第27話 ドMの先は頸動脈をむぎゅ
「いぇーい。ぶっちぎりの一位♪ 余裕っしょ♪」
ギャルルン♪ と上機嫌で紅組テントに戻って来た水瀬さんは、当たり前のように俺の隣に座ってくる。その様子を紅組の人達がヒソヒソと見てくるが、水瀬さんは気にすることなくこちらに笑顔を振りまいてくれる。
「誰かさんが応援してくれたおかげかな♪」
爽やかな笑顔でニカっと笑うギャル。
──いやいやいや。俺、応援したっけ? かっこいいなぁって思って見てただけだった気がするんだが。それで勝手にばぶみ発動してバフってゴールの流れでは?
「ふふ。まだまだ走れんじゃん、あーし」
でもまぁ、本人がそう捉えたのならそれで良いか。俺にはばぶみの才能があるみたいだし。
「──来て」
「ぅぉ!?」
水瀬さんと喋っていると、唐突に腕を引っ張られる。その反動で立ち上がってしまう。
「彩芽。どったの、降井くん捕まえて」
どうやら俺は月影さんに引っ張られたみたいだ。相変わらずアサシン発動ですか、この美女様。
「私の獲物」
言いながら月影さんは水瀬さんに紙を見した。そこには、『クラスメイトの異性』と書かれていた。
「なんだー。借り物競走のお題じゃんかー。獲物とか言うから、彩芽の略奪愛かと思ったじゃーん」
「略奪愛……? 有紗は降井くんが好き?」
「んー? どうだろーねー」
余裕のある含み笑い。こりゃあれだ。脈なしのサインって丸わかりですね、このやろー。あ、やろーは男に使うから、この場合はアマか。ここで雪村さんの知識が役立つとはな。どうでもいい知識だけど。
「彩芽の方こそ、降井くんを獲物って言うくらいだから好きなん?」
「そんなことよりさっさと行かなくては」
水瀬さんの質問をスルーして月影さんは俺を引っ張ってトラックの方へと駆け足で向かう。
「あ、逃げたー。怪しいぞー、彩芽―」
水瀬さんが俺達を茶化すような声を発してくるが、月影さんは水瀬さんの質問で逃げたわけではなく、早くドSボイスが欲しいだけ。その証拠に顔は相変わらずの無表情なのに足が笑ってらっしゃる。
「さ、さぁ、降井くん。私を一位に導く魔法を、早く」
おいおい。薬やってるみたいに声にビブラートが発生してんぞ。大丈夫かよ、この子。
つうか、こいつらは本当に俺の身体目的だな。
俺の体臭。
俺のばぶみ。
俺の声。
あ、なんか腹立ってきた。
そりゃ、学園の三大美女が俺なんかに脈なんかあるなんて勘違いしないけどさ、身体目的ってのはあんまりなんじゃない。身体目的にされる人の気持ちがちょっと理解できたかも。
「降井くん?」
「つーん」
ここは心を鬼して無視をしよう、そうしよう。俺は学園の三大美女のおもちゃじゃないってことを証明しないと。
「ね、ねぇ、降井くん?」
無視を続けると、みるみる月影さんの顔が絶望に──変わってねぇなぁ、これ。
なんで、とろんとしたえっちぃ顔してんの、この子。
「ぶっひぃ♡」
豚になったわ。なんで? なにがあった?
