神秘めぐり
ここは都会のI駅。雑踏にまぎれていながらも、誰からも気づかれない。私は俳優であるはずなのに。俳優業だけでは食っていけなくなって、たまにアルバイトをしている。売れないから、当然金は無い。一般企業のサラリーマンよりも稼ぎは少ない。もう三十六歳で、大して顔がいいわけでもなく、声がいいわけでもない。売り込むところもないからいっそ、俳優などやめて会社勤めでもしたほうが安定して食っていけるのに。なけなしのプライドがそれを許さなかった。
旅行が好きだった。しかし、生活が苦しくなってからは旅行など行く余裕がなかった。このロケは、旅費や滞在費はもちろん番組がもってくれる。ロハで旅行に行けるのだ。仕事をしながらではあるが。割りの良い話に飛びついて、やっと自分にも運が向いてきたなんて思っていたのだが、それはロケの内容を知るまでのことだった。
「炭山さん。お待たせしました。それではこちらへおねがいします」
アシスタントらしき若い女が、私のところへ来て言った。
「よろしくおねがいします」
今回移動に使う車が駅前に停めてあるというので、一緒に向かう。
「不思議なことに詳しいんですか?」
歩きながら、アシスタントの女が尋ねてきた。なんだかその、初々しい言葉遣いに若さを感じた。
「いえ、それが全然なんですよ。仕事しながら旅行ができたらいいな、と思ったので」
冗談めかして本当のことを言った。夏も終わり、太陽の光も穏やかになっている。季節は秋の始まりといったところか。
同行する予定の二人が、すでにバンに乗って待機しているのが見えた。
ロケ番組をしたことがないからよくわからないが、番組出演者とカメラマンやアシスタントといった、その他の人間は別の車で移動するものではないのだろうか。我々のロケはやや古めのバン一台で行うようだ。運転手はカメラマンアシスタントで五十過ぎくらいの男性だった。なんだか昨日までホームレスだったような風体だった。カメラマンは四十過ぎだろうか。熟練しているのが表情から見てもわかる。一番頼りになりそうな雰囲気を出している。あとは私を迎えにきた女の子。スタッフはこの三人である。それに我々番組出演者が私とあと二人。一人は売れない芸人。クイック斎宮さんという男だ。この人は問題なさそうに思えた。問題なのが、もう一人の男の方だった。
初対面から印象はひどかった。とにかく傲慢で、自分が一番賢いからなにをやっても良い、というような態度だった。
あらかじめ共演者の来歴書で、少しこの人の経歴に目を通している。名は与加賀太一。少年向けの小説を書いているという。昔は人気があって、アニメ化もされたらしいが、私はそのアニメを知らない。彼の書くものがどんなものか少しだけ調べたが、要はそういうアニメ好きな男子に人気の出そうな女の子がたくさん出てきて、なにか他愛のない会話をする、といったものだった。
色白で目が細くて、小太り。どちらかといえば不細工な部類の顔面である。パーカーを着て、チェーンを首にかけていた。もう、そんな恰好をするほど若くはないと思ったのだが。その身なりはよいとして、問題なのは人格である。
バンが走り出してから、私が挨拶すると、最初の一言が
「おたく、なに?」
とこんな挨拶だ。しかも、両腕を頭の後ろで組んで、そんなことを言うのは、完全に私を下に見ているからに違いない。
「あ。確か俳優だっけか。テレビで見たことねえわ。俺が知らんてことは売れてない部類の人ね。貯金、ちゃんとあんの?」
と言った。さすがにここまで言われて黙っているのもどうかと思ったが、周りの人が横目で『ああ。また始まった』というふうに様子を伺っているのが知れたので、
「実はそうなんですよ。確かに、売れてはないです」
と答えた。すると与加賀は指をパッチンと鳴らして私を指差した。
「自覚あるんだったら、もっと頑張んなよ」
初対面で一体なんなのか、この男は。
どうやら、共演者のクイック斎宮さんも、この与加賀の奴を相手にするのは苦手な様子だ。それだけではない。カメラマンやスタッフの女の子、あのホームレスのようなアシスタントにまで煙たがられていることがすぐに知れた。
