第34話 ばつゲームのプール掃除には虹が出る
二年四組は基本的に明るいクラスだ。この明るいというのは騒がしいとか、うるさいとか、そういうものではなくて、華があるという意味に近い。ただ今日はその限りではなかった。
梅雨の時期に珍しく晴れたというのになんだかどんよりしているクラス内。その原因は三大美女様がひとり、ギャル担当のせいであった。
「ずーん……」
テンション高めのノリの良いムードメーカー。司会者系美少女。ギャル担当の水瀬有紗が機能していない。机に座って、ずーんとセルフサウンドエフェクトを放っておられる。そのせいでクラス内は曇り時々雨みたいな空気になっている。ギャルはお天気メーカーなのかな。
「有紗ー。大丈夫ー?」
お天気メーカーにお天気お姉さんみたいな美少女の佳純が話しかけるが、反応はない。
「つんつん」
もうひとりのお天気お姉さんみたいな美少女である月影さんは、昭和時代を彷彿とさせる、動かないなら叩けば良いじゃない、の応用で、動かないならつつけば良いじゃないと言わんばかりに、水瀬さんをつんつんしている。
しかし、先程からの反応としては、「ずーん」と言い放つだけであった。
まぁあれだけ失敗したらな──。
昨日、初出勤の水瀬さんはやらかし過ぎた。でも、新人が失敗をするなんて当然のこと。親父も全然気にしていないし、俺だって気にしていない。色葉も佳純だって。だが、本人からするとそのことが凄いダメージだったみたいだな。見た目はギャルだけど、根は真面目なんだな、きっと。
♢
今朝から、「ずーん」としている水瀬さんだが、そこはやはりギャル。授業とか関係なくスマホを触っておられるらしい。でも水瀬さんやい、そんなに堂々とスマホを触っていて良いのかな。お相手はややこしい先生──授業に厳しい先生ですぞ。
「水瀬ぇ。おま、授業中に堂々となにしてんだ」
「あ、やっば……」
隠そうとしても時すでに遅し。
「授業中のスマホは厳禁だ。没収な」
「ま、待ってくださいよ。降井くんに──」
「降井?」
ちょーっと待ってください。なんでここで俺が巻き添えをくらわないといけないんだ、おい。
「授業中に水瀬とやり取りしていた降井も同罪だな」
なんでそうなるの!? つうか授業中にギャルとやり取りしていたとか言わないで。やってないから、俺。だからさ、クラスの陽キャ様方。そんな目でぼっちを見ないでいただきたい。ぼっちは精神弱いんだからすぐ死んじゃうよ?
「え? あ、ちょっと待ってよ、せんせ。降井くんは関係ない」
「ほぅ。彼氏を庇うってか。泣けるなぁ、おい」
先生の単語に更に睨みつける瞳がいくつかこちらに向けられる。男子諸君の気持ちはわかる。なんでお前みたいなぼっちが水瀬さんと、なんて嫉妬の睨みをビンビンに感じるよ。
だけどさ、色葉、お前はなんで俺を呪い殺そうとしている目で見てくるんだよ。怖いんだよ。
んで、佳純。お前は今の俺の状況の匂いを嗅ぎたそうにするな。焦りの濃いフレーバーが溢れ出してるよ、ちくしょう。
それから月影さんはなんで俺が攻められているのに嬉しそうなんだよ。お前は雌豚だろうが。Sっ気芽生えてんじゃないよ。
ツッコミどころ満載の睨みに気が付いていない先生は、「ふぅむ」と嫌らしい声を漏らして名案を思い付いたみたいな言い方で提案してくる。
「そんな泣ける彼氏思いの水瀬には褒美として降井との放課後プール掃除のデートを命じてやる。感謝しろ」
「は!? なんでプール掃除!?」
「嬉しいだろ? 彼氏とプール掃除だなんて。お前らに拒否権はない。断ればスマホは二度と戻ってこんぞ。良いのか? かっかっかっ」
「あ、ちょ──」
水瀬さんの言葉を無視して、先生は授業を再開した。
ちょっと待って。え、俺、完全に巻き添えなんですが。
♢
「ほんっとうにごめん!!」
空っぽのプールの中で、パンっと手を合わせる乾いた音が響いた。
「降井くんを巻き込むつもりはなかったけど、なんか巻き込んだ形になっちゃって……」
追い詰められたような顔をするギャルは見てられない。
「別に良いよ」
俺としても水瀬さんを攻めようと思うまで気にしていない。ただ、少し気になることはあった。
「なんであそこで俺の名前を出したんだ?」
「えっと、それはぁ……」
バツが悪そうに、ポリポリと頬をかく彼女は申し訳なさそうな声を出して言って来る。
「あまりにも仕事ができないもんだから、スマホで仕事ができる方法を探していたんだよ。それで先生に見つかった時、『降井くんに迷惑かけないように必要だからスマホを返して』って言おうとしたら勘違いされちゃって……」
「なるほどな」
根が真面目なギャルだから、授業そっちのけで仕事について考えていた、と。それを先生に見つかってしまった。理由はどうであれ、授業中にスマホを触っていた彼女も悪い。だけどあのくそ先生は自分の正当化を理由にやりすぎている感は否めないよな。
「さっさと終わらせてバイト行こうぜ」
真面目過ぎる結果が生んだ結論になにを言っても無駄である。それならば受け入れてさっさとプール掃除を終わらせた方が良いだろう。
「あ、う、うん」
ギャルなら、「だるいー」とか、「めんどー」とか言ってやらなそうだが、しおらしくなっている水瀬さんは素直に頷いてプールを洗うためにホースを手に取った。
あちらさんがホースを手にしたのなら、こちらはバケツとモップで掃除をしますかと、掃除を淡々とこなしていく。
「──あれ?」
掃除をしている途中、ホースの水が出なくなったみたい。
ホースの先端を覗きながら不思議がっている水瀬さんの足元を見ると、思いっきりホースを踏んでいた。
「おーい、ホース踏んでるぞー」
教えてやると、「あ、やば」と足を外した瞬間だった。
ぷっしゃあああああああ!!
