第36話 今日、店を休みます。というのも伝えたいだけなのに
「色葉」
すっかり風邪が治って1日振りの登校。いつもの席に着くやいなや、前の席に座る幼馴染に用があるため、名前を呼ぶと相変わらず前髪でよく見えない顔をこちらに向けてくれる。
「昨日はありがとな」
「も、もう、だ、大丈夫なの?」
よく見えない顔だが、その声色でこちらを心配してくれているのがわかり、素直に嬉しかった。やはり持つべきは幼馴染だなぁ。
「すっかり治ったよ」
ばぶみのおかげで──とかなんとか言うと俺ももれなく変態の仲間入りになっちまうもんだから、黙っておくことにしよう。そうしよう。
「けどさ、今日は逆に親父が風邪を引いちゃったんだよ」
今朝のことを思い出し、苦笑いしか出ない。
朝起きたら甘いマスクのガタイの良い中年が顔を真っ赤にして倒れていたから、まさかと思ったら案の定俺の風邪がうつったっぽい。
「せ、晴天さんは、大丈夫、なの?」
「ああ。まぁ大丈夫っちゃ大丈夫なんだけど、流石に今日は店を開けられないから急遽休みにしたんだ」
「そ、それはそうだ、よね」
「だからシフトに入ってもらってる色葉も、悪いんだけど今日は休みで頼む」
「う、うん。お大事にね」
さて、色葉には難なくと事を伝えられたが、問題はあのふたりだ。
学園の三大美女である雪村佳純と、水瀬有紗。
最近、学園の三大美女様と絡む機会が多くてクラスメイトの陽キャ様方から睨まれてんだよな。ま、俺みたいなぼっちが高嶺の花である三大美女様と気安く喋っているのが面白くないんだろうけど。俺としても自分の立ち位置くらいは理解しているつもりだ。波風立たせたくないんだけども、ふたりの連絡先を知らないから直接言うしかない。だが、直接となると、まぁたクラスメイトの陽キャ様方に睨まれてしまう。
こうなれば念力を使うしかない。
ううう、つたわれー。
ジーっと教室のいつもの場所で集まっている三大美女様に視線を向ける。つうか、やっぱ改めて見るとヴィジュアル最強だよな。全員が違うベクトルの美少女で、三人組アイドルユニットを組めば余裕でアイドル界を制覇できそうな、そんなヴィジュアルだ。中身は超やべーけど。
変態達が学園の三大美女と呼ばれるのを、改めて納得の視線を送っていると、クールビューティー担当の月影彩芽と目が合った。
よりにもよって唯一のバイトメンバーじゃない雌豚様と目が合うとは……そして月影さん。あんた、俺を見るなり反射的に足をガクブルさせるな。パブロフの犬かよ。いや、あんたは豚だよ。
「ん? 彩芽、どったのー?」
月影さんの様子に気が付いたギャル担当の水瀬有紗が、ふとこちらを見てきて目が合う。ようやくバイトメンバーと目が合ったと思ったのにそのまま、すぃーっと目を逸らされてしまった。
あっれ、ギャルが無視してきた。オタクに優しいギャルと思ってたのに、やっぱりそんなギャルは存在しないのか? オタクに優しいギャルなんて俺達の希望なんだぞ。
若干の絶望に苛まれていると、彼女の様子に気が付いた清楚担当の雪村佳純が俺と有紗を見比べ──って、なんでそんな不機嫌な顔してこっちに来るんです? 佳純さん。
ラスボス様が絶望を運ぶかのようにこちらへやって来ると、そのまま俺の頸動脈をくいっとしてきた。
「自由くん。ちょーっと良い?」
「あの、佳純さん。頸動脈が痛いのですが」
「そりゃ痛くしてるもん」
流石はラスボス様。変態加減もラスボスなら、頸動脈をつねるのもラスボス級である。そして、有無言わせずに俺を教室の外に連れ去るのもラスボス級の図々しさだね。
頸動脈をつねられて連れて来られたのは廊下。そこで、パチンと頸動脈を解放してくれる。
「なぁんか最近、自由くんと有紗の距離が近い気がするんだけど」
「そ、そうかぁ? 別に普通だと思うけど」
「じゃあ有紗のあの態度はなんなのさ」
「さ、さぁ」
「ジー」
佳純にジト目で見つめられてしまい、つい視線を逸らす。
「くんくん──自由くん。この匂いは……やましい♡ ことをぉ♡ 隠してる♡ 匂いだぜ♡」
「己は警察犬かっ!!」
「有紗♡ とぉ♡ なにがあったのぉ♡」
こいつ、俺の匂いを嗅ぎつつ、自分の欲しい情報を手に入れようとしている。流石ラスボス様、強欲が過ぎる。
「べ、別に、有紗とは……」
「──ッ!?」
ビクンと佳純の身体が震え上がる。
「ぁ♡ ぁぁ♡ 自由くんが有紗を有紗と呼ぶ時の匂いが♡ アロマ香るシトラスミント♡♡」
「どういうこっちゃ」
付き合ってられないと俺はその場を去ろうとする。
「ま、待って♡ 待ってよ、自由きゅん♡ 私を捨てないで♡♡」
なぁんか後半に勘違いされそうな言葉が飛び交っているんだが……。
そういえば、と思い、待てと言われて待ってやる。
「言い忘れてたけど、今日親父が風邪引いて店を休むことになったから、ごめんだけど佳純も今日休みでお願い。あと、有紗にも伝えておいてくれ」
真面目な話に切り替えたつもりだが、「ひゃっふん♡」と佳純はなにかに撃ち抜かれたようなリアクションを取っておられる。
「また♡ 有紗を♡ 名前呼び♡♡ その香りは青春の甘酸っぱいオーデコロン♡♡♡」
生まれたての子鹿のようにピクピクしておららる。もうだめだこいつ、放っておこう。