場の雰囲気がそう告げていた。バンの中では、与加賀を怒らせないようにして会話がなされていった。
子供のころから、人と争うのが嫌だった。中学のときにバスケット部に入っていたが、レギュラー争いなどしたくなかった。うまい人が選ばれるのは当然なのだが、だからといって、人を蹴落とすようなことをしたくなかった。子供ながらに、人生の椅子取りゲームに参加したくなかったのだ。幸い、バスケットが大して好きではなかったので、上達はせず、大体がベンチであった。
旅行というのは素晴らしい趣味だ。明確な目的もなく、時間をゆっくりと過ごす。そこに争いはない。
大人しい性格だと自分で思う。これからも、おそらく変わらないだろうと思う。
二時間ほど車で移動して、最初のロケ地に着いた。
「おい。タバコと栄養ドリンク買ってこい。それからなんか読む物」
ロケ地につくなり、与加賀がそう言った。ついさっきコンビニに寄ったじゃないか。と誰もが言いそうになったのに、
「わかりました」
と女の子は急いでバンに乗り、さっきのコンビニへ走っていった。女の子も仕事とはいえ可哀そうな人に当たったなと思っていると、
「あの」
クイックが声を出した。
「はあ? 何。なんか文句あんの」
与加賀がクイックを睨んだ。
「さっきコンビニありましたよね」
「あったけど? それがなに」
「いえ、別に」
クイックは黙ってしまった。多少は反抗したから根性があると思ったが、クイックはそれほど強くないようだ。少し期待したのだけど。
「今日は明治からある老舗旅館に泊まります。その旅館では、様々な霊現象が報告されていまして、テレビでもよく取り上げられる場所です。昔合戦場があった近くだとのことです」
スタッフの女の子が言った。
「それは面白そうだね。もうすぐ着くの?」
私が尋ねると、
「はい。あと、十分くらいで着くと思います」
女の子の言った通り、十分少々で旅館が見えてきた。坂を上って、崖が続く道を行くと、ぽつんとその旅館があった。
いかにも安そうな、古い旅館だった。格式高い老舗旅館ではない。長年経営してきたから建物が古くなって、結果的に古ぼけた様相になっているだけだった。
「ねえ、炭山さん。どっか飲み行きません?」
クイックが近寄ってきて言った。
「このへんに、飲み屋なんかあるかな?」
「スナックくらいならあるかな、なんて思います、たぶん」
なにか、話したそうな雰囲気だったので、
「いいですよ」
と答えてから、与加賀の奴が無遠慮に我々の話を聞いていたので、
「与加賀さんもどうです?」
と聞くと、大げさに頭と手を振って、
「おめーらとは格がちげえ。おめえらみたいなのと飲むようになったら負け組だわな、普通に考えて」
と吐き捨てて、タクシーに乗ってどこかに行ってしまった。
クイックは与加賀の乗るタクシーを憎々しい目で睨んでいた。
「ちょっと、炭山さん。なんで与加賀なんかに声かけるんすか?」
「どうせ来ないのわかってたから。来ないクセに誘わないと文句言うタイプでしょう」
我々は徒歩で、どこか店のありそうな辺りに向かうことにした。静かな夕方だった。道路はたまに車が走っていくだけで、歩く人はない。散歩にちょうどいいくらいの道だった。
十分ほど歩くと、飯屋のような看板があった。はたしてそこは、さびれた焼き肉屋だった。営業しているのか不安になるほど、しんとしていたが、店内には灯りがともっていたのでなんとか営業しているようだ。
焼肉・定食 もみじ
と看板が出ていた。
「ここでいっすよ。もしかして肉って気分じゃないですか?」
「ううん。ここでいいよ」
戸を開けると、
「いらっしゃい」
と、前掛けをつけたおばさんが出迎えてくれた。
客はまだ誰にいなかったので、長居できそうな隅の席に陣取った。テーブルの中央には焼肉用の七輪が据えてあった。これに炭を入れて肉を焼くのだろう。ガス火ではなく、炭火か。これはいい。
「ちょっとずつ焼肉しながら、ちびちびやろうか」
私がそう言うと、
