第33話 ギャルの実力(藁)
「捗る……はかどる……ハカドル……」
カフェふりーのバックヤードでは、色葉が呪術のような呟きを放ちながら水瀬さんに化粧を施していた。
「顔と言葉のテンションが一致してないぞー、色葉―」
こちらのツッコミに対し、「うう……」と睨まれてしまう。恨みつらみを含んだかのような顔して睨まれても困るんだが……。
「本当は色葉が莉乃ちゃん役やりたかったんだもん……」
「でも、自分から莉乃ちゃん役に水瀬さんを提案したんだろ?」
「そうだけど、そうなんだけどぉ……」
なにかと葛藤しながら色葉は化粧を続けていた。これはあれか、乙女心は複雑というやつか。
「いきなり莉乃ちゃんにピッタリのギャルが加入したら、そりゃそっちの方を選ぶじゃん。色葉の根本は陰キャなわけで陽キャにはなれないわけだからさ。色葉もガチればなんとか莉乃ちゃんになれるかもだけど、ガチらなくても莉乃ちゃんになれる逸材がいればそっちを選ぶじゃんか。もう、ほんっとわかってない。自由くんはほんっとわかってない」
早口でグチグチと言いながら、手も口同様に早い色葉の水瀬さん莉乃ちゃん化計画は着々と進み、あっという間に莉乃ちゃんの完成である。
「やっば……これがあーし……?」
芋娘が都会の美容院で大変身を果たしたかのようなセリフが聞こえてくる。それを施した色葉はカリスマ美容師のようにドヤ顔をしていた。
「これはやばい。色葉史上上位に食い込むレベルの出来。あ、やばい。やばい、やばい、莉乃ちゃんが目の前にいる」
あ、なんか色葉の機嫌が直ったっぽい。
「だよね!! 七式さん!! あーし、莉乃ちゃんだよね!?」
「ちょっと、喋らないで!! 喋ると莉乃ちゃんじゃなくなる!!」
「さーせんした!! 七式パイセン!!」
「パイセンじゃない!! 白猫とお呼び!!」
「白猫パイセン!!」
色葉がギャルを従えている構図はレアだなー。
♢
そんなわけで水瀬さんの初陣だ。
ある程度のことは教えて、わからなければすぐに俺を呼ぶようにしているし、彼女のことを優先して見るようにしている。
「それで、色葉のキャラは?」
隣には真っ白なゴスロリファッションで、白いネコミミを付けて澄ました顔をして立っている色葉の姿があった。
「白猫よ」
「いや、人間だろ」
「あら、知らないのかしら。人気投票では常に上位に蔓延るこの五月雨瑠奈を」
「初めまして五月雨さん。降井自由と申します」
「おまえは高崎幸助でしょ。自分の名前もわからないなんて、とんだグズね」
この子ったらドレス効果ですぅぐそのキャラになりきるんだから。女優だよ、女優。
「おまえはそんなところでポケーっとしていて良いのかしら。おまえの妹がとんでもないことになってるけども」
言われて見てみると、「さーせん」とかお客さんに莉乃ちゃんのキャラ崩壊な謝罪をしている水瀬さんの姿があった。
「っべ」
「まったく、妹なんだからちゃんと見ときなさいよ、ドベ」
ムカつくことを言われるが、今、色葉は役になりきってるから仕方ない。俺が水瀬さん、もとい妹の莉乃ちゃんのフォローに回る。
「お客様。どうなされましたか?」
「注文していない商品が来たので、注文したものを持って来てもらって良いですか」
「申し訳ありません。すぐに持って行きますので、少々お待ちください」
頭を下げてから、彼女に問う。
「どこのテーブルと間違えた?」
「えっとー、どこだったかなー」
「おっけー、わかった。オーダー票をもらおう」
「あーい」
ギャル満載の返事で渡されたオーダー票を受け取り驚愕してしまう。
「ちょ、んだこれぇ!?」
