第9話 もし死に場所を選べるのならばギャルの谷間もありかもしれない
学園の三大美女が一人、司会者系美少女、ギャル担当の水瀬有紗が一人でカフェふりーにご来店していたのには驚きだ。意外にもこういうアニメとか好きなタイプだったんだね。いや、10年くらい昔のアニメで、他にも同世代の人達が来店しているから別におかしなことではないんだけどな。しかし妙だな。水瀬有紗はいつもより髪を盛りに盛って気合いを入れているように見えるんだけど。
「……ジーッ」
それにしても、水瀬さんのところに注文を取りに来たんだけど、さっきから水瀬さんがこちらを見つめてくる。制服か? もしかして制服でバレたか? やっべ、気まずい。
「あ、あの……お姉ちゃん……?」
「お姉ちゃん?」
「あ、ちがっ、ごめ、んなさい。おきゃ、お客様。ご注文をどうぞ」
「やっば☆ 海斗くんの完成度たっかいっすね。めちゃんこきゃわわです♡」
グッジョブと親指を突き出してくれる。やっぱりノリ良いな、このギャル様。
「あーし、海斗くんが一番好きなキャラなんすよ。だからこの店で海斗くんのコスプレして接客してくれるってSNS上がった時はテンションぶち上がって昇天するかと思ったっす。ありがとうございます」
水瀬さんは素直に自分の思いを述べてくれる。
こうやって喜んでくれるお客さんがいてくれるだけで、こちらもコスプレをしている甲斐があるといったもの。全力で海斗くんを演じて、一人でも多くのお客さんに喜んでもらいたいという思いが、ふつふつと胸の内から湧き上がってくる。
「あ、ありがとう。お姉ちゃん♪」
俺の出来る限りのショタ笑みを水瀬さんに送ると、「やっぱ完成度たっけー♡」と喜んでくれていた。
オーダーをキッチンに持って行く際、色葉──四葉ちゃんと被った。今の俺は水瀬さんの感想を聞いて気分が上昇している状態でもある。
「こうやってお客さんが喜んでくれていると、全力で応えたくなるよな」
「でゅへ。そ、それは良かったよ」
「……なぁ、さっきもバックヤードでその怪しい笑みを浮かべてたが、なんなんだよ」
「ふふふ。でゅへへ」
今、この時だけは色葉に戻っている彼女は、怪しくも気持ち悪い笑みを浮かべながらキッチンにオーダーを通していた。
『海斗くんは魔女っ子コスしないのー?』
やる気を出して接客を続けようとした矢先、どこからともなくお客さんの声が聞こえてくる。
『するに決まってんじゃん。ここの完成度は高いんだから』
「へ……?」
お客さんの声に頭の中が真っ白になる。
今の言葉は一体なんなんだ?
呆然と立ち尽くしていると、四葉ちゃんが色葉みたいな不適な笑みを浮かべて隣に立つ。
「アニメ第28話で魔女の世界が大変なことになってしまったんだよ。その時、八重ちゃんとアリスちゃんは風邪を引いちゃってて四葉ちゃんひとりで行かないといけなくなった。困っているところに、海斗くんがこの前魔法で大人にしてくれて働かせてくれたお礼として四葉ちゃんを助けるってお話があるんだよ」
「助けるってまさか……」
「もちろん、魔女っ子として助けるから、魔女っ子コスチュームを着るよ」
ナニヲイッテイルノカワカラナイ。
「みんなー!! 今から四葉は魔女の世界に行かなくちゃ!! 八重ちゃんもアリスちゃんもいないけど、大丈夫!! 海斗くんが四葉を助けてくれるからー!!」
おおおおおお──!!