「いいっすね」
クイックは品書きを見て、臓物を少々と酒を頼んだ。それからきゅうりの漬物と自家製キムチも追加した。
飲み食いするものが揃ったので、我々は肉を焼き始めた。臓物は焼けるのに時間がかかる。じっくりと焼けるのを待ちながら、きゅうりなどをつまんだ。
「炭山さん、この仕事なんで引き受けたんですか?」
クイックが私に言った。
「まあ、俺は売れてないし、仕事もないからしょうがないよ」
「それなら俺の方が売れてないですよ。バイトしてる時間の方が長いわけだし。芸人としての稼ぎは月に三万くらいですよ」
「君は若いからまだ先があるさ。明日は山の中に行くんだって。たしか、朝七時に旅館を出るそうだからあんまり遅くまで飲めないな」
「まだ六時ですから問題ないですよ」
クイックは、早い調子で酒を飲んで、順調に酔っぱらっていった。
焼肉はうまかった。そのおかげで酒も進んだ。一時間少々で、クイックは泥酔した。酒に弱い方かもしれない。
「俺、もうそんなに若くないんすよ! 今年で三十三ですから!」
飲んだ勢いで、クイックの売れない芸人の愚痴が始まった。
「年取った売れない芸人ほどみじめなもんはないすよ。だって俺、どうすりゃいいんですか。芸人やめて普通に働くなんて選択肢もないですよ。俺、中卒だし、正社員にもなれないし」
「それじゃあ、芸人で一発当てればいいじゃない。君の意味不明なギャグでも、波にのれば流行る可能性はあると思うぜ。ほら、テレビに出てる人でも、なんかそういう感じのやついるじゃん。ただ意味のないようなことを叫んでさ、そういうのが意外と流行るんだよ」
「事務所が売り出してくれればですよ。うちのはそんなチャンスないですからね! わかる? 俺のとこはお金無し、そんなコネ無いの! わかる?」
クイックが絡んできた。もう目の焦点が合っていない。私の顔を見ているようで、どこか向こうの壁を睨んでいるようだ。
もし成功していたら、こんな場所には来なかった。これから成功の道はあるのだろうか。
売れない芸人と二人。
旅の抒情に酔ったせいか。これは人生の途中。やがて私がここにいることは私の過去になる。いつか思い出す日が来るのか。
物悲しい初秋。
クイックの話が尽きないので、旅館に帰ってまた飲むことにした。クイックが闇夜に神々しく輝くコンビニの明かりを見つけ、そのコンビニでつまみと酒を買った。
旅館に戻ってから、窓際にある向かい合わせの椅子に座って、夜の景色を眺めながらまた飲むことにした。
夜の景色といっても、辺りが真っ暗なので旅館の庭くらいしか見えない。その代り夜空ははっきりと見えた。窓を閉めていても、遠くで鈴虫が鳴いているのが聞こえる。
旅館の宿泊客は少なかった。私達のほかは老夫婦が一組だけだ。
「だいたい、あのおっさんはなんなんですか! 与加賀とかいうあいつ! あいつだって、昔は売れっ子作家だったみたいだけど今は落ちぶれてるだけじゃん。過去の栄光にすがってるだけじゃん! 恰好つけやがって」
与加賀の奴は離れた隅の部屋に泊まっている。静かなので、もしかしたら声が聞こえるかもしれない。
「それにしてもやりにくいよな。ちょっとあいつの書いている小説を調べてみたけど、あんな奴が書いてるなんてな」
「流行りに便乗して、たまたまそれが上手くいっただけの奴ですよ。それなのに、すぐ先生気取りだ。今の作家なんてそんなもんですよ」
クイックが愚痴を言った。愚痴ばかり聞いていても辛いので、
「普段はどこでバイトしてるの?」
と話題を変えた。
「駅前のコンビニです。時間が空いたら日雇いで単純作業やってます。段ボール運ぶ仕事とか」
「で、本業の芸人の仕事は?」
「仕事があるときだけ連絡が来るんです。月に2、3回くらいですかね。大型スーパーのショータイムとか、着ぐるみの仕事とか。あんまりギャラを払えないテーマパークとか」
それでは、本業だけでは食えていないことになる。芸人のほとんどは売れないまま終わるのだろう。
「そういえばあの人、ここだけの話、借金結構あるんですって。競馬とかで作った借金だそうですよ」
