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6話 アベルという災禍。


 ビシン、ビシンと音がする。


「えいっ! えいっ! えいっ! くだばれアベル」


 そして声もした。

 年端もいかない少女が、アベルにローキックをお見舞いしている。連続で。

 少女は十歳前後に見え、小さくて華奢だった。

 だがローキックはなかなかのしなりをしていて、叩く音もかなり良い。

 相当、蹴り慣れている様子であった。


「アハハ、悪い子はお仕置きで、食べちゃうぞー」

「くっ、このっ! アベルのくせにっ!」


 とはいえ、アベルは屈強な大男。体重の軽い少女というか幼女の蹴りでは効果がない。

 体重差も低く見積もったとして三倍はあるだろう。

 激しく罵る幼女の気概とは裏腹に、アベルの巨躯は小揺るぎもしていなかった。


「悪ぃな、お嬢ちゃん。ちょいと邪魔するぜ」


 だが、カインにはそんなことなぞ関係ない。

 アベルの背中から心臓を刺し貫き、「てこ」の要領で投げ飛ばす。子供の前なので、ちょっとした配慮でもあった。


「カインお姉ちゃん!」


 知らない子供だが、向こうはカインを知っている。目立つカインには、そういうことも結構あった。


「おう、ガキんちょ。家に帰れるか?」


 ざっと見たところ、この辺に生きたアベルはもういない。転がった屍から、カインはそう推測していた。


「帰れない! 帰ってもアベルがいるし! 私の蹴りじゃ、アベル殺せない! 残念!」


 首を振った子供は、元気よくお返事をする。

 蹴りに拘りのある子なのだろう。カインはその頭を頑張れよ、と撫でてやる。殺る気のある子は伸びるもので、彼女はそういった子供を嫌いではなかった。


「あら、それなら取り敢えずの目的は決まったわね」

「まー、そういうことになるな」


 マグダレナが具現化し、カインの肩に乗る。

 聖骸布は何も変わらない。別に死霊聖女であるマグダレナが変身したものではないので、当然だった。


「マグダレナお姉ちゃん!」


 少女が嬉しそうに歓声をあげる。マグダレナも人気者であり、特に少女受けが良かった。

 ゴシックで可憐なドレススタイルは、女の子の憧れであるらしい。

 カインには理解出来ないが。動き難いし、ヒラヒラするのが鬱陶しいので。


「いい子ね、お家へ案内してくれる?」

「うん、あっち!」


 幼女に導かれ、カインたちはまた十匹ほどのアベルを殺しておいた。



 

