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花葬迷宮  作者: 睦月周
タスク
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タスク-01

          1


「気に食わないわね」


 突如耳に飛び込んできたその声に、露城鍵太郎は書類チェックの手を止めて、顔を上げた。視線を向けると、彼の(学園内の制度上の)上司たる少女が、整った眉をわずかにひそめながら、不機嫌そうな表情で一枚の紙をにらみつけている。


「会長、なにか?」

「気に食わない、と言ったの」


 叩きつけるように、手にしていた紙を鍵太郎に投げてよこす。その用紙に視線を落として、なるほど、と鍵太郎は一人ごちた。


「『7月祭出展参加仮申請書』、第二読書部、ですか」

「あの男、しれっとこんなものよこしてきて。困った顔のひとつでも見せれば、少しは溜飲も下がるというのに」


 心底不満そうな表情で言う少女に、鍵太郎は思わず苦笑した。

 彼女の名前は、八重坂六菓という。泉城学園生徒会執行部の主にして、地域一円の名家の一、八重坂家の令嬢。ゆるやかにウェーブのかかった長髪と、日本人離れした端正な容姿は、10人男がいれば9人が美女、美少女と答えるだろう。(残りの1人は、まあ、世の中には変わり者もいるので)


「企画内容は……喫茶の類、とありますね。飲食関係ということですか」


 7月祭は秋に行われる清泉祭(学園祭)と違い、出展はクラスや部活といった括りではなく、「有志のグループ」によって行われる。(といっても、普段の生徒間の横の繋がりから、各部活はそのまま部活単位で出展申請される場合が多いのだが)そのためにふざけ半分で申請されたような雑多なものが集まりやすく、仮申請という形で一度「ふるい」にかけられる、そういうシステムになっている。


「そのたぐいという一文字に、あの男らしい狡猾さを感じるわ」

「たしかに、どうとでも取れる書き方ではありますが」

「露城」


 澄んだよく通る声で名を呼ばれ、鍵太郎は内心でため息をついた。眉目秀麗、文武両道、家柄まで揃ったこの少女に欠点めいたものがあるとすれば、それは特定の人物に対する異常なまでの執着と、その鮮烈なまでの不遜さにあるだろう。(ある意味、それは長所でもあるかもしれないが)

 鍵太郎は、泉城学園の高等部に進学するまで、委員会や部活といったものに属したことはなかった。体格もよく、運動神経にもすぐれた鍵太郎は、体育会系の部活を中心に常に引く手あまただったが、どうにも組織・集団に縛られるということが苦手だったのだ。といってもさほど深刻なものではなく、部活特有の上下関係や面倒な人間関係に悩まされるより、幼なじみの市ノ瀬つぐみや、恋人の桂美早とつるんでいるほうが気楽だ、という程度の理由なのだが。

 そんな鍵太郎の信念とも言えない信念を、高校であっさりと覆したのが、目の前の少女、八重坂六菓だった。新入生獲得戦が白熱する4月のとある日、ふと自分を目に止めた彼女(入学式での壇上の挨拶で、鍵太郎は彼女のことは当然見知っていたが、彼女にとって自分は初対面のはずだ)は、開口一番こう言ったのだ。


『園生会の人手が不足しているの。庶務の席が空いているから、貴方、今日から私の下で働きなさい』


 自分が断る可能性など露ほども考えていない、そんな自信に満ちた表情で。

 そして、その日からなしくずしに(本当になしくずしに!)生徒会執行部の一員として、鍵太郎は今日も雑務をこなしている。(なぜあのとき、勢いに流されてうなずいてしまったのか、今でも鍵太郎は自問自答しているが)


「貴方は、あの男の腹心の──なんといったかしら、そう、市ノ瀬。彼と懇意なのでしょう? その伝手で、あの男が何を企んでいるのか、その尻尾くらいは掴んではいないの?」