水瀬さんの足で踏まれていたホースが、ご褒美ありがとうございますと言わんばかりに彼女の顔面に容赦なく吹き出していく。
「ぶっ!!」
顔面で思いっきり受け止める彼女の姿を見て、「あっはっはっ!!」と大きく笑ってしまった。
「なにしてんだよ」
「ちょ、まっ──ていっ!!」
水瀬さんはホースを踏みつけてなんとかホースの水を止めてみせた。
その止めた方は内圧がホースに溜まって破裂するからやめた方が良いぞ、なんて正論をぶちかましてやろうと思ったが、そんなことよりも水瀬さんの身体に視線が釘付けになってしまった。
「──ッ」
ワイシャツが全て彼女の身体にぴたりと張り付き、艶めかしい肌色と紫色のブラが浮かび上がっていた。
「……み、見ないでよ」
「な、なんでいつもは自分の胸に俺の顔を押し付けてくるくせにそんなに恥じらってんだよ」
「そ、それとこれとはべ、別だっての……」
ギャルが素直に恥じらう姿はギャップ萌えで悶えそうになるんだが……。
「きゃ、キャミソールは? 普通、するもんだろ、女子は」
「今日、暑かったから良いと思って……」
胸を隠し、顔を赤く染めているギャルという構図がなんだか俺にささってしまい、妙にドキドキしてしまう。
こんな時はあれだ、あの、なにか話題を振らないと。
「ど、どうだ? 水被って少しは頭が冷めたんじゃないか?」
「ど、どういう意味?」
「水瀬さんは真面目過ぎるんだよ。誰も水瀬さんの失敗なんて気にしてない」
「で、でも、七式さんも、佳純も、最初っから仕事できてたって言うし、わたしだけ使えない子とか、嫌じゃん……」
「使えるとか使えないとかどうでもいいよ。ウチの店は楽しく働いてくれればそれで良いんだ。だってウチはコスプレカフェだから。水瀬さんみたいにキャラを愛してくれる人が働ける場所だ」
昨日にも似たような言葉を発したからか、あまり彼女にはささらなかったみたいだ。
「それでもさ、水瀬さんが仕事ができる子になりたい。使える子になりたいって言うならさ」
ドンっと胸を叩いて俺を強調する。
「俺に甘えれば良いさ」
この短いセリフに彼女が反応してくれる。
「甘える……?」
「ああ」
ばぶみたっぷりのしょたコンに言うべきセリフではないのかもしれない。だけど。
「甘えて良い」
「……ッ!!」
こちらの言葉に水瀬さんは俺の背中に抱き着いてくる。
「じゃ、じゃあ甘える!!」
「ちょ、ちょっと、水瀬さん!?」
色々と柔らかいのが背中にダイレクトに感じるんですけども!? じゃなく。
「や、やめろ!! 俺までびちょびちょになるだろうだが」
「甘えて良いんでしょ? 道連れにしてやる☆」
「そんな甘えは嫌だわ!!」
そんなやり取りをしていると、水瀬さんが踏んで止めていたホースが嫉妬したのか、ホースが暴れ出してこちらに思いっきり水がかかる。
「「ぶっ!!」」
お互いに水を被ると、「あっはっはっ」と大きな声で笑いだす。
「おいー。びちょびちょじゃねーかよ」
「あははー。やばいね、これー」
言い合いながら何度も何度もホースが暴れてこちらに水をぶっかけてくる。もう気にしても仕方ないのでそのまま放置で水瀬さんがいつもの明るい表情で語り出す。
「ありがとう自由くん。わたし、これから甘えながら頑張る」
俺のことを名前呼びして決意を新たにした俺と水瀬さんの前には小さな虹が出ていた。