「ほ、放置プレイ……♡♡ ああん♡♡ 公衆の面前で放置プレイなんて、どれだけ私の性癖をいじるのですかぁぁん♡♡♡」
うそーん。勝手に性癖発動させるやーん。なにしても無敵やーん。
「お、おい。こんなところで雌豚発動したら、みんなに見られるぞ、良いのか?」
「ぶっふゅ♡♡」
はい、逆効果でした。そのままヘナヘナとその場でへたり込んでしまう。
「や、やめふぇ……♡ みんな……あやめをみないふぇ……♡♡ こんなあやめをみないふぇ」
こんなにも幸せそうな抵抗を見たことがない。
「ほ。ほら、異常事態だと思った先生達が血相変えてやって来たぞ」
そりゃ体育祭で怪我人なんか出したら学校側の責任なもんで、先生達は必死に助けようとするわな。
「その他人事みたく冷めた声……さいっこー……♡♡」
どさっとその場で逝ってしまわれた。
どうやら俺の真面目で心配な声が彼女の性癖にささったみたいだ。この子、何を言っても雌豚発動するとかチートだろ、そんなん。
「大丈夫かー!?」
駆けつけた先生は俺と倒れていた月影さんを見比べて心配した顔をする。
先生、そんなに真面目に心配しないでください。この子、ただ勝手に雌豚を発言して昇天しただけですので。
♢
先生には軽い立ちくらみがしたみたいだから保健室に連れて行きますと伝え、本人には自分で歩くように指示。自分の足で歩いているのを確認した先生達は一安心という形で今回の騒動は軽く収まった。
「ごめんなさい。迷惑をかけてしまって……」
保健室のベッドの上で縮こまる月影さんは心底申し訳なさそうな顔をしている。
「まったくだ。性癖を秘密にしろってわりに曝け出してるし。そのうえ、運動場の真ん中で倒れるなんて、やり過ぎだろ」
「うう……返す言葉もございません……」
ドMの雌豚ではなく、月影彩芽として謝っているみたいだ。真面目に謝罪をしてくるもんだから、俺の心も穏やかになってしまう。
「まぁ……俺も月影さんのことを無視したし……ごめん」
結果的には放置プレイとして捉えられたが、女の子を無視はいけないよな、と冷静になり謝ると、ふるふると首を横に振る。
「降井くんはなにも悪くない。悪いのは私……」
ぽつりとこぼして、月影さんはベッドの上で体育座りをしてみせる。
「最近おかしい」
「さい、きん……?」
彼女の言葉に引っ掛かりを覚え、そんな反応になると、少し頬を膨らませて怒ってみった様子をみせる。
「自分がおかしいのは自覚してるもん」
「それは良かった」
「むぅ……」
拗ねた顔をするが、切り替えるように表情を無に戻す。この子、案外表情豊かだね。
「ここまで酷くなったことはない」
「酷いと言われれば、酷いよな」
体育祭の最中に雌豚発動なんて普通しないもんな。
「降井くんのせい……」
「お、俺?」
「だって降井くんと出会ってからだもん。こんなにおかしくなってるの」
そう言いながらこちらを見つめてきて、ドキッとしてしまう。
いやいやいや、よく考えろ俺。今のは俺の声が彼女の好きなロロックに似ているからであって、それ以上でも以下でもない。声目的なんだぞ。
でも現場にはちょっぴし甘酸っぱいピンクな空気が流れている気がしないでもない。
「彩芽ー!! 無事ー!?」
「彩芽。大丈夫?」
俺達のピンクの空気をぶち破ってくれたのは学園の三大美女のふたり。
俺達は慌てて視線を逸らす。
「んー、あれあれー? なになにー? なんか良い感じだったのー?」
「いや、違う。降井くんは立ちくらみをしてしまった私を連れて来てくれただけ。なにもない」
「ふーん。そうは言っても、なぁんか雰囲気が男女な関係って感じで、ねぇ? 佳純ー」
「そうだねー」
むぎゅっと雪村さんが俺の頸動脈を摘んでくる。
「自由くん。彩芽と良い感じだったのかな?」
「あの、雪村さん。頸動脈をむぎゅっとしながら聞かないでください。あと、それは月影さんにやってあげて」
「なんで彩芽?」
月影さんの方を見ると、無表情で答えられる。
「私、頸動脈をむぎゅっとされるの、好きではない」
あ、きみ、物理は嫌なタイプのドMなのね。りょーかい。きみのことがまた知れたよ。
『──二人三脚に出場の生徒は──』
保健室に僅かに聞こえてきた声に水瀬さんが反応してくれる。
「ってか、佳純と降井くんの出番次じゃね?」
「あ、やば。行かないと」
「ここはあーしに任せて行って来なー」
「頑張って」
水瀬さんと月影さんに見送られ、「頑張る」と言い残して保健室を出て行く。俺の頸動脈を摘みながら。
「雪村さん? そろそろ本格的に俺の頸動脈が逝ってしまうのですが……」
保健室を出て尚、摘まれた頸動脈。彼女は俺の頸動脈を解放せずに少し不機嫌に聞いてくる。
「彩芽と良い感じなの?」
さっきと同じ質問。自分でもなんだかピンクな雰囲気が流れていたことは自負している。だけど、あの子も雪村さんと同じ身体目的だからなぁ……。
「体調が大丈夫か確認していただけだよ」
あまり多くを語ると月影さんの秘密がバレてしまうかもしれないため、適当なことを言っておく。
「……そっか」
求めていた答えとは違ったと言わんばかりの様子の彼女だが、それでもそれ以上質問してくることはなく、ようやくと俺の頸動脈をようやくと解放する。
「自由くん。二人三脚の練習の成果見せる時だよ。がんばろうねっ!!」
練習の成果って、お互いの匂いの感想を言い合っただけなような気がするが、それを口にするほど野暮でもない。
「練習の成果、みしてやろうぜ」
「おおー!!」