「いえ、具体的なことは何も。まあ手伝えることがあれば手伝おうくらいには思っていましたが」


 鍵太郎の言葉に、六菓は目を丸くすると、声色に不機嫌さをさらに滲ませて、


「露城」


 もう一度名を呼んだ。


「はい」

「あの男と、その一党に手を貸すことは、生徒会長の厳命を持って禁じます。良いですね?」

「いえ、それは……」

「──良いですね?」

「……はあ」


 ため息混じりに、鍵太郎はうなずいた。こうなると会長は長い。これさえなければ、八重坂六菓は泉城学園史に残る名会長と即答できる、実力もカリスマも備えた少女なのだが。

 まあ、裏からこっそりと手を回してやるくらいはいいだろう。どっちにしろ、執行部こっちはこっちで、忙しくなるわけだしな。


          2


「……とまあ、そんなことがあったわけよ」


 帰り道、ぼやき混じりにそう言う鍵太郎の話に、僕は深く息をついた。時森先輩と八重坂会長の「不仲」は有名だが、どちらかというと会長が時森先輩を一方的に敵視していて、むしろ時森先輩はそんな会長のリアクションを楽しんでいるふしがある。それがまた、会長の怒りに火を注いでいるような気がするんだけど。


「しかしなんでまた、うちの会長はそっちの部長のことを、あんなに敵視しているのかね」


 まるで中間管理職のような疲れた笑みを浮かべながら、鍵太郎はなおもぼやいた。スポーツマン然としてる外見からはちょっと想像がつかないが、鍵太郎は生徒会執行部の一員なのだ。といっても選挙で選ばれる副会長、書記、会計といった役職ではなく、執行部設立後、会長から指名される補充人員である、「庶務」という肩書きなのだけど。いつだったか、具体的にどんな役どころなのか鍵太郎に一度聞いてみたところ、


『なに、文字通りただの雑用係さ』


 とのことらしい。


「さあ……。先輩の話だと、二人はずいぶんと長い付き合いみたいだけど。それこそ『おしめの頃からの顔見知り』って言ってたし」


 へぇ、じゃあ俺たちみたいなもんだな、と鍵太郎は返した。ちなみに、もう一人の幼馴染であるところの美早は、なんでもお姉さんとの約束があるとかで、急いで家に帰ってしまった。天澤さんも今日は学校を休んでいるから(季節外れの風邪らしい。大事でないといいんだけど)、鍵太郎と二人で下校するというのも、ずいぶんと久しぶりだ。


「そりゃそうと」


 ふと思い出したように、鍵太郎が立ち止まる。


「昨日は悪かったな。ドジ踏んじまってよ」


 《ネームド》にやられたことを、まだ気にしているのだろう、鍵太郎の声には、ほんの少し口惜しさが滲んでいる。


「気にすることないよ。僕だってほとんど棒立ちだったんだ。じっさい、シズとクイ、それにカナリの3人で仕留めたようなものだよね」


 苦笑まじりに僕は答える。シズは「ツグミさんが弱点に気づいて、作戦を立ててくれたからこそ」なんて僕を立ててくれてたけど、僕の無茶な要求を実行したのは、全てあの二人とカナリだ。そう思うと、ちょっと自分が情けなくなる。後衛だからって甘えてはいられないな。もう少し精進しないと。


「たしかに、ずいぶんと出来る奴らだったよな」

「だね」

「……で、お前はどう思ってるんだ?」


          ※


「お願いがあるんです」


 《一本腕》を倒し、安全エリアへと戻ったあと、少しクイと二人で話し込んでいたシズは、僕らの方に戻ってきて、開口一番にそう言った。


「お願い?」

「はい。私たちを、ツグミさんのクランに入れてもらえませんか?」


 突然の申し出に、僕とツユギは目を丸くして、お互いを見やった。カナリは、相変わらず少し眠そうな目で、そんな僕らを見やっている。


「ええと、理由を訊いてもいい?」


 はい、と礼儀正しく、シズは答えた。


「私たちは《ゲーム》の開始からずっと、二人だけでやってきました。それはそれで、楽しかったんです。あまり危険なところには立ち寄らないで、適正レベルよりも少し下の狩場を選んでいれば、二人でも十分やっていけたので」


