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友、遠方より来たる

作者: 時輪めぐる
掲載日:2026/11/01

 改めて、馬みたいだと思った。こういうのは何というのだったか。そうそう、馬面。って、まんまじゃん。可笑しくなって、思わず吹き出した。

「鹿島さん、ぼ、僕の説明、変でした?」

「あ、いいえ。ちょっと、風邪気味で。すみません」と言って、コンコンと咳をして誤魔化す。

「……そうですか。このところ、ちょっと冷えますからね。説明を続けますね」


 昼下がりの小さなカフェは、ランチ客が捌けて、ゆっくり話をするのに最適な場所だ。店の隅のボックス席、テーブルを挟んで座るのは高校時代のクラスメイトの馬野コウタロウ。私と同様、目立たない生徒だった。卒業してから十数年、全く接触はなかったのだが、先日、見慣れないアカウントからのメッセージがあり、誰かと思ったら馬野だった。

「近くまで来たから会いたい」というので、此処で待ち合わせたが、共通の話題も無く、ごくわずか同級生の消息を聞いた後は、手元のコーヒーカップや、窓の外の街路樹などを眺めた。


 どういう流れだったか、馬野はサラブレッドの美しさを滔々《とうとう》と語り始める。

 馬の話に持っていきたいようだ。

「……というわけで、鹿島さん、一口馬主に出資どうです?」

 馬野は見たことがあるような、馬の写真付きのカラーパンフレットをテーブルに広げた。

 コピー? 使いまわしの偽物パンフレットだ。

「馬ですか」

「ええ、覚えてるかな? 僕は高三の体育祭で『馬』の着ぐるみを、鹿島さんは『鹿』の着ぐるみを着せられましたね。その辺りから、僕は馬に縁があったみたいで」

 馬野は目を伏せ、ホットコーヒーのカップを手に取ると一口飲んだ。

 私は黒歴史を思い出すと同時に、クラスメイトに『馬』の着ぐるみを着せられていた馬野の姿を思い出した。二人そろって『馬鹿』とか何とか。思い出すのも腹立たしい。

「えっと、私が馬主なんて。お高いのでしょ? お値段はいくら位ですか」

「費用は、入会金のように一度だけ掛かるものと、毎月掛かるものがあります。その他に保険料は年一回掛かります。こちらをご覧下さい」

 パンフレットには、エクセルで作られた出資口数と毎月掛かる費用の表があった。

 表が見づらい。基本がなってない。事務職をやってると、つい気になってしまう。

「結構、掛かりますね。私、事務員なので、あまり余裕なくて」

「そうですか。そういう方は、こちらのコースがお勧めです」

 そう言って、馬野はブリーフケースからぺらぺらのモノクロのプリントを取り出す。

 こちらが本命か。

 そこには、会員を一人増やせば、自分の費用の最大30パーセントが還元されると書いてある。

「つまり、鹿島さんが三人会員を増やせば90パーセント還元されるので、実質費用の10パーセントで、馬主になれるということです。出資馬が勝てば、もちろん配当金も入る。鹿島さんが何もしなくても、馬が稼いでくれる。副業として最高ですよ。実は僕も、給料だけじゃ奨学金を返せなくて困っていたところ、このコースのお陰で完済できたんです。その上、車も買えちゃって」

 馬の様に綺麗に揃った歯を剥き出して笑う。

 目が笑っていない。偽者の笑顔だな。嘘臭いエピソードだ。

「私、陰キャで知り合い少ないんです。会社の人とも、あまり関わりなくて」

「三人くらいなら何とかなるんじゃないですか? ご両親やご兄弟とか」

 カチンと来た。テーブルの下の拳を強く握る。

 コイツ全然分かってないな。

「……駄目だろう」

「えっ?」

「同一世帯で勧誘したって、たかが知れている。別世帯を狙えと、リーダーに教わらなかったか?」

「……えっと、鹿島さん? もしかして、リーダーの土屋さんと、お知り合いですか?」

「土屋? ああ、アイツか。あのリーダーにして、コイツありだな。確か、一人造反しそうな会員がいると言っていたな」

「鹿島さん、口調が……」

 馬野は、おとなしそうな女を演じていた私の豹変に驚いている。

 ビジネス用スマホを取り出す。

「……土屋さん? あ、私だ。今さぁ、君の下で動いている馬野さんの話を聞いたんだけど、全っ然ダメじゃん。ちゃんと、研修ビデオ見せてる? ……あと、パンフレットの表のフォントはもう少し大きく、行は分かりやすく交互に網掛けでやり直して。以上」

 電話を切ると、呆気に取られている馬野に名刺を差し出した。

「か、会長?」

 声と名刺を持つ手が震えている。

「ああ、私が考えたネットワーク商法なんだ。馬野さん、そんなんじゃあ、元手回収できないよ。勝手にパンフレットをコピーして使ってるね。自分がリーダー(偽)になれば、上納金払わなくて良いし」

「す、すみません。僕等末端の取り分は、売り上げの5パーセントで、リーダーは二倍じゃないですか。僕もリーダーになりたいんです。本当は、まだ奨学金も返せていないし……」

「馬野さん、気持ちは分かるけど、もっと効率を考えないと。造反しないで、土屋の下でもう一回鍛え直してもらって。しっかり、勉強してから、また来い。偽者のままじゃ、稼げないぞ。――じゃあ、解散!」

 私は立ち上がりざまに、偽物パンフレットの束をテーブルの端から床へ手で払い除ける。パンフレットは、窓からの外光の中、ヒラヒラと舞って床に散らばった。

 青ざめている馬野を置いたまま席を立つ。

 知っているか、馬野。ネットワーク商法で本当に稼げるのは、最初に仕組みを作った奴だけだ。

 外に出ると、街は今日も生き馬の目を抜くように忙しなく動いていた。


                   了



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