クイックがまた与加賀の話をした。
「え、借金あるの? じゃあ闇金から借りて逃げてるんじゃないの?」
冗談で言ったら、クイックが笑った。
時計を見た。十一時だった。
「君とはまだまだ話すことがあるように思う。明日も二人で宴会しようか。とりあえず今日のとこは寝よう」
そういってクイックをなだめて床につかせた。
翌日。
ここは獣人が潜む森だという。一体誰が言ったのか。
暗い森だった。木々が生い茂っている。
車から降りた私たちは、なんとも言えぬ雰囲気で立ち尽くしていた。仕事なので、ギアを仕事用に入れた方がいいのだが、こういうミステリーツアーのロケで笑顔を作るのはおかしいし、なにをすれば自然になるのかがよくわからない。
与加賀を見た。ニット帽にサングラス姿。あまり似合っていない。顔が豚のようなので、どう着飾っても無理がある。ネックレスにシルバーアクセサリをつけて、こんなださい恰好でテレビに出るのか。
「ここは獣人の目撃談があったとされる森です。ここは太鼓の生物が行き来できる異空間に通じる穴があるとかです。では、カメラが後ろからついていきますので、三人で話しながら奥のほうまで歩いてください。あの、大きな岩のある辺りまで歩いてください」
できるなら、このふわふわした力の入れようのない仕事を早く終えたい。確かに暗くて雰囲気のある森林だが、この日本に獣人がいるとは思えない。こんな車を止めてすぐの場所に獣人が生息するなら、もうとっくに発見されていてもおかしくない。
日本人のロケでよくあるのが、幽霊や獣人がいることを半分疑って、半分信じているような、どちらでもない中庸な態度で臨む姿勢。こういうのが自然なのだろうか。
俺とクイック、与加賀は、わざとらしく並んで、ゆっくりと歩き始めた。
歩きながら、この森に棲む獣人のことを話さなければならない。
しかし、何も思いつかない。せめて表情だけでも演出しようと思い、運命に立ち向かう男、のような表情をしてみることにした。
「不気味な感じがする森だね。誰かに見られてる感じがする」
私が言うと、クイックが、
「獣人が、僕たちが来たことに気づいたんでしょうか」
と合わせてくる。少々演技が過ぎるような気もするが、どうせテレビ番組なのだ。わざとらしいくらいでちょうどいいだろう。
与加賀なんかは、うまいことも言えず、ただ黙って歩いている。
と五十メートルほど先で、何か動いた。
「お、あれはなんだ」
私は咄嗟に声を出した。木に登っている猿だった。
「猿だ」
と言ってから、
「この森は猿が住むにはいい環境なんだな」
と適当なことを言った。猿が住みづらい森があるのだろうか。
「獣人は異世界からの使者だと思う、思いますよ」
と、与加賀の奴が下手な喋りで言った。喋るならはっきり喋ればいいのに、ぼそぼそ言っているからよく聞こえないだろう。それに、獣人は異世界からの使者だとか勝手に創作した設定のような、よくわからないことを言って、それに対する補足説明もない。ただ、思いついたままのことを言ったのだろう。だったら黙って歩いていればいいのに。
このままではテレビ的にまずいので、
「与加賀さんは、たしかそういう作品をたくさん書いていて、膨大な量の下調べなんかもしているから、そういう知識があるんですよね」
と私は言った。
「下調べとかは、他の奴がするんですけど、まとめるのは俺が、いやぼくがやるんでして、その」
と、またまずい喋り方をするので話を遮って、
「なるほど! やっぱりその道のプロが同行すると頼もしいですね」
と言ってまとめた。
結局、三時間ほど森の中で収録を行った。我々は森の奥の方まで入っていった。夕方になったら雰囲気も出てきて、鬱蒼とした森になった。しかし、獣人などは相変わらず出現する気配はなく、森の動物の鳴き声や木の葉がこすれる音が聞こえていた。私とクイックは「雰囲気が出てきましたね」などと言ったが、与加賀の奴は相変わらず、「獣人の正体は異世界で罰を受けたドワーフだと思う」といった、頓珍漢なことばかり言っていた。
