こえてくるのは母親の声。

 しかしわざわざ携帯電話の方にかけてこないなんて、と訝しく思う。それに母の声のトーンもいつもと違う。なんていうか、普段のアップテンポなノリがなく真剣そのもので、こちらもどうも調子が悪い。

『あのね、さっきお父さんから電話があったんだけど――』

 母はそれからやたらと溜を作り一つ固唾を呑んでから、呟く。

 その言葉にコウは先程までの上機嫌が一変し、身体全体から力が脱けるような感じがした。

 先端に宝物が括られた綱をすぐそこまで手繰り寄せたのに手前で宝物が奈落の底に落とされてしまったような、高くそびえ立つ梯子をやっと登り切ると思ったら腐敗が進んでいて上ろうにも上れない状態になったような。例えすらまともに考えられないほど混乱する。


「――――――――――――伯父さんが…………倒れた……?」


 背後ではテレビの音声が虚しく鳴っていた。


□■□■□


 正直信じられなかった。まさかあの伯父さんが倒れるなんて、きっと何かの間違いだ。間違いであってくれ。切に願いながらコウは叔父が運ばれた病院――母にそう聞かされた――へ向かい自転車のペダルを重く踏みしめた。

 明日の入学なんてもうどうだっていい。優しい伯父さんの身に何かあるなんて信じたくない。

 一心不乱に自転車を走らせていたために病院の到着はそう長くかからなかった。

 受付で叔父がここに搬送されたかを確認する。すると受付担当のナースは手際よくパソコンのキーボードを操り、それに該当するカルテを確認してくれた。

「はい、確かにその方は今朝この病院に搬送されていますね」

 嘘じゃなかった。

 顔面蒼白で血の気がさーっと引いていくのが分かる。絶望に苛まれながらもコウはナースに叔父の病室を訊ねてから急ぎ足でそこへ向かった。


 薬品の臭いが漂う廊下をひたすらに歩き進めていると、やがて叔父の名が記されたネームプレートを発見。ここだ。鼓動が高鳴る。もし伯父さんに何かがあったら。認めたくない、そうは思っていてもどうしても内心では最悪の事態ばかりが連想されてしまう。

「伯父さん!」

 意を決してコウは病室に飛び込んだ。

 ベッドで横たわったまま意識不明とか、意識はあるが記憶を全て失っているとか、全身麻痺になってしまったとか、すでに冷たくなってしまっているのではとかとか。ここに来るまでの間最悪の事態を多々想像してしまった。だがコウの予想のどれもが真の事態と異なっていた。

「コウか。ごめんね、心配かけちゃったみたいで」

 そこにはベッドの上で腰までのところに布団をかけただけで普段となんの変わりもなさそうな叔父と、それを看病するように傍のパイプ椅子に腰掛ける母の姿があった。

「……………………え?」

 ドウイウコト?

 コウは想像から斜め上をいった結果に混乱する。

 ええっとこれはつまり……ドユコト?

 入院と聞いたときは確かに焦ったわけだが、現状をみると何が何だか分からなくなる。とにかく大事に至ったわけではないみたいだが、じゃあなんで入院?

 混乱し続けるコウにその混乱の根源である叔父がいつかの写真のような柔和な笑みを浮かべる。

「いやね、どうも最近疲労が溜まってたみたいでさ、突然くらっときちゃったんだ。僕は大丈夫って言ったんだけどね、病院の先生が大事をとって入院だ、って張り切っちゃうもんだからさ」

 少し寝たら大分ましになったよ、と叔父が付け加えるとコウの全身から緊張が解け脱力していく。

「なんだ……急に倒れたって言うから本当にヤバイ状態なんだって思ったよ。で、退院はいつになるとか大体の目星はついてるの?」

「あ~……そのことなんだけど……」

 柔和な笑みを顔にはり付けたままばつが悪そうな表情をつくる。

「退院がいつになるかはまだ分からないんだよね。完全な療養が必要らしくて」

「え!? ……じゃあ俺の寄宿舎の部屋の件は……」

「それは大丈夫。ちゃんと一部屋空けてあるから」

 その言葉を聞いてとりあえずは胸を撫で下ろす。部屋さえ確保しているのなら問題はない。自宅からS大学までは毎日通うとなると距離があるから寮生活を完全に当てにしていたためほっと一息を吐いた。

「それでちょっとお願いがあるんだけど……」

 叔父が申し訳なさそうに懇願してきた。この人にこんな風にされると断ろうにも断れない。

「いいよ」

 コウはその“お願い”の内容を確認するより前にそれに了承した。

「本当かい? いやあ、助かったよ。正直この役目はコウにしか頼めないなって思ってたんだ」

「そうなの? で、そのお願いって何?」

「僕の代わりにしばらくの間寮長を任されてほしいなって思ってたんだけど、良かったよ。快諾してくれたみたいで」

「…………は?」

 一瞬コウの中で時が止まった。

 リョーチョー。りょうちょう。寮長。

 今伯父は確かに「寮長」と発言したか。いや、発言するだけならまだいい。その後に「任せる」とも言ったか。

 寮長+任せる=寮長を任せる。

 それを誰に言った? そう、俺に言った。

 つまりこういう事になる。俺に寮長になれ、と。

「いや、無理無理無理無理無理無理!!」

 コウは全力で断ってみる。が、叔父の耳には届いていないみたいだった。

「寮長っていってもすることはあんまり複雑じゃないから、それでも分からないことがあったら僕のところまで連絡してよ」

「ちょっと伯父さん、俺の話聞いてるかな?」

「そうだそうだ。鍵渡しとかないとね。これマスターキーになってるから絶対落とさないでね」

「伯父さんごめん、俺に寮長なんて――」

「お義兄さん、駄目ですよ」

 ここでようやく口を閉ざしていた母が始動した。これで叔父から逃れるための一筋の光明が差した。

「そんなに興奮されると体に障ります」

 と、思ったのも束の間暗黒は一筋の光明すらも呑み込んでいった。むしろ一筋の光明は実はダークサイドでした。

「コウ」

 一筋の暗黒――母がコウに体を向けると親指をびっと突き上げた。

 行ってこいや。橘家では母は絶対的指導権を持つ。もし逆らおうものならそれはそれは恐ろしいことに。

 それはつまり、そういうこと。

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