第22話 彼女の目的は明確です、はい。
あまり昼休みに中庭には行きたくないのだが、今日はどうしても食後のコーヒーが飲みたくなってしまった。たまに、無性にコーヒーが飲みたくなるのは、俺がカフェ屋のせがれだからだろうか。嫌な性である。
ちなみに中庭に行きたくない理由ってのは、ここはリア充共の巣窟だからだ。なんか知らんがこの学園のリア充共は代々、中庭でイチャついてやがる。脇目も振らずに、イチャコラ、イチャコラ。発情期かよ、ちくしょう。羨ましいなっ!!
そんな経験があるから中庭には行かないことにしていたのだが、今日、俺は、その禁忌を破りにきた。
「──おっ?」
缶コーヒー片手にやってきた中庭には違和感があった。
なんか知らんが中庭に人の姿は見当たらない。夏の前に吹くぬるい風が現場に寂しく吹いているだけだ。
いつもならリア充共がリア充しているってのに今日に限ってどうしたのだろうか。
理由はなんであれ、普段はリア充共がリア充しているベンチに座って食後のコーヒーとシャレこめるってもんだ。
「──くぅ……!! 食後のコーヒーうっめぇ!!」
「そんなに?」
「ま、ウチの店のコーヒーのがうまいけどな。かっかっかっ」
「試したい。一口ちょーだい」
「んー」
俺は飲みかけの缶コーヒーをあげた。
──誰に?
「ごくっ──うん。美味しい」
「ドア!?」
驚いた声が腹の底から出てしまう。
「どこでも??」
「いや、ほんと、そのドアを使ったかのように現れやがったな、月影さん」
俺の隣にはいつの間にか学園の三大美女、クールビューティー担当、ドMの雌豚である月影彩芽が座っていた。
「一体、いつから……??」
「今し方」
「また気配を消したのか?」
「降井くんを驚かそうと思って」
お茶目さんだな、おい。
俺を驚かすことに成功した月影さんは勝利の美酒のように缶コーヒーを再度口にした。
「──いや、つうか、それ……」
「うん。降井くんの店のコーヒーの方が私は好き。また行くね」
「そら、来てくれるのは嬉しいんだが、そうじゃなく……」
こちらの言葉に月影さんは首を傾げるだけであった。
「その、間接キス、かと思うのですが」
「……そ」
彼女はなにも気にしていない様子で缶コーヒーを返してくる。
「いやいやいや。気にならないのかよ」
「気になるの?」
純粋な疑問みたいに首を傾げられて調子が狂ってしまう。
あれ? 間接キスってそんなに軽いもんだったっけ。間接キスで喚くなんて俺だけ?
「あ、降井くん。そんなことよりも一大事」
間接キスってそんなこと呼ばわりされる事案だっけ。そんなにしょぼいことなんだっけ。
「佳純が告白されている」
間接キスとかどうでも良かった。
「うそ、どこ?」
「そこ」
月影さんが指を差す場所には、確かに雪村さんとクラスメイトの男子がふたりっきりでいるのが伺えた。
「あの波動は間違いなく告白」
ドMの雌豚だけど、学園の三大美女が言うのならそうなのだろう。
「こんな白昼堂々、中庭で告白とかリア充拗らせてんな、おい」
「でも佳純を落とすのはかなり難しい」
「やっぱりそうなん?」
「佳純はイケメンに興味がない。よく有紗を含めた三人で恋ばなをする時、なにか信念を宿したようなことを言っている。私には難しくてわからないけど、自分なりの理想があるのだと思う」
その信念ってのが匂いって知ったらこの子は驚愕するのだろうか。まぁ、雪村さんの信念なり理想が匂いって決まったわけじゃないが……いや、匂いだろうなぁ……変態だし。
「それに対して月影さんは自分を攻めてくれる人が理想ってか?」
笑いながら言ってやると、月影さんは無表情を少し歪ませ、拗ねた顔をする。
「べ、別に……そんなことないもん……」
そんな月影さんがかわいくて、ついついからかいたくなった。
「そうか。あやめは俺に攻められたくないか(急なドSボイス)」
「ぷっひゃ♡」
唐突な好物ボイスに月影さんの顔は一気にとろけていく。
「や、やや♡ しょ、しょんなころないれふ♡ わたしはドSのド畜生が大好物れふ♡♡」
「ふん。ドSのド畜生が大好物だと言う割に、俺と間接キスしたではないか。それはドMてきにどうなんだ? 答えろ、あやめ」
「ひゃ♡ あ、あれは内心ドキドキしてまひたー♡♡ 男の子と間接キスしてドキドキしてまひたー♡」
