友、遠方より来たる
改めて、馬みたいだと思った。こういうのは何というのだったか。そうそう、馬面。って、まんまじゃん。可笑しくなって、思わず吹き出した。
「鹿島さん、ぼ、僕の説明、変でした?」
「あ、いいえ。ちょっと、風邪気味で。すみません」と言って、コンコンと咳をして誤魔化す。
「……そうですか。このところ、ちょっと冷えますからね。説明を続けますね」
昼下がりの小さなカフェは、ランチ客が捌けて、ゆっくり話をするのに最適な場所だ。店の隅のボックス席、テーブルを挟んで座るのは高校時代のクラスメイトの馬野コウタロウ。私と同様、目立たない生徒だった。卒業してから十数年、全く接触はなかったのだが、先日、見慣れないアカウントからのメッセージがあり、誰かと思ったら馬野だった。
「近くまで来たから会いたい」というので、此処で待ち合わせたが、共通の話題も無く、ごくわずか同級生の消息を聞いた後は、手元のコーヒーカップや、窓の外の街路樹などを眺めた。
どういう流れだったか、馬野はサラブレッドの美しさを滔々《とうとう》と語り始める。
馬の話に持っていきたいようだ。
「……というわけで、鹿島さん、一口馬主に出資どうです?」
馬野は見たことがあるような、馬の写真付きのカラーパンフレットをテーブルに広げた。
コピー? 使いまわしの偽物パンフレットだ。
「馬ですか」
「ええ、覚えてるかな? 僕は高三の体育祭で『馬』の着ぐるみを、鹿島さんは『鹿』の着ぐるみを着せられましたね。その辺りから、僕は馬に縁があったみたいで」
馬野は目を伏せ、ホットコーヒーのカップを手に取ると一口飲んだ。
私は黒歴史を思い出すと同時に、クラスメイトに『馬』の着ぐるみを着せられていた馬野の姿を思い出した。二人そろって『馬鹿』とか何とか。思い出すのも腹立たしい。
「えっと、私が馬主なんて。お高いのでしょ? お値段はいくら位ですか」
「費用は、入会金のように一度だけ掛かるものと、毎月掛かるものがあります。その他に保険料は年一回掛かります。こちらをご覧下さい」
パンフレットには、エクセルで作られた出資口数と毎月掛かる費用の表があった。
表が見づらい。基本がなってない。事務職をやってると、つい気になってしまう。
「結構、掛かりますね。私、事務員なので、あまり余裕なくて」
「そうですか。そういう方は、こちらのコースがお勧めです」
そう言って、馬野はブリーフケースからぺらぺらのモノクロのプリントを取り出す。
こちらが本命か。
そこには、会員を一人増やせば、自分の費用の最大30パーセントが還元されると書いてある。
「つまり、鹿島さんが三人会員を増やせば90パーセント還元されるので、実質費用の10パーセントで、馬主になれるということです。出資馬が勝てば、もちろん配当金も入る。鹿島さんが何もしなくても、馬が稼いでくれる。副業として最高ですよ。実は僕も、給料だけじゃ奨学金を返せなくて困っていたところ、このコースのお陰で完済できたんです。その上、車も買えちゃって」
馬の様に綺麗に揃った歯を剥き出して笑う。
目が笑っていない。偽者の笑顔だな。嘘臭いエピソードだ。
「私、陰キャで知り合い少ないんです。会社の人とも、あまり関わりなくて」
「三人くらいなら何とかなるんじゃないですか? ご両親やご兄弟とか」
カチンと来た。テーブルの下の拳を強く握る。
コイツ全然分かってないな。
「……駄目だろう」
「えっ?」
「同一世帯で勧誘したって、たかが知れている。別世帯を狙えと、リーダーに教わらなかったか?」
「……えっと、鹿島さん? もしかして、リーダーの土屋さんと、お知り合いですか?」
「土屋? ああ、アイツか。あのリーダーにして、コイツありだな。確か、一人造反しそうな会員がいると言っていたな」
「鹿島さん、口調が……」
馬野は、おとなしそうな女を演じていた私の豹変に驚いている。
ビジネス用スマホを取り出す。
「……土屋さん? あ、私だ。今さぁ、君の下で動いている馬野さんの話を聞いたんだけど、全っ然ダメじゃん。ちゃんと、研修ビデオ見せてる? ……あと、パンフレットの表のフォントはもう少し大きく、行は分かりやすく交互に網掛けでやり直して。以上」
電話を切ると、呆気に取られている馬野に名刺を差し出した。
「か、会長?」
声と名刺を持つ手が震えている。
「ああ、私が考えたネットワーク商法なんだ。馬野さん、そんなんじゃあ、元手回収できないよ。勝手にパンフレットをコピーして使ってるね。自分がリーダー(偽)になれば、上納金払わなくて良いし」
「す、すみません。僕等末端の取り分は、売り上げの5パーセントで、リーダーは二倍じゃないですか。僕もリーダーになりたいんです。本当は、まだ奨学金も返せていないし……」
「馬野さん、気持ちは分かるけど、もっと効率を考えないと。造反しないで、土屋の下でもう一回鍛え直してもらって。しっかり、勉強してから、また来い。偽者のままじゃ、稼げないぞ。――じゃあ、解散!」
私は立ち上がりざまに、偽物パンフレットの束をテーブルの端から床へ手で払い除ける。パンフレットは、窓からの外光の中、ヒラヒラと舞って床に散らばった。
青ざめている馬野を置いたまま席を立つ。
知っているか、馬野。ネットワーク商法で本当に稼げるのは、最初に仕組みを作った奴だけだ。
外に出ると、街は今日も生き馬の目を抜くように忙しなく動いていた。
了




