第35話 ばぶみある看病の末路はいつものお約束
「はっくしょん!!」
自室に響き渡る自分のくしゃみ。ピピピと鳴り響く体温計が鳴り響く音が聞こえ、脇に挟んでいた体温計を見る。
「何度?」
側には甘いマスクにガタイMAXの親父が心配そうに見つめて来る。
「39度……3分……」
「高熱だね。今日は大人しく休んでおきなさい。店は僕達に任せて良いからね」
「へーい……」
こちらの返事を聞くと親父は俺の部屋を出て行き、1階にあるカフェに戻った。
はい、ね、壮大に風邪を引きました。
昨日、水瀬さんとプール掃除という名の水遊びを大いに楽しんだ代償は、もれなく高熱という末路。ちくしょう。ここ最近、暑いくらいだったから大丈夫だと油断していたな。
水瀬さんは大丈夫だろうか。風邪引いてないと良いけど──。
♢
『来てくれて嬉しいけど、学校は大丈夫なの?』
『大丈夫です。あーしのせいでこうなったんで』
『そうかい。自由も水瀬さんみたいなかわいい女の子に看病されたら嬉しいだろうけど、あまり無茶しないでね。これで水瀬さんも風邪がうつったら元も子もないからね』
『大丈夫っす。あーし、身体は丈夫なんで』
『そっか。ならお願い。あとお粥、自由に食べさしてあげて。あいつ、朝食べてないから。水瀬さんに食べさせてもらったら食べると思うし』
『りょーかいっす』
いつの間にか寝てしまっていたらしい。そして部屋の外から扉越しに籠った会話が聞こえてくる。親父が誰かと喋っているみたいだな。
「お邪魔しまーす……」
そろりと俺の部屋に入って来たのは学園の三大美女がひとり、ギャル担当の水瀬有紗だった。今日は控えめなのか、いつも巻き巻きしている髪を少し抑えている気がした。
「水瀬さん、か」
ベッドから起き上がり、彼女を出迎える。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「いや、タイミング良く目が覚めただけだから気にしないで」
彼女の様子から風邪を引いていないようで一安心である。
「えっと、もう夕方?」
そんなに長いこと眠っていなかったと思うが、制服姿の水瀬さんを見て尋ねる。
「ううん。まだ10時過ぎだよ」
「10時?」
聞き間違いかと思い、再度尋ねると、コクリと返されてしまう。
「学校は?」
「早退した」
「なんで?」
「なんでって……そりゃわたしのせいで自由くんが風邪引いたって聞けば飛んで来るっての」
さも当然と言わんばかりに言われてしまう。
「俺のことは気にしてくて良いよ」
「気にするっての」
そう言ったあと、水瀬さんは少し声のトーンを抑えてから口を開いた。
「自由くんもわたしと同じで片親でしょ。風邪引いた時でも親が働きに出てひとりでポツンといる寂しさがわかるからさ……」
しんみりと呟く彼女は、「だからかな」と自己分析をしてみせた。
「甘えたくても甘えられない時があるからこそ、海斗くんみたいなキャラを好きになって、思いっきり甘えさせたいってあげたいと思うのは」
「自分が甘えたいんじゃなくて、甘えてもらいたいってのいう心理に落ち着くんだな」
「特殊な性癖だよねー」
あははと軽く笑ってみせる彼女は、話題を変えるように水瀬さんは辺りを見渡した。
「さっ。せっかく来たんだから自由くんの看病をするね」
「お手柔らかに」
そう申したというのに、彼女のボルテージは上がっている。
タオル。氷枕。熱冷ましのシート。そして、マスク型美顔器──マスク型美顔器?