「ちっと、やり難いな」


 道すがら、見掛けたアベルを殺していくのだが、なかなかこれが面倒で、カインは愚痴を吐く。


「まぁ、街を壊すわけにもいかないし、地道な処理が必要だからね」


 槍で突いたり、斬ったり、殴ったりして殺しているものの、どうにも地味だった。

 銃も携行しているが、弾の問題もあるので、使ってはいない。


 割とカインは派手にぶちかましたい方なので、人混みの中からアベルを見つけ出し、死体へ変えてゆく作業にも、飽きが来ていた。


 これまでに、何匹殺したか。

 それはもう数えていない。アベルは勝手に増えるので、数えても無駄であるのだから。

 ちょっとデカくて筋肉質なアベルだが、街中での駆除作業はなかなかに地味だった。


「腹減ったし、飯食いながらにしよーぜ」

「私は減ってないわ」


 ツンと澄ましたマグダレナはけんもほろろである。

 死霊は食事を必要とせず、聖女であるので食い意地が張っていては恥ずかしい。

 マグダレナには昔から、そんなところがあった。


「死霊と違って、オレは減るんだわ。クーポンもあるし、バーガーにすっか。モフだぜモフ」


 モフとは、モフモフバーガーのことである。

 モフモフした動物たちとの触れ合いを売りにした、飲食店にあるまじきチェーンであった。

 ノドでは、特に長毛種を推していた。


「モッサーちゃんに、会いに行こー❤️」


 死霊聖女はチョロい。可愛いものが大好きであるからだ。戦車とか、毛羽毛現とかの。

 すれ違った大男がドシンと倒れる。顔を見れば、アベルであった。


「もー。カインったら、ちょっと弛んでない?」


 小さなマグダレナの手のひらの上で心臓が脈打っている。出血はなかった。


「手間掛けさせて悪ぃな。バッチいから捨てとけよ」

「そう思うんなら、油断しないでくれるー?」


 死霊が心臓を放り投げると、ポッカリと空いたアベルの胸の穴へと収まる。通りすがりに抜き取られた心臓は、あるべき場所に戻った。

 アベルの生命が戻ることはないにせよ、元鞘として収まっている。


 モフでもアベルたちが並んでいたので、取り敢えずカインたちは殺しておく事にする。

 おかげで待ち時間の半減も出来て、一石二鳥であった。

 こういった場合、遺骸の処理も店舗が責任を持ってしてくれるので、ポイ捨てともならない。

 精神衛生上、悪くないサービスであった。


 ピンポンバーン。


「行政よりノド市民の皆様へ、アベル駆除隊が結成されたことをお伝えします。並びに、護衛団にも市内での発砲許可が降りたことをお伝えします。銃弾が飛び交いますので、お気をつけください。繰り返します。行政より——」


 広報によれば、お役所も本格的に駆除を始めるつもりらしい。

 アベル駆除の基本というものは、主に索敵、殺戮、後処理の三作業に分担されている。


「いやー、参ったね。まるで害虫扱いだ。僕たちが、何か悪いことでもしたんだろうか? アベル君」

「いや、まったく心当たりはないね。ちょっとアベル差別が激しい世の中になってるのを感じるよ。嘆かわしいね」


 丁度窓際の席で談笑する二人のアベルのように、アベルたちは高身長かつ筋肉質で目立つ容姿でもあるので、索敵にそう問題はない。

 知能はそれなりの高さにあるが、公権力を用いての科学捜査でなくとも問題なく見つけられた。


「そもそも、僕たちは隣人をあ——」


 銃声が響き、一人のアベルの頭が爆ぜる。狙撃によるヘッドショットであった。


「おおアベル、死んでしまうとは情けない。天にまします——うぼわらぁ!」


 もう片方のアベルが祈ろうとするが、叶わない。その肉体も蜂の巣となっている。

 このように、殺戮自体も簡単であって、屈強なだけあり頑丈であるにせよ、火器に耐えるほどでない。


「はいはい、処理班が回収に来ましたよー」


 ただ問題は後始末にあって、それこそが最大の難点でもあった。死体放置やポイ捨ての片付けは、行政によるサービスで賄われている。


「モッサーちゃん、かーわぁいい❤️」


 マグダレナは毛羽毛現のモッサーちゃんに抱きついてご機嫌であるが、食事中に長い抜け毛が舞うのは勘弁して貰いたい。

 路面店の窓。そこから見える路上では、アベルを追い込み狩りする集団の姿が見えた。


 ——にしてもクソ兄貴、一体街中に何匹増えていやがんだ?


 一体一体が大して脅威でなかろうと、アベルの数は多いし増殖も早い。あまり放置しておくと、増殖速度に駆除が間に合わない可能性もあった。

 

 ——もし、そうなったら。


 ピザバーガーをモフシェイクで飲み下す。

 ねっとり濃厚な甘味が喉に引っかかり、爽快感はなかった。モフではエールを販売していない。


 カインも手段を選んではいられなかった。

 食事を終えたカインは持ち帰りのバーガーを三つ注文すると、グズるマグダレナを掴んで外へ出る。

 アベル狩りのため、戦場へ。

 


 