「かわいいっしょ♪」
彼女から渡されたオーダー票は謎にデコってあり、テッカテカに光っている。
「いつの間に……」
「デコはギャルの基本っしょ」
いや、ね、まぁ、百歩譲ってそれは許そう。百歩譲ってだけど。
「おまっ、これ……なんて書いてんだ?」
「ちょっとぉ降井くん。字の話はなしっしょ。恥ずいじゃん……」
「恥じらっとる場合かっ!! あと俺のことはバカ兄貴と呼べっ」
「バカ兄貴」
「こんな字が汚い奴にバカ兄貴とか言う資格があるかっ!!」
「どっちよ」
あかんあかん。つい興奮して職場でありがちな矛盾的指摘をしてしまった。冷静に、冷静に。
「莉乃」
「あーしが莉乃ちゃんだなんて、恐れ多いでござる」
「ギャルがガチオタ発動させてんじゃねぇよ!!」
「だってぇ」
「とにかく!! デコるのなしで、読める字で書くこと!!」
「ええー」
「ええーじゃないわいっ!!」
♢
水瀬さんはどうやら佳純とは真逆で仕事ができないタイプのばぶみらしい。
注文を間違える。皿は割る。割った皿を素手で触りケガをする。
「──いや、ほんと、すみません」
バックヤードで指の怪我を手当てしてやっていると、ポツリと溢した謝罪の言葉。
流石にここまで失敗を重ねてしまっては、陽気なギャルも陰気な空気な出してしまっている。
「まぁ最初だから仕方ないよ」
「ふ、ふふ……仕事ができないタイプのばぶみとか、ウケる……あはは……」
打ちのめされているなぁ。
「誰も最初から仕事なんてできないって」
「……七式さんは?」
「色葉は小さい頃からウチの手伝いしてくれていたからな」
「そ、そう……じゃあ、佳純は?」
「佳純は……」
最初から完璧だったなぁとか言ったら水瀬さんが傷つくだろうなぁ。
「うう……その反応から完璧だったんじゃん。いいよ、いいよ、あーしはばぶみを感じるポンコツだよ。ばぶみ(藁)だよ」
(藁)は古いよ。
「まぁまぁ。誰かと比べるもんじゃないって。それにここは普通のカフェじゃなくて、コスプレカフェで──」
そこで、バックヤードに白猫こと色葉が入って来る。
「ちょっと、いつまでもいじけてないでさっさとホールに出なさい」
「白猫パイセン……」
「白猫とお呼び」
そんなことはどうでもよくて、と色葉がホールの声を聞かせる。
『莉乃に注文を取って欲しい』
『莉乃ちゃんまだー?』
お客さんのそんな声がバックヤードまで聞こえてくる。そうだよ。これがコスプレカフェなんだ。仕事ができなくても、お客さんはそのキャラを待っている。
「ほら、落ち込むのはあとにしよう。莉乃ちゃんを待っている声があるんだから、それに応えないと」
そう言ってやると、「そうだよね……」と立ち上がる。
「わたしだって、せっかく莉乃ちゃんに会いに来たのに、こんな奥に引っ込まれたら嫌だもんね。お客さんには関係ない。わたしは莉乃ちゃん。莉乃。莉乃なんだよ……」
ぶつぶつと呟いてから上げた顔は水瀬有紗ではなく、高崎莉乃であった。
「行ってくるわ!! バカ兄貴!!」
「あ、ああ」
そう言って出て行った背中を俺と色葉で見送る。
「い、今のは、か、かか、完璧に、り、莉乃ちゃんだった!!」
「おーい、色葉―。キャラ崩壊してんぞー」
「むっふー!! キャラ崩壊上等。今の莉乃ちゃんを見たら、や、やや、やばす!!」
やばいのは今のお前だぞと言ってやりたいが、今はそんな空気じゃないよな。
完全に莉乃ちゃんへと覚醒した水瀬さんは、そのまま華麗にホールでやらかしてしまいましたとさ。
あ、うん。ま、人間、そんなにすぐに仕事ができるようになれば苦労しないよな。