「おい、ちょっと待て。なんでマスク型美顔器が混じってんだよ」
「これ冷やすって書いてあるし。シュッてなるやつだからイケるかなって」
「これは看病じゃなくて美容目的だろう」
「ささっ。冷やすのが終わったら次はお食事でちゅよー」
「徐々にばぶみが発動してきてるぞ」
そんな俺のセリフは無視されて、脇に置いてあったトレイの上に置いてあるお椀を手に取った。
「看病と言えば、あーんだよねぇ」
「いや、自分で食えるから」
「だめでちゅよー。コンコンお風邪の自由くんには、ありさお姉ちゃんがあーん♡ してあげまちゅよー」
だめだこいつ、目が逝ってる。看病をして秒でばぶみを発動しやがった。
「い、いや、良いから。自分で──」
「ふーふー♡」
美少女ギャルの吐息で冷ましてくれたお粥、か……。ふっ、悪くない、と思う自分がいる。否、むしろ食いたいと思う俺もまた一人の変態というわけさ。
だが──。
「なぁ、美顔マスクで食いにくいんだけど」
「お風邪コンコンでも美容意識して偉いでちゅねぇ」
「お前が勝手につけたんだよ!!」
「あーん♡」
おかましなしに口元に運ばれたお粥は物凄くばぶみを感じた。
♢
ばぶみを感じる看病をしてもらい、またいつの間にか眠ってしまったみたいだ。
どうやら美顔マスクをしたまま眠ってしまったらしい。取り外すと肌がつやつやな気がした。いや、これはふやけているだけかね。
「水瀬さんは……」
彼女を探そうとした時、腹の辺りに重みを感じた。見てみると、俺の腹を枕に眠ってしまっている水瀬さんの姿がある。
「寝ちまったのか」
ばぶみのしょたコンのくせして、眠っている姿はそれとは真逆な雰囲気を醸し出しやがる。妹がいるとこんな感じなのかな、とか勝手に想像しているところで、「うーん」と水瀬さんが起き上がる。
「──っば。寝ちゃった」
「おはよ」
バッと焦って起き上がる彼女へ挨拶してやると、彼女は項垂れてしまう。
「看病に来たのに寝るとか、わたしってどんだけポンコツなのよ……」
どうやら彼女の中で完璧な看病があるみたい。その域に達していなかったらしい。自己採点が厳しいギャルのようだな。
「水瀬さんはポンコツなんかじゃないよ」
「うう……病人に慰められると傷口が広がる」
「いやいや、ほんとだって。水瀬さんが看病してくれたから俺の熱も下がったし」
「ほんと?」
まじまじと俺の方を見てくる。そんなかわいい顔で見られたら照れてしまい視線を逸らしてしまう。
そんな態度を取るもんだから、水瀬さんが俺の両頬に手を置いてゆっくりと自分の方へと引っ張って来る。
これはもしや、幸せな死。またおっぱいで圧死してくるつもりか。やめて、俺は病人なんだぞ。そんなもん、耐えられるはずがない。しかし、俺の抵抗虚しく、俺は彼女にされるがまま──。
コツン。
おでことおでこをくっつけられてしまう。
「むぅ……やっぱりうそじゃん。熱、めっちゃあるし」
これが風邪による熱なのか、彼女の行動による熱なのかは審議が必要だ。
「うそをついた自由くんには罰を与えます」
「病人に罰なんて酷過ぎないか?」
「問答無用」
慈悲のないギャルだな、おい。
「自由くんの罰は今後、わたしを名前で呼ぶこと」
「……へ?」
なんだか思っていた罰とは違って、間抜けな声が出てしまう。『今後、ばぶみ発動し放題』とか、そんなのだと思って構えていたってのに。
「七式さんも、佳純も、名前で呼んでもらっているのに、バイト仲間でわたしだけ名字呼びは嫌っしょ」
「それは……」
「むぅ。なによー。嫌って言いたの?」
決してそうではない。が、この、おでこをくっつけた状態で言うのはいささか難易度が高いのだが。
「これは罰なんだよ。さっさと呼ぶが良い」
「えっと、有紗。その、この状況で呼ぶのは恥ずかしいというか……」
「……あ」
無意識だったのか、そこでようやくと気が付いた彼女が俺との距離を取る。
「そ、そそそ、そうだよねー。あははー。そりゃそうだわ」
あー、あっつぅと手で自分の顔を仰いでおられる。でも、あちらさんより絶対に俺の方が赤い自信がある。
「って、今、あーしのこと名前で呼んだよね? ね?」
「よ、呼んだな」
「もう一回、もう一回呼んで」
「な、なんでだよ」
「良いじゃん」
俺は病人だぞ。なんて反抗しようともしたが、名前を呼ぶくらいは別に良いかと思い、視線を逸らして、ぽりぽりと自分の頬をかく。
「有紗……看病に来てくれてありがとう」
そう言ってやると、彼女の中のリミットが壊れてしまったみたいだ。
目が♡マークになり、そのまま俺を抱きしめると、自分の胸の中に沈めていく。
「ああん♡ 自由くんが名前呼んでくれまちたー♡ ありさお姉ちゃん嬉しくてどうにかなっちゃいそう♡」
あ、うん。病人にも容赦なく降り注ぐ幸せの死。いつものですね、わかります。
今回、俺は風邪を引いていることもあり、いつもより二倍速で彼女の胸の中に沈んでいってしまった。
翌日、風邪が治ったのは彼女のばぶみのおかげかどうか、審議ものである。