「だあっ!」


 槍と警棒が高く、響き合う。

 槍を振り下ろしたのはカイン。警棒で受けるはアベル。合金製の警棒に、聖槍は止められている。


「そう殺気立たないで欲しいのだが、妹よ」


 言いながら、警棒で押してくる。力が強い。


「うるせぇ、クソ野郎」


 懐に入られるのを避けるため、カインもまた槍を押し込んだ。鍔迫り合いの形になっている。


「ふふふ、このまま押し倒してしまおうか」


 この体勢、彼女にあまり良くはない。

 カインは優れた強化の使い手であるが、アベルもまた使えぬ術式ではなかった。強化は身体性能を高めるが、素体に掛かるものとなる。

 身長、体重、膂力差。それらは明確であった。


「チッ……」


 舌打ちをするも、押し込まれるカイン。

 上段からの圧力を支えきれず、腰が、膝が落ちかけた。アベルが鼻息も荒く、笑った。


「たっぶり可愛がってあげるからね、妹よ」


 言うと共に力任せに押し込んで来る兄に合わせて槍を引く。


「あら、随分と情熱的なキモさじゃない? カイン、殺っちゃいなさいな」


 死霊の誘惑へは答えずに。

 カインの足は一歩前へと踏み込んで。


「まっぴらごめんだね」


 どちらかへなど、言うまでもなかった。

 前傾した男の腰に背中を合わせ、下から身体を跳ねさせる。


 ——腰車。


 前転してゆくアベルの巨体。

 それが地に着くよりも先に、カインは石突にて頭部を砕いていた。

 

「マグダレナっ!」


 また別々のアベルたちの頭部を握り潰した相棒の名を呼んで、拳銃を構える。


「ええ、よくってよ」


 淑やかな返事が返り、少女の身体は翡翠の光へと変わった。銃声が響いた。

 銃を構えていたアベルの身体は挽肉となっていた。


 そして周囲を見回したカインが息を吐くと、マグダレナは彼女の肩へ乗る。


「取り敢えず、ここらは大体OK?」


 定位置の相棒へ一言。


「それなりにOKね。次、行きましょ」

「ああ、急ぐぞ」


 カインはアベルの死体から拳銃をもぎ取って、再び駆け出した。


 


 そんなこんなでアベルを狩ってゆく二人だが、段々と陽も落ち始めてきている。

 アベルたちを殺してゆく。警棒を、刺股を、槍を手にしたアベルたちを殺していった。

 複数の発砲音。


「ちょっとカイン、気を付けなさいよ」


 銃弾がカインへ届くことはない。その程度の大きさならば、マグダレナの矮躯でさえも止められる。

 彼女は槍を突き入れて、拳銃を手にしたアベルの身体を刺し貫いた。


「おう、悪いな。しかし、参ったな」


 アベルが発砲したもので、狙われたのはカインである。あまり良い状況とは言えなかった。


「いたぞ! アベルだ! 殺せ!」

「ここは通さないぜぇ」

 