 でも、と少しはにかむような仕草を見せて、シズはじっと僕たちの方を見やった。


「今日、思ったんです。ツグミさんたちと一緒なら、もっと大きなことが出来るんだなって。私たちが今まで見過ごしてきた、もっともっと、ワクワクするような、大きなことが。そう考えると、すごくもったいないなって思ったんです。せっかく、こんな《世界》に、足を踏み入れることができたんですから」


 思い切り楽しまなければ、損ですよね、とシズは笑った。


「一応、クランマスターは僕ということになってるんだけど」


 その笑顔に引き込まれるような感覚をおぼえながら、僕はぽりぽりと頬を掻いた。ツユギを見、カナリを見、んん、と咳をする。


「僕の一存では決められない。皆の意見を聞かないと」

「わたしは構わない」


 即答したのはカナリだった。普段の彼女らしからぬ決断の早さに驚いていると、これまた驚いたことに、口数の少ない彼女がさらに言葉を継いだ。


「わたしも、今日は楽しかった。これまでも楽しかったけど、今日はもっと楽しかった。だから、わたしは賛成」

「俺も異論はないね。元々前衛はもう少し厚くした方がいいと思ってたところだ」


 続いて、ツユギも賛意をしめす。

 ふと、クイと目が合った。少し不機嫌そうな表情を浮かべて、クイは目を逸らす。


「シズが言い出したことだ。僕はそれほど乗り気じゃない」

「もう、クイ」


 困ったように、シズが駆け寄る。プライドの高そうな彼のことだ、心中複雑な思いがあるのだろう。


「──だけど、今日は充実していた。たぶん、今まで《ゲーム》をプレイしてきた中で、おそらく一番。それは認める」


 それはすなわち、これからも充実した時間を過ごしたい。だから仲間になってやってもいい、と、そういう言葉が裏に隠れているのだろうか。クイはまた僕と視線が合っていることに気づくと、ふいっと顔をそむけた。なんだろう、嫌われているのかな。


「分かった。でも答えは保留させてくれるかな。そんな長い時間じゃないよ。1日か、それとも2日くらいだと思う。ここにいないクランメンバーがもう一人いて──ノイズというんだけど──彼女の意見も聞かなければいけないから」


 その返答は予期していたのだろう、「お待ちしています」とシズは深々と頭を下げた。


          ※


「僕自身は、賛成だよ」


 期待と不安の入り混じった、あの時のシズの表情を思い出しながらそう返すと、鍵太郎は納得したようにうなずいた。元々、PTは最大6人で構成できるシステムだ。もちろん、経験値は人数での頭割りなので、メンバーが増えるほど効率が悪くなるが、要はそれ以上に殲滅速度が上がれば、また層が厚くなることによってデスペナの危険度が下がれば、じゅうぶん元は取れると言える。

 元々、僕ら4人で構成される1-1-2、あるいは2-2というフォーメーションは、少し無理があった。いや、今までは悪くないバランスだったかもしれない。でも、モンスターの攻勢がいっそう激しくなることが予想される中層階以降は、少し運用しづらくなっていくだろう。前者のフォーメーションは前衛の薄さが、後者は中衛の不在がネックとなって。特に、前衛によるモンスターの討ちもらしが、致命的な結果に直結する状況においては。

 そして、その問題は、クイとシズが前衛、あるいは中衛を補強してくれることによって改善される。少しDEFが低いのがネックだが、クイは前衛・中衛とマルチな活躍が期待できるし、シズはなかなかトリッキーな存在だが(あのキャラ育成でどこまで潜っていけるのか、それはそれで気になるところだ)、遊撃的なポジションに据えてもいいし、ろくなスカウトスキル保持者のいない我がクランでは、貴重な存在になるはずだ。


「とまあ、ここまでが損得の話」


 そう前置きして、僕は続ける。


「実は、僕もシズやカナリと同じなんだ。正直、ダメだと思ってた。あんな化け物、今の僕たちじゃなんとかなるはずもないって。でも、やれたんだ。ほとんど、シズとクイの力だったかもしれないけど、ダメだと思ってたことが、やれたんだ。そして、あの子たちと一緒なら、もっとすごいことができるかもしれない」

「となると」


 僕の返答に鍵太郎は満足したような笑みを浮かべて、呟いた。


「後はノイズしだいってことか」

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