普段あまり体を動かさないせいか、最近はあまり腹が空くことがなかったのだが、今日は久しぶりに猛烈に腹が減った。
夜、旅館で出る夕食を断って、昨日の焼き肉屋にクイックと二人で向かうことになった。嫌味でもう一度誘ってみたが、今日のロケでの自分の酷い発言を自覚して引け目を感じているのか、「いや、いい」と言って顔を背けただけだった。旅館のトイレで、カメラマンはぼそっと、こう言っていた。「与加賀さんのとこだけ使えねえわ」。
廊下に浴衣姿のクイックがいた。その表情は、露骨にまた語らいをしたそうだった。
クイックとは性格が合うのか、この短期間で、私たちはいつの間にか仲良くなっていた。
「外、行く?」
と言ってみた。
「ええ」
クイックは嬉しそうに頷いた。
昨日の焼き肉屋で、再び飲み食いをすることになった。
「今日の与加賀、最低だったね」
私が肉を箸で掴みながら言った。ここの肉は、味に深みがあるというのか、熟成されているというのか、しっかりとうまい。
「ほんとほんと、最低だ。服もダサイし」
クイックはひたすら酒を飲んでいた。
「斎宮さん、嫁さんはいるの?」
私が聞くと、
「いたんですけど。逃げられました。いや、俺、給料少ないから仕方ないんですけど。年に一回も外食に行けないような暮らしでしたから」
「そりゃあひどいね」
焼き肉を終えて旅館へ戻り、部屋へ入った。クイックはまだ与加賀の愚痴が足りないらしく、「まだ聞いてくださいよ!」としがみついてくるので、酒を少々持って、私の部屋に来ていた。旅館はしんとしているので、小声で話を始めようとするやいなや、襖の向こうで『ごめんください』と声がした。声からして、カメラマン、宮田の声だった。このロケ一行で一番経験のある男だ。
「ちょっとミーティングしたいんだけど、今、いいでしょうか?」
困ったような、なんとも言えないような顔をしている。
「ええ、いいですよ」
宮田さんは、浴衣姿で部屋に入ってきた。風呂上りなのか、そういう匂いがした。いつもより肌がつるっとしているのでわかる。
私たち三人は、畳の部屋に小さく輪になって座った。
「で、なんですか?」
私が尋ねると、
「いやー、撮影箇所を、もう何か所か増やそうと思っててね」
と気楽な感じで言った。
「それで、予定より色々回ってもらうことになるけど、スケジュール的に大丈夫かな、と思って」
なんだそんなことか、と思った。
「俺は大丈夫ですよ」
クイックが先に答えた。私も、後に仕事の予定などないので、
「僕も問題ないですよ」
と返事をした。すると、宮田さんが頭をかきながら、
「いやね、今日の感じだと、尺がもたないんだよね、実は。斎宮さんと炭山さんはいい演技してくれるんだけど、もう一人のがね」
と言って言葉を濁した。
ああ、そういうことか、と思った。ここに与加賀の奴がいないのはそういうことか。
「じゃあ、あの人のせいで仕事が増えるということですか」
与加賀の部屋に聞こえるかもしれないので、なるべく小声で言った。自分で言ってから、言い方が悪いと思った。
「そういうことなんだけどね。まあ、態度は酷いわ、使えないようなわけわかんないことばっか喋るわ。もう散々だ」
「いっそロケから外れてもらったらどうですかね」
クイックが言った。水を得た魚だ。奴の悪口を言う仲間がもう一人増えたのだから。
「そういうわけにもいかないんだよ。あいつも落ち目とは言っても、まだ一部のファンには受けてるわけだし」
翌日。
またロケ地に来ていた。
ここはUFO目撃例の多い霊山ということだ。ただの山だ。撮影するなら、どこの山でも同じだ。
本日は、UFOが出現するのを待つ、ということで山にずっといなければいけない長丁場となっており、夜遅くまでここになければならない。
昼間のうちに、UFOの目撃地点を探している我々、という映像を撮ることになった。
「あれが、そうじゃないですか? とんがった形がまさにそうです」
クイックが写真を見ながら言った。UFOが山の頂上付近に出現したときの写真だという一枚。たしかに、謎の光が映っている。