うわー。良かったー。間接キスで喚くの普通なんだー。
「だったらドキドキしたって言いやがれ、この雌豚めっ♡」
「ご、ごめんなひゃい♡ ごめんなひゃぁぁい♡♡ ああん♡ もっと……いじめふぇ……♡」
ちょっとドSボイスを唱えたら、反射的にドMを発動させる変態さんは、もっと俺のドSを欲していた。
「ふん。あやめの今の姿を誰かに見られたら、お前、終わりだぞ」
「うひゃん♡ やめてぇぇ♡♡ 見ないでぇぇ♡♡ 今のあやめを見ないでぇぇ♡♡」
テンションが上がって来たところで、「ふたりともー」と可憐な声に二人してドキッとなった。
「やっばっ♡♡ いっきゅ♡♡」
や、俺よりもドキッとしたのは彼女の方か。月影さんは唐突な呼びかけにもはや絶頂状態であった。
「や、自由くん。彩芽。なにしてるのー?」
手を振りながらやって来た清楚系変態の雪村佳純。
「えっと、彩芽、なんか疲れてる?」
俺の隣でぜぇはぁと息を切らしている月影さんは思春期男子には刺激が強かった。
「彩芽となにしてたの?」
その質問に月影さんは、びくんと反応した。これ、むしろ暴露してやった方が彼女は悦ぶのではないだろうか。
「せ、世間話を少々」
だが、面白半分で彼女の秘密を喋るもんじゃない。秘密なんて誰にでもあるんだ。やすやすと第三者が言うもんじゃないよな。
「ふぅん……」
怪しい目で見られてしまう。そりゃ、世間話をしていただけって言ってる割に、片方だけ艶かしく呼吸を荒げていたら不審にも思うわな。
「そ、そんなことより雪村さんは告白されてたのか?」
話題逸らしのためにそんなことを言うと、「告白?」とまんまと乗っかってくれた。
「いやいや、告白なんてされてないよー。なんで?」
「さっき男子とふたりっきりで喋ってたから」
そう言うと、「あー」と声を漏らしたあとに、「ぷくく」と可愛く笑われてしまう。
「あれは今度の体育祭で男女混合の二人三脚に出ようって誘われただけだよ」
「へ? そうなんだ」
「自由くん……男の子と喋っただけで告白なんて、初心だねー」
学園の三大美女を信じた結果がこれだわ。やっぱドMの雌豚だわ、隣の美人さん。
俺じゃなくて、あんたの友達の雌豚が言ってたんですー。とは言わずに、「あははー」と笑って誤魔化した。
「そ、それで、その男子と出るの?」
俺の初心問題なんて恥ずかしいったらありゃしないもんだから、話の続きを振ってみると、彼女は首を横に振った。
「ううん。断ったよ。一緒に出たい人がいるからって」
「へぇ。誰と出たいの?」
軽い気持ちで尋ねると、指をそのまま俺の方へ向けてくる。
「自由くん」
「……へ?」
「さっき教室でも誘おうと思ったんだけど、時間なくなっちゃって無理だったからね。今度はうまく誘えて良かった」
「ちょ、ちょっと待て。お、俺? なんで──」
どうして俺なのか聞こうとすると、清楚で可憐な顔を悪戯をする少女のような笑みで近づけてくる。
「わかってるくせに♡」
その声は甘く、吐息混じりでくすぐったい。動機がド変態とわかっているのに動悸がしてしまう俺もまた一人の変態なのだろう。
「ふふっ。体育祭、がんばろうね♡」
俺の身体が目的のくせに、そんな青春の言葉を残して雪村さんは去って行った。
「佳純と出るの?」
「どあ!!」
急に隣から話しかけられてびっくりした。
「いつの間に復活したんだよ」
「今し方」
「こえーよ。復活したなら復活したって言えよ」
「ごめんなさい。復活しました」
ちゃんと非を認めるの偉いぞ。
「それより、佳純と二人三脚出るの?」
「いや、なんか流れがそうなってるよな」
「ふぅん。そ」
月影さんは少し怒ったような声を出して立ち上がった。
「私は別に降井くんと出たい訳じゃないけどね。応援してる時に罵ってくれればそれで良いもん」
それは応援と言えるのだろうか。
「……ん? そういえば、佳純、降井くんのこと自由って呼んでなかった?」
あー、これは面倒ですね、はい。名前呼びの由来まで説明すると面倒なため、ここはゴリ押すことにしよう。
「あやめ、体育祭本番は存分に罵ってやるからな。覚悟しろ」
「ぶっひ♡ 助かりますー♡♡ あやめのエンジン全開になりますー♡」
この変態はギャル同様に扱いやすくてこっちが助かる。
しかしまぁ、雪村さんが俺誘ったのって、やっぱ匂い目的だよなー。