「ほら、海斗くん、いっくよー☆」
「いんぼうだああああああ!!」
♢
どうしてこうなった。どうしてこうなったんだ。
「ぷへへ……自由くん、超似合ってる」
「せめて今だけは海斗と呼んでくれ」
バックヤードで強制的に着せられた魔女っ子コスチューム(四葉とお揃い)を着ながら俺は大きく肩を落とした。
「似合ってるよ」
「似合ってるとか、似合っていないとかそういう問題じゃない……」
「どういう問題?」
「俺の尊厳の問題だっ」
「無事、殻を破れたね☆」
「お前、はなっからこうなることがわかってたろ」
「……さ、みんなが待ってる。いっくよー」
「ちょっと待て、今のは間はなんだ!?」
この幼馴染はこうなることがわかってたんだ。流石はこのアニメを熟知しているだけのことはある。だからずっと怪しく笑ってやがったな、どちくしょーがっ。
こうなりゃヤケだ。やるしかない。
俺(海斗)は魔女っ子コスでホールへ飛び出した。
きゃああああああ──♡♡♡
ロロック並の大歓声がカフェに響き渡る。いや、もしかしたらロロックを超えたかもしれない。なんなんだ。みんな男の子の魔女っ子コスが見たかったのか? これがええのか? ええのんか? だったらやってやらあ!! 全力で海斗くんを演じてやらぁ!!
「海斗くーん♡ こっちー♡」
「来てー♡ 海斗くーん♡」
海斗くん(魔女っ子コスver)は超絶おモテになるみたいで大変だ。もちろん四葉ちゃん人気も凄いが、俺はさっきから呼び出されては写真を撮らされて、ホールを右往左往している。
「はぁ……はぁ……なんだよ、この体力仕事……ここカフェだろ……」
ふらふらっとしてしまうと、ガタンと誰かのテーブルに足をぶつけてしまった。
「あ、ご、ごめんなさい……」
一応、海斗くんの演技で謝りを入れ、当たってしまったテーブルのお客さんを見る。
「……はぅ!?」
水瀬さんのテーブルであった。
「……」
彼女はこちらをジーっと見つめてきていた。
「あ、あの……お姉ちゃん? ご、ごめんなさい……」
「……」
ジーっと見られてしまう。やめてくれ。そんなに見ないでくれ。同級生のギャルに魔法少女の格好を見られるなんて耐えられない。
「あ、あの、お姉ちゃん……そんなに見られたら、ぼく……はずかしい」
せめてのも救いは俺が今は海斗くんということだ。全力で海斗くんを盾にするように演じてやる。そうしないと俺が保たない……。
「もう、我慢できない……」
「へ?」
唐突であった。急激に柔らかく幸せな感触がある。
気が付くと俺の顔は水瀬さんの胸の中に沈んでいた。
「わたしが海斗くんのママになってあげる♡」
むぎゅ♡
呆気に取られていると、ぎゅーっと強く抱きしめてくれる。
「ちょ……!?」
「よしよーし♡ いいこ♡ いいこー♡」
ばぶみ全快で頭を撫でられている。
やっば。顔面全体が柔らかい感触に包まれる。水風船のような柔らかい弾力。でも、張りがあって押し返されるような。しかし、ぎゅっと強く押し付けられて、また胸の谷間に俺の顔面は沈んで行く。感じたことない新感覚。これが巨乳の谷間っ。こんなん興奮する。とかやばい思考が俺の中を巡る。
「はぁ♡ はぁ♡ もう、大丈夫だから。私が面倒みてあげるから。はぁ♡ はぁ♡」
俺よりばぶみ強めで興奮してらっしゃるギャル担当がそこにいらっしゃった。
「ぷっは……」
名残惜しいが、この巨乳の谷間から抜け出すことに成功する。
「お、お姉ちゃん、そ、その……」
「魔女っ子の恰好恥ずかしかったね♡ 頑張って着たんだね♡ 偉い、偉い。ぎゅー♡」
俺は再度、水瀬さんの谷間にカムバックする。
幸せな感触の中、「お、お姉ちゃん!?」と四葉ちゃんに扮した色葉の声が聞こえてくる。
「だ、だめだよお姉ちゃん。海斗くんが苦しんでるよ!!」
「そんなことないよ。ねー♡」
正直さいこーですが、そろそろ息が苦しくなってきた。
「ほ、ほら。苦しそうに悶えてます」
「わたしの胸の中で興奮して悶えているんだよ。ねー♡」
あ、やば、本格的に苦しくなってきた。
「は、離してください!! 自由くんが死んじゃう!!」
これで死ねるのならば、本望……。
「自由くーん!!」
カフェに轟いた色葉の声は、俺の本名を告げるものであった。




