第21話 変態が変態を発動させない変な世界線
あれから数日。今のところ前みたいなクレーマーは来なくなり、雪村さんも楽しそうに働いてくれている。あんなことがあったから、もしかしたらやっぱり嫌になってバイトに来なくなるかもと少し不安だったが、それも杞憂に終わったみたいだ。
ただ、あれ以来少し変わったことがあるんだよな。
「ね、自由くん」
いつも通り、学校の廊下側の一番前から一つ後ろの席。自分の席でぼっちを決め込んでいると、目の前に雪村佳純がやって来る。
「げっ、雪村さん……」
「なによ、その反応。私に話しかけられるのが嫌みたいじゃない」
「そうじゃないけどさ……」
そりゃこんな見た目が清楚系カンストしているような可憐な美少女に話しかけられて嬉しくない男子はいないだろう。中身は変態カンストだけどね。今、問題なのは中身が変態カンストしているってことではない。学園の三大美女の一人が学園のぼっちに堂々と名前呼びして話しかけていることだ。そんなもんだからクラスの連中が、なんであんなくそぼっちが雪村さんに名前で呼んでもらってんだよ、なんて疑問の目で見てくる。
前の席の色葉なんか疑問を通り越して呪文を唱えるような目で見てきてるから。きみ、黒魔術とかできそうだよね。
「ね、ね、自由くん。今度の体育祭──」
「かっすみー!!」
ギャルルン♪ なんて擬音がぴったりの声で俺の前に現れたのは学園の三大美女、ギャル担当、ばぶみたっぷりしょたコンの水瀬有紗。本日も巻き巻きイケイケヘアスタイルの彼女は、イケイケに雪村さんに絡んでいく。
「最近、ガンガン降井くんに絡んでいくじゃん。どったのー?」
「んー? どうしてかなー」
なんか雪村さんが含みのある顔でチラチラとこちらを見てくる。
いや、ただ俺を芽宮幸四郎の体臭って認定してるだけだろうに。都合の良い男としか見てないのになにをそんな意味ありげに見てくんだよ。
それをなにかと勘違いした水瀬さんがちょっと怒った様子で俺の耳元に口を寄せてきた。
「まさか、わたしのこと喋った?」
ふわりと甘く良い匂いとは裏腹に少し怒った声が脳内に響く。
「喋るかよ」
こっそりと返すと、「そ」と安心した息を漏らす。その息が俺の耳に当たり、こそばゆい。でも気持ち良かった。……あれ? これって俺も変態?
「自由くんと有紗も最近絡み多いよね」
雪村さんの言葉に水瀬さんは少しばかり不機嫌にこちらを見てくる。
「なんで下の名前呼びなんよ?」
「知らない」
「やっぱ、あーしのネタを餌にして佳純に近づいた系?」
あー、やばいなー、勘違いされてなさる。そりゃ水瀬さんからしたら、学園の三大美女がばぶみたっぷりのしょたコンなんて知られたくない秘密だもんな。でも、誰にも言わないという約束だ。それは守る。
そういえば、雪村さんの匂いフェチ(ただのド変態)は別に秘密にして欲しいとは言わらてないような……。だったらことの真相を話しても……。いやいや、それは性格悪過ぎるだろ。だめだめ。
「答えられないってことは、そういうことなん?」
水瀬さんに軽く詰め寄られてしまう。これ以上、学園の三大美女の二人と絡んでいると、クラスメイトの視線に耐えられないし、色葉が上級呪文でも放って来そうな目で見てくるしで、ここで会話を終わらせるしかない。
「ぼ、ぼく、ありさお姉ちゃんの秘密、守ってる、ほんとうだよ(ぼそりと精一杯のしょたボイス)」
「ぐっふ♡」
効いてる、効いてる。なんかめっちゃ悶えてる。
「──っぶなー♡ もう少しでばぶみ発動するとこだったー♡ 耐えたー♡」
それは耐えたと言えるのだろうか。目が♡マーク全開なのだが。
「も、もちろん、信じるっしょ♡ ちょ、このままじゃやっばいから、行くわ♡」
水瀬さんはさっきのしょたボイスが相当効いたのか、身を悶えさせながら自分の席に戻って行った。変態のギャルは扱いやすいなー。
「有紗になに言ったの?」
「んー? なんだと思うー?」
雪村さんが水瀬さんにやったみたいな含みのある顔をしてやる。
「なになにー? 気になるじゃーん。教えてよー」
「えー、どうしようかなー」
「意地悪しないでよー」
うわー、この子のノリたのしー。学園の三大美女と喋るの楽し過ぎるー。中身ド変態だけど、普通にたのしー。
「……はっ!?」
そこで殺気を感じてしまう。目の前の色葉からだ。ぶつぶつとなにかを呟いている。まさか、本当に黒魔術ではなかろうか。
「おい、くそぼっち。良い加減にしろよ。幼馴染を大事にしろや。家が隣で同じ高校でバイトも同じ幼馴染なんて前世でめっちゃ徳を積んだおかげだろうが。それをなんだ? お前は前世の徳を無駄にするのか? お前が証明しろよ。お前が幼馴染は勝ちヒロインって証明しろ。幼馴染は勝ちヒロインって全人類に証明しろや(めっちゃ早口)」
怖い怖い怖い。ぶつぶつと呪文唱えてる。なに言ってるかわかんないけど、真っ黒なやつ唱えてる。
色葉の呪文はキーンコーンカーンコーンと校内に鳴り響く鐘の音で消えていった。
「(ぶつぶつぶつぶつ)」
いや、消えてないやん。もう試合終了のゴング鳴ったろ。終われよ。怖いんだよ、まじで。
「あー、チャイム鳴っちゃった」
雪村さんが残念そうに抵抗できない鐘の音に対して肩を落とした。
「そういえばなんの用だったんだ?」
「まぁ、また後でいいやー」
「そうなんか」
体育祭って言いかけた気がするから、体育祭の日はバイトを休ませて欲しいとかかな。ま、当然っちゃ当然か。しんどいもんね。
「七式さん。今日もバイト頑張ろうねっ」
呪文を詠唱中の色葉に声をかけると、彼女は詠唱をキャンセルして雪村さんの方を見た。流石は闇堕ちメシア。ラスボス優先だね。
「あ、えと、よ、よろしく、です」
色葉の言葉のあとに手を挙げて自分の席に戻って行く雪村さんの背中を見て、色葉ニタァっと笑っていた。
「つ、次はどんなコスプレにしようかな……でゅふふ♡ ひろがりゅねぇぇえ♡」
この子もこの子で変態を発動させているな。見慣れた光景……って見慣れたらだめなんだけど、こうも変態が周りにいるとどうも頭が混乱してしまう。
──って、雪村さんが変態を発動させてない!? やっべ、狂ってやがるぜ。