「昼間でも目撃例があるほど、たくさんのUFOが確認されているそうです」
クイックがテレビ向きの説明をした。
カメラが私の顔を狙っている。よって私は、神妙に山の方を睨んで、懸命に探しているふりをしなければならない。少し眉をひそめて遠くを見つめ、真剣にUFOを追い求めている表情をするように努めた。
「夜になるまで待ってみようか」
と私が言った。
当然、夜になっても何も起きなかった。夜の森は、遠くの方で獣の鳴き声がして怖い。ガサガサと木の葉がこすれる音がするのも、近くにイノシシでもいるのではという脅威を感じる。
「どうします?」
私がカメラマンに聞いた。
「UFOが来なかったら、どういうオチになる予定ですか?」
カメラマン宮田がカメラを降ろして、
「うーん。こういうものにはつきものだしね、何にも出てこないの。だから、テロップで『結局UFOは我々の前に現れなかった』みたいな感じになるかな」
と言った。
「ああ、UFOは別にこんな感じでいいよ。十分尺がもちそうだし」
OKをもらったので、少々安心した。我々も、演技をした甲斐があったというものか。
「あー。色々段取りがなってねえな、調子狂うぜ。本物の宇宙母艦呼ぶとかしてみろよ。ったく。俺、いそがしんだけどな」
忙しくもないくせに、与加賀が吐き捨てた。与加賀の奴は自分のトーク力がないことを思い知ったのか極端に口数が減り、撮影のときはもはや何も喋らなくなっていた。与加賀のことは、もう誰も相手にしなくなっていた。
深夜に魔界へと繋がる道。魔女が潜んでいるとされる洞窟。我々はロケ計画のままに、森の中で撮影を続けた。しかし色々なスポットに行ってもあんまりに何も起きないので、これはまずいということになり、ヤラセをすることになった。人気の無い森と売れない芸人・役者の顔しか撮っていないのだから仕方ない。森の暗闇に人影が動く、カメラが故障して何も映らなくなるなど、アシスタントの女の子と我々の演技で無理矢理怪奇現象を作り出した。
翌日。今日は心霊現象が起こる廃村に向かうことになっていた。
朝、支度をして車に乗りこむと、クイックが後から乗ってきて、
「そういえば与加賀さん、昨日から見てませんね。なんか用事で帰ったんですかね。なにか聞いてます?」
たしかに、朝から与加賀を見ていない。部屋から出るような音も聞こえなかったし、朝食も食べにこなかった。
「いえ、なにも」
カメラマン宮田の携帯が鳴った。すぐに宮田は電話に出た。内容的に与加賀の件であることはすぐに知れた。宮田はすぐに電話を終えると携帯片手に、
「与加賀さん、どっか連れてかれちゃったらしい」
その言葉に、思わず前のめりになった。
「どういうことですか?」
私が質問しようと思っていたことをクイックが言った。
「与加賀さん、かなりの借金があったみたいで、今は仕事が少なくなって払えなくなってたみたい。利息分を返すためにヤバイところからも借りてたようで、闇金どころかヤクザに直接借りてたみたい。前からそっち方面にコネがあったらしいんだけど」
宮田はそう言った。
「じゃあ、殺されちゃったんですかね」
クイックがやや嬉しそうに言った。
宮田が本当に困ったというような顔をして、
「いっやー、わかんない。とりあえず、与加賀さんは我々とは別個に捜索隊を出しますので、みなさんは安心して、ロケを行ってください。あと2、3か所で終了ですので」
と言った。
「あの、なんで誘拐されたってわかるんですか? あの人のことだから、勝手に家に帰ってるってこともあるんじゃないですかね?」
私が聞くと、宮田は唇を歪めて、
「荷物が部屋にそのままあったんですよ。それに、なんか争った跡があったし」
「そりゃ大変ですね」
クイックが言った。宮田は独り言のように、
「出演者が行方不明になったら、公開できないよこの番組。ほんっとにあの人は迷惑だなあ」
その日はまた、適当なロケ地を巡って撮影を行った。
結局与加賀は見つからず、ロケは中止になり、与加賀は行方不明のままだった。