 アベル駆除隊、街の有志と護衛団、そして市職員により構成された討伐隊の声がする。


「ま、待て! 話せばわかる!」

「ヒャッハー! 汚物は消毒だぁ!」


 狼狽するアベルの声も。

 そして幾つもの銃声、怒声が響き渡る。ボゥという激しい音がして、漂って来るのは焦げた臭い。

 アベルの肉が焼ける臭いであった。だがそれは、駆除の進捗を意味しない。


「ふぅわーっはっは! 僕たちだって、やられっ放しじゃいられんよ! ファイエル!」


 アベルの笑い事と共に、聴こえてくるのは銃声。だけではなく。


「ぐおっ! やられた! 交代だ! 一旦、退けい、退けーいっ!」


 などと、焦りの浮かぶノド市民の声も聞こえてきている。


「マズイな」


 アベルはバカだが、知性がない訳ではなかった。

 人並み以上に頭は回る。研究も出来れば、道具の扱いや集団戦術の心得もあった。

 危機意識なども非常に高い。


「街の人たちにも被害が出ているわ。急ぎましょう」


 マグダレナにも、その脅威がわかるのだろう。アベルは単にデカイだけの、筋肉達磨ではなかった。

 その雄叫びが聴こえてきている。


「ヒャッハー! 逃がさねぇぜ!」


 そう言った後に、砲を放った轟音が響いた。


「チッ! 行くぞっ! マグダレナ、『治癒』の用意をしておけっ!」


 舌打ちを止められないカイン。マグダレナへ指示を出し、彼女は武器を得て、危険度を増したアベルの元へと走った。


「任せて、誰も死なせやしないわっ!」


 マグダレナの治癒ならば、瀕死であっても蘇る。アベルはもう、狩られるだけの駆除対象ではなかった。


 ——間に合えよ。


 敵対者との戦闘経験を経て、武器を鹵獲し使いこなす無限の集団となっている。

 アベルは戦闘を好まず穏やかな気質であるも、生命を脅かされるなら話は別だ。正当な防衛として、殺戮を躊躇うような魂ではなかった。


「お、カインじゃないか。悪い人たちに、イジメられてはいやしないかい? お兄ちゃん、悪い奴らからカインを守るよ」


 大通りに出たカインは砲を抱えるアベルを見た。

 戦車砲である。その砲口は、近場の建物へと向いている。


「——伸びろ、如意槍」

「うぼらはぁっ!」


 だがそれ以上言わせずに、カインの槍がアベルを貫く。もう時間は、長く残されてはいなかった。

 別のアベルたちが弾幕を張った。


「カ、カイン、何をするっ! いくらお兄ちゃんでもあまりお転婆は——」


 それも言わせない。

 拳銃の引き金を絞り。ヘッドショットをお見舞いしてやった。

 既にアベルは駆除されるだけの獲物ではない。

 確かな意思を持ち、生存へ向けて必要なことをするようになっている。

 そして数の力。共有、あるいは集合知によって、その性質は最適化し続けていた。


「カインちゃん!」

「お前らっ、戻るか戦力を整え直せっ!」


 ノドの人々による呼びかけに、カインは怒鳴る。

 マグダレナは負傷者の治癒へと回っていた。見る限り、既に五名ほどの死者が出ている。


「邪魔になる」

「け、けど俺たちだって……」


 気持ちはわからなくもない。だからこそ、彼らが前線に出ることは不合理だった。

 街の軟弱な大人では戦車砲にさえ耐え切れるはずもなく、武装をしていればアベルの武器となる。


 本人のみならず、身につけていた物まで増殖させるのがアベルであった。

 一発の銃弾は、無限の弾薬となった。それに——。


 ピンポンパンボーン。


「行政よりのご連絡です。有志の皆様、大変ご苦労様でした。ご協力、ありがとうございます」


 もう聞き飽きた、行政による公共放送であった。


「行政よりのご連絡です。アベルへの警戒レベルが、四となりました。繰り返します、四となりました」


 警戒レベル四。それが意味するものとは——。


「生身での常時超音速戦闘、及び核融合反応への無傷で対応可能な市民以外へは、避難命令が発令されております。繰り返します。警戒レベルは四。避難命令が、発令されました。速やかに——」


 淡々とした声が耳を打つ。悔しがる者、頭を抱え込む者、それぞれがいる。


「ですってよ。私たちを信じて、待っていなさいな」


 マグダレナはスカートの裾を掴み、優雅な淑女の礼を見せた。


「討伐隊の再編を行います。我こそは、条件を満たすと仰る方々は行政府へとお越しください。報酬は、生死を問わずでございます。繰り返します——」


 淡々とした放送は、酷なもの。


「……すまん。任せた」


 悔しくないはずもない。

 彼等は皆、街を守りたく、隣人を守りたくて外に出た。その意気を感じぬカインではなかった。

 だから、サービスの一つだってやってやる。


「任せとけ。ま、安心して待ってろよ」


 サングラスをクイッと上げて、胸を叩いた。

 任せとけのポーズであった。

 ボヨンと音がして、脂肪が大きく揺れるも恥ずかしいことなんてない。


「オレは、オレたちは、兄殺しのカインだぜっ!」


 そうしてカインは身を翻す。

 向かうはノド行政府。組織的な駆除を行う司令室。


「ああ、任せた。よろしくな」


 この警報が意味するものは、場合により市中での大量破壊兵器、核兵器の行使を辞さないという意味だった。だからこそ、避難が推奨されている。

 それだけ、状況はよくないということだろう。


「アベルは無様に、逝って良しだわぁ❤️」


 マグダレナも殺る気満々であった。

 そう。そんなことでは死霊聖女を、兄殺しのカインを止める理由とはならない。

 むしろ、闘志が湧くものだ。


「今夜の祝勝会には、熱々のピザとキンキンに冷えたエールを頼んだぜ」


 もう時間はない。強化したカインは、音速の五十倍を超える速度で行政府へと向かう。

 建物は無事である。そんな柔な建造物など、この世界では手抜き物件であった。


 




 


お読みいただきありがとうございます。

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